第三十九話:魔術と知識と
ニーナは街に戻り、わたくしは一人、荒野に残っていました。
(さて…では、覚えたばかりの『基本魔術』を順番に試していきますか。魔力は控えめで。)
『《うむ。まずは発動してみて、その性質を肌で理解するのがよかろう。》』
(承知ですわ。まずは「水」から。)
(術式起動—【水創】)
空中に魔力が集束し、ポチャン、という水音と共に、わたくしの目の前に手のひらほどの大きさの水の玉が生成されました。
そのまま地面に落ち、岩の窪みに小さな水たまりを作りました。
(解析結果…不純物なし、飲用可能、ですね。)
生成された水は、驚くほど澄んでいました。操作して飛ばしたりはできないようですが、いつでも清潔な水が手に入るというのは革命的です。
(攻撃には適しませんが…サバイバルにおいて最も大事な能力ですわね。)
『《基本中の基本であるな。クク、三年前、泥水を啜っていた貴様がこれを知ったら、さぞ喜んで泣いただろうな。》』
(…嫌なことを思い出させないでくださいまし。ですが、おっしゃる通りですわ。次は…)
(術式起動—【浄化】)
わたくしが手をかざすと、先ほどの爆発実験で少し土埃がついていたブーツが、瞬く間にきれいになりました。
(どの程度の汚れ、あるいは毒に使えるのかは要検証ですわね。)
『《一般的な毒や麻痺毒なら大抵分解できるから便利だぞ。…まぁ、解毒したところで、それを使用できるかはまた別の問題だが。あと毒に侵された人体には使えん。》』
(基本的には清掃と、事後処理用と割り切るのがよさそうですわね。次、行きます。)
(術式起動—【風刃】)
ヒュンッ!
指先を振るうと、可視化された真空の刃が一直線に飛び、数十メートル先の岩肌に細かい切り傷を刻みました。
『《地味ではあるが、貴様にはこれまで投擲以外の長距離攻撃手段が無かったからな。牽制の選択肢としては悪くない。》』
(ええ。威力は武器の一撃に劣りますが、予備動作が少なく、弾速も速い。使い所はありそうですわ。…最後は。)
(術式起動—【微風】)
ふわり、と。
わたくしの周囲にだけ、穏やかな風が舞いました。
攻撃判定は皆無。ただ空気を動かすだけの魔法です。ですが——
(…魔力消費が極めて少ない。これなら、効率よく運用すれば常時発動しても問題はなさそうです。)
(これは【真理解析】と相性がいいですわね。地味ですが。)
『《換気には適しておるな、広範囲の毒霧などには無力だろうが。使い道はあるだろう。》』
基本魔術の確認はこんなところでしょう。
わたくしはリュックから、昨日店主から買い取った、あのボロボロの魔術書を取り出しました。
古びた革の表紙は、歴史の重みを感じさせます。
(…【真理解析】)
左目が青白く発光し、劣化して読めない文字を情報の羅列へと変換していきます。
[対象:魔術書(詳細不明)]
[内容:解読不能(魔術的なプロテクトあり)]
[解除方法:術式【解除】の応用、特定の魔力波長による干渉で可能]
(基礎魔法で解除できるんですね。解析あってこそですが…)
『《構造がわかっているからこそであるな。》』
構造を解析しながら、解錠のための術式を編み上げます。
(術式起動—【解除】)
パチン、と何かが弾けるような音がして、本を縛っていた不可視の力が霧散しました。
ページを開くと、そこには現代の共通語とは異なる、複雑な幾何学模様と古代語がびっしりと記されていました。
(…これは。)
解析を起動しつつ数ページ読んでみましたが、どうやら失われた古代魔法、それも隠密や機動に特化した実戦的な魔導書のようです。
(これは、かなり有用ですわね。今回は高速読解を使いつつ…のちほど宿で、古代語の解読練習もしてみましょうか。)
『《なかなか良い拾い物をしたな。》』
わたくしは意識を集中させ、情報のインストールを開始しました。
***
[術式【白氷ノ矢】:構造解析完了。]
[術式【空踏】:構造解析完了。]
[術式【影幕】:構造解析完了。]
...[全三術式の理論解析完了。所要時間:30分22秒]
(ふぅ…思ったより時間がかかりましたわね。)
(では、実践と参りましょうか。)
(術式起動—【白氷ノ矢】)
わたくしの指先から、白く輝く氷の矢が現れ射出されました。
ヒュッ!
五十メートルほど先の岩に当たると同時に、着弾点がバリバリと音を立てて凍りつきました。
(…威力はよくわかりませんが、凍結効果が高いですわね。)
『《ワガハイの見立てでは…恐らくダメージ目的というより、足止めや拘束のための魔法だな。》』
(なるほど。敵の足元に撃って固めたり、武器を凍らせたり…応用は効きそうですわね。次は…)
(術式起動—【空踏】)
思い浮かべた場所、空中の何もない空間に、風が圧縮された小さな渦が生成されました。
わたくしは軽く跳躍し、その渦に足を乗せます。
グッ、と。
まるで透明な階段があるかのように、風がわたくしの体重を支えました。
『《ほう。これは運用が難しそうだが、貴様のスタイルには合っておるな。》』
(ええ、今の戦法に空中の足場が加われば、三次元的な機動が可能になりますわ。)
ただし、足場の維持には魔力を消費し続けます。
(こちらも一瞬の展開で魔力を温存したり工夫が必要ですわね。最後は…)
(術式起動—【影幕】)
わたくしの身体を、薄い闇の膜が覆いました。
(…これはどうやら、闇夜や影に紛れるための視覚誘導・隠密系の魔術みたいです。日が傾いてきたとはいえ、まだ周りが明るすぎますわね。)
『《自身の気配を希薄にする効果もあるようだが、真価を発揮するのは夜か、暗がりだろうな。》』
(暗殺や潜入にはうってつけですわね。あの男もこういう魔法で解析に耐性を得ていたのでしょうか。)
『《同じでは無いだろうが…認識阻害系が結果、解析を通さなかったということはありそうだな。》』
空を見上げると、太陽が沈みかけ、空が茜色に染まり始めていました。
『《ふむ。そろそろ良い時間であるし、街に戻ったらどうだ?》』
(ええ、そうしますわ。今日は良い収穫でした。)
わたくしは満足感と共に魔導書をしまい、アルカディアの街へ向かって歩き出しました。




