第三十六話:魔術書
「ニーナ、一旦わたくしは魔術書を読みますわ。…暇なら、そこにある小説でも読んで待っていて構いませんが…お任せしますわ。」
わたくしは自分の読む本だけを持って、ベッドに腰掛けました。
「あ、はい。行く当てもありませんし、そうさせていただきます。…じゃあ、お借りしますね。」
ニーナは積まれた本の山から小説を一冊手に取り、椅子に座り直しました。
『《…おい、ルナイズ。高速読解は使用せんのか?》』
(ええ。せっかくの本ですもの。まずは自分の目で読んでみますわ。)
『《フン。まあ、それも一興か。》』
わたくしは、ページを捲り『基本魔術書』の概論から読み始めました。
書かれている内容を要約すると、魔法体系は大きく二つに分類されるようです。
一つは、基礎魔術。
これは属性を持たず、魔力さえあれば万人が適性に関わらず行使可能な技術。
今まで使ってきた、八種類の魔術ですわね。
もう一つは、属性魔術。
自身の適性のある属性のみ行使可能で、その威力や干渉力は基礎魔術の比ではありません。
基本となる四属性は「火」「水(氷)」「風」「雷」。
そして特殊な二属性として「光」と「闇」が存在する、とのこと。
そして重要な適性の法則。
通常、一種類の基本属性しか持ちません。稀に存在する特殊属性持ちは、例外的に基本属性の適性を一つ併せ持つそうです。
(…なるほど。わたくしが今まで使っていたのは、属性に左右されない基礎技術だったということですわね。)
(では、わたくしの適性属性はなんでしょうか。)
わたくしは自分の掌を見つめました。
『《解析すれば分かるぞ。》』
(あら、そうなんですね。試してみましょうか。)
(【真理解析】)
[対象:ルナイズ]
[適性属性:水、風、闇]
(…?)
わたくしは思わず首を傾げました。
(三属性…ありますわね。)
『《…ふむ。どうやらワガハイの適性も引き継がれているようであるな。》』
先生が、興味深そうに唸りました。
『《ワガハイの生前の適性は「水」と「闇」であったからな。》』
(なるほど、本来のわたくしは風…もしくは風と闇のどちらかだったということですわね。)
本来ならあり得ない、三属性持ち。
(お得でいいことですわ。使える手札は多いに越したことはありません。)
『《こんな事例は知らんから推測であるが…恐らく元々の適性は「風」と「闇」であったのだろう。》』
『《特殊属性である「闇」の適性まで引き継げるとは思えん。「水」はワガハイから移ったとしても、「闇」は貴様が元々持っていた素養である可能性が高い。》』
(…なるほど。風と闇ですか。)
イリスのスキルは【聖光剣】…光が関係していそうでしたが、彼女は光適性だったのでしょうか。
光の妹と、闇の姉。
(なんだか皮肉なものですわね。)
(ちなみに、先生が使える魔術を継承することはできないのですか?)
『《説明が厄介なので省略するが、それは無理である。知識はあっても、貴様の体がその術式回路を覚えておらん。地道に習得するしかないな。スキルの継承のみ例外であったと考えれば良い。》』
(…承知ですわ。世の中、そこまで甘くはありませんね。)
とはいえ、方向性は定まりました。
わたくしが習得すべきは「水」と「風」の基本魔術です。
魔術書をパラパラとめくりました。
(水の基本魔術は…【水創】による生成と、あらゆるものを清潔な状態にする【浄化】ですね。)
(風の基本魔術は…風の刃を飛ばす【風刃】と、微弱な風を起こす【微風】。)
結構地味ですが、どれも応用が効きそうな大事な魔術ですわね。
(理論も大体読み終わりましたし…習得はスキルを使いますか。)
『《それがいいだろう。真面目に一から習得しようとすると早くても一魔術に数日はかかる。》』
(これも三年ぶりですわね…【真理解析】…)
[対象:基本魔術書]
[内容解析:全300ページ]
[適性照合:水・風属性の術式抽出。術式(全四種)の理論と構造。]
[高速解析を開始しますか?]
(はい。)
パラパラパラパラ…ッ!
わたくしの意思に呼応するように、魔術書のページが勝手に、猛烈な勢いでめくり上がります。
向かいで小説を読んでいたニーナが、その風切り音に気づいてふと顔を上げました。
「…?」
彼女は、勝手にパラパラとめくれる本と、光る左目でそれを凝視するわたくしを見て、一瞬キョトンとしました。
ですが、小さく肩をすくめると、何事もなかったかのように小説に視線を戻しました。
[術式【水創】:構造解析完了。]
[術式【浄化】:構造解析完了。]
[術式【風刃】:構造解析完了。]
[術式【微風】:構造解析完了。]
...[全四術式の基礎理論解析完了。所要時間:3分05秒]
(ふう…完了ですわ。)
実際に使うには練習が必要でしょうが、理論は完璧に入りました。
わたくしは『基本魔術書』をパタンと閉じ、次に、あの店主から買い取った古びた魔術書に手を伸ばしました。
(さて、次はこちらの解析を…)
「ルナイズ。そろそろ時間です。」
ニーナが、小説を閉じ、声をかけてきました。
「あら、もうそんなに経ちましたか。」
「わかりましたわ。では、ギルドへ向かいましょうか。」
わたくしたちは身支度を整え、部屋を後にしました。




