第三十八話:これから
早朝。
宿の裏手にある中庭は、まだ薄ら寒い、張り詰めた朝の空気に包まれていました。
わたくしは、コピシュを握り、黙々と素振りを繰り返しておりました。
——ブンッ!
湾曲した刃が空気を切り裂くたび、独特の重低音が中庭に響きます。
(…なるほど。)
やはり、重心がかなり先端にあるようです。これまで使っていたショートソードとは、まるで勝手が違います。
振るたびに遠心力で腕が持っていかれる感覚。ですがその分、振り下ろした時の破壊力は桁違いでしょう。
その湾曲した形状ゆえに、力が一点に集中しやすい構造でもあります。
わたくしは額に滲んだ汗を拭い、再び切っ先を前に向けました。
今のわたくしの戦法は、【真理解析】による「未来予測」と、魔力による身体強化を組み合わせた「一点突破」です。
敵の防御が薄い箇所や、死角へ、この重い一撃を叩き込む。わたくしの戦い方との相性は悪くないはずです。
(ですが…)
『《単調であるな。》』
脳内で、先生がピシャリと言い放ちます。
『《初撃は良かろう。だが、いくら先読みができるとはいえ、その大振りでは二撃目以降が続かんぞ。外せば死だ。》』
(痛いところを突きますわね…。仰る通り、わたくしには正式な剣術の心得がありません。コピシュ独特の体捌きも含めて、今後の課題ですわ。)
わたくしはコピシュを下ろし、手首を軽く回しました。
手首への負担も相当なものです。
(それと…型の確認には良いのですが、素振りをするには少し軽すぎますわ。筋力強化の訓練用に、何か負荷になるものが欲しいですわね。旅の荷物にならないようなものが。)
『《フン。簡易的であれば、そこら辺の岩を【土工】で加工して、訓練用の模造剣を作るという手もあるが…》』
『《岩では密度が足りん。重さは期待できんな。》』
(それなら、剣身を太くして、重量を増やす手もありますわね。少々不格好で、重心のバランスも変わってしまうかもしれませんが…)
(…まあ、今は朝食前ですし、続きは後にしましょうか。)
そう結論づけた時、背後で扉が開く音がしました。
「——ルナイズ! おはようございます。」
裏口から顔を出したのは、身支度を整えたニーナでした。
昨日の夜の思い詰めた顔とは違い、晴れやかな表情をしています。
「あら、ニーナ? おはようございます。どうしてここに?」
「女将さんに聞いたら、『ルナイズさんなら裏で鍛錬してるんじゃないかね?』って教えてくれたものですから。」
ニーナは中庭に入ってくると、持っていたタオルをわたくしに差し出してくれました。
「ありがとう。…それで、わざわざ呼びに来たということは、何かご用ですか?」
「あ、はい。えっと、その…今後のことで、色々と話したいことがあって。」
ニーナは少し真面目な顔つきになりました。
「分かりました。では、朝食の後でいいですか?」
「ええ、もちろんです。」
わたくしはコピシュを鞘に納め、汗を拭いながら、ニーナと共に宿の中へと戻りました。
***
一階の食堂で朝食を済ませると、わたくしたちは部屋に戻り、定位置に腰を落ち着けました。
ニーナは椅子に座り、手元のメモ帳を開きます。
「では、早速ですが議題は二つです。一つ目、ルナイズの本の収集について。」
ニーナが、部屋の隅にうず高く積まれた、昨日の戦利品を指差しました。
「読み終わった後はどうするつもりですか? 全部持って歩くわけにはいきませんよね?」
わたくしは腕を組み、少し考えます。
「そうですわね…できれば手元に残したいので保管したいですが、旅となると限界があります。読み終えたものは、売却か処分でしょうか。」
読んで内容を理解していたとしても、本そのものにも愛着はあるのですが。
「それなんですが。」
ニーナは、ふふっと得意げに笑いました。
「ルナイズさえ良ければ、エリーゼが保管してくれるそうです。」
「え?」
「旅先で増えた本も、ギルド経由で郵送してくれれば受け取ってくれるって。あまりに膨大な数は無理だけど、数百冊程度なら大丈夫と言っていました。『平積みでよければ!』って。」
「…願ってもないことですわ。」
「とても嬉しいですが…そんな場所、あるのですか?」
「あー、その…」
ニーナは少し視線を逸らし、苦笑しました。
「私の部屋にとりあえず置いていくらしいです…」
「…な、なるほど。」
(つまり、ニーナの空いた部屋が、わたくしの本で埋め尽くされるということですのね。)
「エリーゼさんとニーナさえ良ければ、ぜひお願いします。」
「ふふ、そうしてください。」
ニーナはメモに何かを書き込むと、表情を引き締めました。
「では、二点目ですが…私のスキル、【爆轟】の検証についてです。」
「エリーゼとも相談したのですが、試し撃ちは街道から大きく逸れた、北側の荒野でやってください、とのことです。くれぐれも気をつけてと念を押されました。」
「なるほど、人気のない荒野ですか。…ニーナ、自分を中心とした大体の効果範囲は分かりますか?」
「爆発が発生する座標はランダムですが、範囲は体感で分かります。」
ニーナの瞳に、迷いはありません。
己の危険な力と向き合う覚悟ができているようです。
「了解ですわ。」
わたくしは立ち上がり、腰のベルトにコピシュを差しました。
「では、行きましょうか。」
***
わたくしたちは、街の北門を出て街道を外れ、東側に広がる岩肌の露出した荒野へとやってきました。
人気はなく、ただ乾いた風が吹き抜けるだけの、検証にはうってつけの場所です。
(先生、念の為周りの確認はお願いします。)
『《言われるまでもない、任せておけ。》』
「ニーナ、この辺で大丈夫ですか?」
「そうですね…大丈夫だと思います。大体の範囲を書きますね。」
ニーナはそう言うと、剣先で地面にまず大きい四角形を書き、その四角に内接する円を描き始めました。
目測で、半径100メートルほどでしょうか。かなり広範囲です。
「ガタガタで申し訳ないのですが…ここが『危険域』です。安全を考慮して少し広めにしてありますが、一度発動すると約20秒間、爆発が連鎖します。」
「…相当大きいですわね。」
わたくしは範囲外から少し離れた場所にある、小高い岩山を指差しました。
「では、わたくしはあの上から観測します。わたくしが手を振ったら発動してください。見えそうですか?」
「はい。大丈夫だと思います。」
ニーナが覚悟を決めたように頷くのを確認し、わたくしは術式を練り上げました。
(術式起動—【身体強化】、【軽身】!)
ドンッ、と地面を蹴り、ふわっと身体を浮かせて大岩の上に降り立ちます。特等席ですわね。
(先生、大丈夫そうですか? わたくしも解析で警戒していますが。)
『《うむ、あの範囲指定であれば問題ない。少なくとも五倍くらいの範囲まで人はおらず、余裕がある。…ルナイズ。目を離すなよ。》』
わたくしは大きく息を吐くと、眼下のニーナに向かって、大きく腕を振りました。
次の瞬間——
ドゴォォォォォォンッ!!
「…っ!?」
鼓膜を揺らす轟音と共に、ニーナを中心とした空間が、一瞬で紅蓮の炎と土煙に包まれました。
一つではありません。連鎖するように、地面が、空気が、次々と弾け飛びます。
ズズズ…と、わたくしがいる大岩まで振動が伝わってきます。
(これは…!)
爆風が頬を撫でる。熱い。
範囲円から出るものはありませんが、その内側はまさに蹂躙そのもの。
『《…ほう。想像以上であるな。》』
先生が、感心と呆れが混ざったような声を上げました。
『《爆発点の予測は可能だが、これでは対処しようがないな。【魔導盾】なんぞ役に立たん。》』
『《その上敵が少数だと、確実にダメージを与える保証もない。広範囲の敵軍に混乱を与えるなら、かなり有用ではありそうだが。》』
(ええ…事前に聞いていた通りですわね。ニーナの周りはだいぶ安全そうですし、場面限定すれば使えなくもなさそうですが…ここまでの距離でこの熱気。ニーナの周りはかなりの温度になりそうですわ。スキル使用者には、何かしらのプロテクトがありそうですわね。)
約20秒後。
爆発が止み、土煙が晴れると、そこには穴だらけになった荒野が広がっていました。
地面は焼け焦げ、焼けた土の匂いがここまで漂ってきます。
ニーナが、こちらに向かって走ってきました。
「ルナイズ、どうでした…?」
不安げな表情です。
「事前に聞いていた通りですわね。解析を用いても爆発点の予測までがせいぜいでしたわ。使う場面もあるかもしれませんが、基本的には封印しておきましょう。」
わたくしは正直な感想を伝えました。
ニーナは、少ししょんぼりして、肩を落としました。
「はい…そうですよね。やっぱり、使い物になりませんか…」
「いいえ。」
わたくしは、彼女の手を取りました。
「もちろん、可能性がないわけではないはずです。焦らず探しに行きましょう。」
「…っ。ええ、ありがとう。ルナイズ。」
ニーナの表情に、少しだけ安堵の色が戻りました。
「さて、検証も終わりましたし、この後はどうしますか?」
「私は…そうですね、お世話になった方々への挨拶回りと、必要な消耗品の買い足しに行こうかと。」
ニーナは上を見ながら指折りつつ、考えています。
「承知しました。わたくしは魔術の鍛錬と、昨日買った魔術書の解析に当てますので、ここで解散にしましょうか。」
「大丈夫です。あの、夕食はご一緒してもいいですか? 宿の食堂で…」
「構いませんわ。夜に部屋にいらしてください。」
こうしてわたくしたちは、それぞれの準備のために一旦解散することにしました。




