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第四十五話:闇夜

男と共に部屋の奥に行くと、別の通路がありました。


「わたくしが通ってきた方を戻らないのですか?」

「あれは入口専用です。構造は単純ですが、普通は奥まで辿り着けないようにしてあります。仮に入ってしまっても、普通の人にはただの洞窟にしか見えないはずです。…貴女には無意味だったようですが。」

男は少しだけ肩をすくめ、先を歩き始めました。

「こっちは帰りにしか使えませんが、簡単に帰れます。床に這いつくばっていただく必要はありませんから、ご安心ください。」


通路の奥には、石造りの円筒形の部屋がありました。窓はなく、冷たい石の壁が円を描いています。

「ここから地上に辿り着けます。」

「この部屋から?」


わたくしが怪訝に思い周囲を見渡すと、男は部屋の中央に立ち、平然と頷きました。

「ええ。この部屋ごと上に上がります。」

「へえ、便利ですわね。」


(古代の遺物か何かでしょうか。随分と高度な技術ですわね。)

部屋に入り、男が壁の術式らしきものに触れると、青白い淡い光が紋様を伝って走り、ズズズ…と足元から重低音の駆動音が響きました。

同時に、後方からドォン!というくぐもった爆発音が響き、床や壁が激しく振動します。

天井の隙間からパラパラと土くれが落ちてきました。


「…今のが、空洞の爆破ですか。こんなに派手にやって、上の岩場や砂浜に影響は出ないのですか?」

わたくしが地上への被害を危惧して尋ねると、男は壁から手を離し、涼しい顔で言い切りました。


「ご心配なく。空間の崩落範囲と上部の地盤の強度は完璧に計算済みです。地上には指ほどの亀裂も入りませんよ。」


男のその絶対的な自信に、背筋が冷たくなるのを感じます。

「これで数分後には地上に出られます。」

「わかりました。」


狭い密室はゆっくりと上昇を続けます。

石壁が擦れる微かな音だけが響く中、息が詰まるような沈黙が降りました。

やがて、男がぽつりと、独り言のようにこぼします。


「…次に会うときは、道を違えた者同士ですね。」


その背中越しに掛けられた言葉に、わたくしは冷たく返しました。

「ええ。できれば二度とお会いしたくはありませんわ。」


男はゆっくりとこちらに振り向きました。

わたくしは、その底知れない瞳を真っ直ぐに見据え、言葉を紡ぎます。

「…わたくしとしては、この国に特別思い入れがあるわけではありません。ですが、どんな事情があろうと、何も知らず平穏な営みを送っている人々を脅かす、貴方のことは許しませんわ。」

「そう…ですね。」


男は目を伏せ、どこか自嘲気味に口の端を歪めました。

「私としても、広範囲に影響を及ぼす今の方法は不本意ではあります。自分の感情と矛盾しますから…」


男の瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、暗く悲痛な色が混じったように見えました。


ですが、わたくしは追及の手を緩めません。

「あなたの過去がどうであろうと、あなたのせいで死にかけた人は確実に存在します。」

あの街道で、折れた腕を庇いながらも必死に立ち向かおうとしたニーナの姿が脳裏をよぎります。

「その人はとても素晴らしい人だというのに。」


「…それでも私は——」

男が何かを言いかける前に、わたくしは冷徹に言い放ちました。

「…もし、旅の途中であなたの痕跡を見つけたら、全力で邪魔いたしますわ。」

「……。」


男はそれ以上何も言わず、ただ静かに視線を逸らしました。

重い空気が満ちる中、わたくしは先生に語りかけます。

(先生、この人の情報、何か分かりそうですか?)

『《…ダメだな。一切読み取れん。時間をかければあるいはと思ったが。》』

(そうですか、承知しましたわ。)


やがて駆動音が止まり、扉が開いて地上に到着しました。

幻影の岩肌を抜けると、外は夕闇に包まれ始めていました。場所はわたくしが這って入った入り口のすぐ近くの岩場のようです。


「ルナイズ!」


岩陰から、ニーナが弾かれたように飛び出してきました。


「大丈夫でしたか!? 下で大きな音がしていましたが…っ!」


駆け寄ってきたニーナの鋭い視線が、わたくしの後ろから歩み出てきた男を捉えました。

その瞬間、彼女の纏う空気が一変します。

「…その人は!」

即座に敵と認識し、彼女は剣を抜き放とうとします。


「ニーナ、ごめんなさい。今回だけ…見逃してください。」


わたくしは、剣を抜こうとするニーナの腕をそっと押さえました。

ニーナは驚いたようにわたくしを見つめ、それから男を強く睨みつけます。納得はいっていないはずです。


ニーナは少し悩んだ後、不服そうにしながらも、ゆっくりと剣から手を離してくれました。

「…ルナイズがそう言うなら。」


わたくしは頷き、再び男に向き直り、精一杯の皮肉を込めて恭しく一礼しました。

「先ほども言いましたが。できれば二度と会いたくないですわ。」

「それはこちらも同じです。」


男は、紳士のような優雅な一礼を返しました。

「…ですが。貴女の旅の無事を祈らせていただきます。」


男は顔を上げ、夜の闇に溶けゆくような静かな声で告げました。

「私の名は『ネモ』。……次に会うときは、容赦はしませんよ」


それだけ言って、ネモと名乗った男は、音もなく夜の闇の中へ消えていきました。

後に残されたのは、波の音だけでした。

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