表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/53

第三十四話:無計画なお嬢様

「おばあちゃん、こんにちは!」

ニーナは、カウンターの奥に座る老婆に親しげに声をかけました。


「おや、ニーナじゃないか。よく来たね。…そちらは?」

「お初にお目にかかります。ルナイズと申します。」

わたくしは、革鎧の裾をつまむようにして、礼をしました。


店主の老婆は、わたくしが抱えている本の山と、わたくしの顔を交互に見比べ、片眉を上げました。

「おやおや…こりゃまた、相当な本好きか、あるいは変わり者のようだね。」


「お褒めの言葉と受け取っておきますわ。店主、実はわたくし、『基礎魔術』以外の魔導書を探しているのですが…」

わたくしが単刀直入に尋ねると、店主は少し怪訝な顔つきになり、眼鏡の奥からじろりとわたくしを観察しました。


「…ふぅむ。あんた、さほど魔力があるようには見えんがねぇ。」

(失礼な。事実ですけれど。)

「どっちにしろ、ここには『基本魔術書』までしかないよ。専門書なんて高価なもんは、貴族様の屋敷か、王都の専門店にしかないさね。」


「それで構いませんわ。あるだけ、合わせていただけますか?」


わたくしの即答に、店主は呆れたように息を吐きました。

「構わんがね…。今あんたが持ってる本と、基本魔術書を合わせると、金貨十枚になるよ。いいのかい?」


「金貨十枚、ですか。」

横にいたニーナが、ふぅ、と小さく息を吐きました。

「やっぱり魔導書が入るとそのくらいしますよね…。ルナイズ、高い買い物になりますけど、大丈夫ですか?」


ニーナの反応は、高いけれど、妥当といった落ち着いたものでした。


『《…フン。相場を考えれば妥当であろう。知識とは、金で買える最も安い財産だ。》』

(同意ですわ、先生。)


「構いませんわ。」

わたくしは即答しました。


「毎度。ちょっと待ってな。」

店主は奥の扉の向こうに消えて行きました。


しばらくして戻ってきた店主の手には『基本魔術書』と、それとは別に、一冊のひどく古びた本が握られていました。


「…ルナイズと言ったね。おまえさん、この本には興味あるか?」

店主がカウンターに置いたのは、革表紙が黒ずみ、題名すら擦り切れて読めなくなった一冊でした。


「あ、おばあちゃん! ルナイズが買う気満々だからって、変な在庫を押し付けないでよ!」

ニーナがすかさずガードに入りますが、わたくしの左目は、既にその本に釘付けになっていました。


(…【真理解析ルミナスアナライズ】)


[対象:魔術書(詳細不明)]

[言語:古代語]

[状態:保存状態・劣悪]

[内容:解読不能(魔術的なプロテクトあり)]


(…面白そうですわね。)


「それも頂戴しますわ。おいくらですの?」

「ルナイズ!?」


店主は、わたくしの反応を見てニヤリと笑いました。商人の顔です。

「貴重な本だ…と言いたいところだが、見ての通りボロボロだし、そもそも開かん。ただの骨董品さね。…さっきの本と合わせて、まけて金貨十三枚でいいよ。」


「ええ、構いませんわ。」


わたくしは懐から、十三枚の金貨をカウンターに積み上げました。


「すごい…軽々と出しちゃった。」

ニーナが呆気にとられたように呟きます。

「旅の資金に余裕があるなら安心ですけど…そんなに持ってるのですか?」


わたくしは支払いを済ませ、軽くなった金貨袋の紐を縛り直しました。

「これは先日、ギルドマスターから頂いたオーガ討伐の報酬ですの。全部で金貨三十枚いただきましたから。」


その瞬間。

ニーナの動きが、ピタリと止まりました。


「…え?」

ニーナが、ゆっくりと首を傾げました。

「えっと…すみません、今なんて?」


「ですから、先日の報酬が金貨三十枚ですわ。」

わたくしは、指折り数えて説明しました。

「そこから武器の新調と、宿代の前払いを済ませましたから…手持ちがだいたい金貨二十五枚くらいでしたわね。」


「に、二十五枚…」

ニーナの声が震え始めます。


「はい。ですから今ここで十三枚払っても、まだ金貨十二枚は残りますわ。」

わたくしは、当然のように胸を張りました。

「当面の旅費としては十分でしょう?」


ニーナは、わたくしの顔と、積み上げられた本の山を交互に見ました。

そして、その表情から、すぅっ…と感情が抜け落ちました。


「じゅうぶん…?」

ニーナの声が、ワントーン低くなります。


「つまり…ルナイズは…」

「持っている全財産の半分以上を…たった一度の買い物で、本に使ったんですか?」


「ええ。知識への投資は惜しむべきではありませんもの。」


「わ、私はてっきり、もっと蓄えがあるから大人買いしてるのかと…! まさか全財産をはたいてるとは思いませんでした!」

ニーナの雷が落ちました。


「あら、でも半分残っていますし…」

「これから行くのは拠点のない旅なんですよ!?」


ニーナはこめかみを押さえながら、深々とため息をつきました。

そして、顔を上げると、にっこりと——けれど目は全く笑っていない表情で、わたくしを見据えました。


「…ルナイズ。一度宿に戻りましょう。」

「ええ、本も重いですし…」


「そういうことじゃありません。」

ニーナの声は、氷のように冷たく、そして有無を言わせぬ響きがありました。


「宿に戻ったら、今後のお金の使い方について、じっくり、じっっっくり話し合いますからね?」

「は、はい…」


こうしてわたくしは、大量の本を抱え、ニーナの無言の圧力を一身に背負いながら、店を後にすることになったのでした。


前を歩くニーナの背中は、振り返ることなくスタスタと進んでいきます。

腕が、痛い。本が、重い。


「あの、ニーナ、本を少し持って欲しいのですが…」

恐る恐る声をかけると、ニーナはピタリと足を止め、ゆっくりと首だけをこちらに向けました。

その顔は、聖母のように穏やかで、けれど慈悲など微塵もありませんでした。


「…何か、仰いました? ルナイズ。」


「…なんでもないです。」

わたくしは、よろめく足取りで彼女の後を必死に追いかけるのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ