第三十二話:可能性と愚直さと
朝の光が差し込む宿の一室。
ニーナと軽く朝食を済ませたわたくしは、人心地ついたところで切り出しました。
「さて。早速ですが、ニーナ。今後のことについてなのですが。」
ニーナは椅子に座り直すと、少し困ったように視線を伏せました。
「私のことはお気になさらず。ルナイズについていければ、それで…」
呼び捨てにすることに、まだ少し慣れていないのか、頬がほんのりと朱に染まっています。
「そういうわけには、まいりませんわ。」
わたくしは、きっぱりと告げました。
「貴女はわたくしの従者ではなく、旅の同行者。何を目的とするか、何がしたいか。貴女の意思を教えてくださらないと困ります。」
「…はい。申し訳ありません。」
「ふふ、謝る必要はありませんわ。そうですわね、まずはわたくしの計画を聞いてくださいな。」
わたくしは地図を広げ、当面の目標を語りました。
基本的には、アルクライド公爵領および王都には近付かず、オーレリア王国の辺境や地方都市を回ろうと考えていること。
その道中で、魔術のレパートリーを増やしたり、古代の遺跡や、まだ見ぬ土地を見て回りたいこと。
一通り語った後、わたくしは地図上の王都を指差して付け加えました。
「公爵領・王都に近づかないのは念の為です。そんなにリスクもないと思いますので、ニーナが行きたければプランに入れても構いません。」
ニーナは少し悩んだ後、静かに首を横に振りました。
「いいえ、大丈夫です。私としては、見聞を広めたいのが主なのです。騎士になる夢の足掻きのようなものですから…ルナイズについていければ、特に場所への希望はありません。」
彼女は真っ直ぐにわたくしを見つめ、続けました。
「旅の途中で気になる事があれば、その時はお願いするかもしれませんが。」
「わかりました。その時は遠慮なく教えて下さい。」
二人の方針が固まったところで、それまでつまらなそうに静観を決め込んでいた先生が、話に一段落ついたタイミングを見計らって話しかけてきました。
『《おいルナイズ。そいつの能力、今一度確認しておくべきだ。》』
(そうですわね。これから背中を預けるのですから、詳細な把握は必須ですわ。)
「ニーナ。貴女の能力、わたくしのスキルで詳しく視てもよろしいでしょうか?」
「もちろんです、お願いします。」
ニーナが緊張したように背筋を伸ばします。
わたくしは左目に意識を集中させました。
(——【真理解析】)
[対象:ニーナ]
[保有スキル:【爆轟】]
[特性:自身を中心とした広範囲爆撃。]
[詳細:爆発点は術者を中心とした範囲内でランダム発生。広範囲の掃討に最適。範囲指定、敵味方識別、威力調整などは不可。]
[弱点:自身の周囲(至近距離)が対象外になるため、接近戦では使用不可。爆発点がランダムのため単体戦に不向き。混戦時における誤射の可能性:極大]
『《…ぬう。これはまた、極端なスキルだな。》』
先生が呆れたような、それでいて感心したような声を上げます。
「なるほど、これは…敵陣の真ん中で単独で使う分には強力ですが、誰かを守る防衛戦や護衛には、最も不向きな能力ですわね。」
「そうなんです…こればっかりはどうしようもなくて。威力が高すぎて、味方ごと吹き飛ばしてしまう恐れがありますから。」
ニーナが自身の不甲斐なさを嘆くように肩を落としました。
「後で、一度安全な場所でお見せしますね。」
「ええ、お願いしますわ。」
「あの、ルナイズのスキルについても、教えていただいてもよろしいですか?」
ニーナが、今度は興味津々といった様子でわたくしを見つめてきました。
「わたくしのスキルですか。説明しづらい部分もあるのですが…」
わたくしは少し考え、言葉を選びながら説明しました。
「まず、一番最初に授かったスキルは【解析】というスキルでした。その時は物の名前とか簡単な情報がわかる程度でしたが、今は【真理解析】というスキルに変わっています。」
「変わった、ですか?」
「ええ。やっていることの根幹は変わりません。ですが、より深く、本質を解析できるようになったという感じです。」
「魔力の流れや筋肉の動きから相手の行動をコンマ数秒先に予測したり、自分自身の筋肉に対してどこをどの程度強化すれば最適になるか計算したり。…結構応用の効くスキルですが、戦闘力に直接作用するスキルでないのが難点ですわね。」
ニーナはわたくしの説明を聞いて、信じられないというように目を見開きました。
「それって…スキルが自動制御してくれているわけではなくて、その情報を元に、ルナイズ自身が判断して制御しているのですか?」
「ええ、あくまでスキルは情報の提示のみ。動くのはわたくしですから。」
「それは…スキルももちろんすごいですけれど、そんな膨大な情報を瞬時に処理するなんて…ルナイズにしか使いこなせないように感じます…」
「そんなことありませんわ。慣れです、慣れ。複雑な演算はやってくれていますし、意外と簡単ですのよ。」
その後少し考え込んでいたニーナでしたが、核心を突くように問いかけてきました。
「それと…ルナイズのスキルは『進化した』…という認識でよろしいのでしょうか?スキルが進化するなんて話、聞いたことがありませんが…」
わたくしは少し返答に困ってしまいました。
(そういえば、その辺の事情あまり知りませんわね。先生、【真理解析】は【解析】の進化系なのでしょうか?)
『《…フン。そうだな、少々説明が難しいのだが…》』
先生が、勿体ぶった口調で講義を始めました。
『《【解析】で見える範囲を極限まで強化し、拡張したのが【真理解析】である。これは世界の記憶、即ち『世界の知』に接続することで、対象そのものではなく、世界から情報を引き出しているのだが…まあ、今は【解析】の機能を拡張した、くらいに捉えておけば良い。》』
(『世界の知』…意外とすごい理論ですわね。今まで聞かなかったのがもったいないですわ、後で詳しく聞かせてくださいまし。)
わたくしは先生の講義を一旦頭の隅に追いやり、ニーナに向き直りました。
「すみません、この力はとある偉大な先人の方から受け継いだ物なのです。詳しくは存じ上げないのですが、その方は『スキルの機能を拡張した』とおっしゃっていましたわ。」
「…スキルの、拡張。」
ニーナがその言葉を反芻します。
『《…ほう。なるほど、この娘。自分のスキルにも応用できないか、と考えておるな。》』
(ですわね。その可能性はどうなのですか、先生?)
『《こればっかりはなんともな…。そもそも我々が使っているスキルも、【解析】の範疇と変わらん。》』
(なるほど、ニーナに置き換えて言うと、【爆轟】というスキルの範疇を超えた改良…例えば範囲指定などは難しいということですね。)
『《その通りである。当面の目標は、可能性の模索でいいんじゃないか?》』
(ええ、了解ですわ。)
わたくしは、ニーナの手を取りました。
「ニーナ。すぐに答えは出せませんが、旅の中で一緒に可能性を探しに行きましょう。」
ニーナはハッとして顔をあげました。
その瞳に、希望の光が宿ります。
「はい…!ふつつかものですが、よろしくおねがいします!」
「あらあら、まるでお嫁さんみたいですわね。」
わたくしがクスクスと笑うと、自分の言った言葉の意味に気づいたのか、ニーナは耳まで真っ赤にして俯いてしまいました。




