第二十九話:謎
一通り話し終えて、わたくしの肩の荷が少し軽くなった気がします。
重苦しかった沈黙は、共有された秘密によって、わたくしたちを繋ぐ連帯感へと変わっていました。
ですが、まだ片付けなければならない懸念が残っています。
「…さて。わたくしの過去については、これで全てです。問題は、これからの話ですわね。」
わたくしは、表情を引き締めました。
「あの『謎の男』について、です。」
その言葉に、二人の表情も再び硬くなりました。
「”アルクライドのお嬢様”…でしたね。」
エリーゼさんが、忌々しげにその単語を口にします。
「ええ。なぜ、彼は死んだはずのわたくしの正体を知っていたのか。…わたくしは、彼もまたわたくしと同じような『視る』スキルを持っているのではないか、と考えています。」
「同じような、ですか?」
「はい。彼には私の解析スキルが通用しませんでした。なぜ通じなかったのかは分かりませんが…」
わたくしは、【真理解析】を発動し、モノクルが浮かぶ左目を、指先で少し押さえました。
「彼はこのモノクルを見ていたような気がします。」
「なるほど…。」
先生が、脳内で補足します。
『《モノクルは後付けの要素でしかないから、それだけで解析系スキルとはわからんはずだがな。奴も解析系の能力を持っていたとすれば情報の断片などで、血筋を特定されたやもしれん。どちらにせよ、油断ならん相手だ。》』
「いずれにせよ、わたくしの正体に感づいている敵対勢力がいる、ということですわ。」
わたくしは結論づけました。
「彼が何者で、何の組織に属しているのか。それを突き止めない限り、わたくしだけでなく、ギルドにも迷惑がかかるかもしれません。」
そこで、エリーゼさんが姿勢を正しました。
「…ルナイズさん。それも含めて、今後の報告方針を決めましょう。」
エリーゼさんは、職員としての責任ある顔で、提案してくれました。
「私としてはまず、任務の報告に関しては事実をそのまま全て報告します。森にあった装置のこと、謎の男に奪われたこと。これは隠せません。」
「ええ、当然ですわ。」
「問題は、男がルナイズさんを呼んだ『言葉』と、ルナイズさんの出自についてです。」
エリーゼさんは、少し言い淀んでから、まっすぐにわたくしを見ました。
「…これも、報告させてください。」
「エリーゼ?」
ニーナさんが驚いたように声を上げますが、エリーゼさんは首を振りました。
「ギルドマスターは、信頼できる人です。それに、相手勢力が不明な以上、生半可な隠し事は、かえってルナイズさんを危険に晒します。」
「ギルドとして、組織として守るためにも、情報は共有しておくべきだと、私は判断します。…もちろん、マスターには『他言無用』を強く進言します。」
彼女の提案は、極めて合理的で、誠実なものでした。
『《…まあ、妥当な落とし所だな。》』
先生も、納得した様子でした。
『《ギルドマスターという男、腹の底は見えんが、無能ではない。隠し事をして後でバレるより、先に手札を見せる方が得策だ。》』
(そうですわね。それに、もし彼が国に報告するようなら…)
『《その時は分かっているな?》』
(ええ。さっさと国外に高飛びするだけですわ。ふふ、追われる旅も、それはそれで刺激的でおもしろそうです。)
最悪のケースすらも新しい旅のスパイスと捉える。
この図太さこそが、わたくしが手に入れた一番の財産かもしれません。
わたくしは軽く深呼吸すると、エリーゼさんに向かって答えました。
「ええ、それで構いませんわ。エリーゼさんの判断を信じます。」
「ありがとうございます、ルナイズさん。」
「そして、ギルドマスターへの報告の際は、わたくしも同行します。当事者がいた方が、話も早いでしょうから。」
わたくしがそう告げると、それまで黙って推移を見守っていたニーナさんが、勢いよく立ち上がりました。
「私も、同行します!」
「ニーナさん?」
ニーナさんは、わたくしを真っ直ぐに見つめ、右手を胸に当てました。
まるで騎士の誓いのように。
「先ほどのお話を聞いて、決心がつきました。私は、ルナイズ様が『出来損ない』だなんて思いません。貴女は、誰よりも気高く、強い。」
「私が証人になります。ルナイズ様がどれほど私たちを救ってくれたか。…もし、出自を理由に誰かがルナイズ様を害そうとするなら、この命に代えても、私が盾になります!」
その瞳には、一点の曇りもありませんでした。
(…困りましたわね。)
わたくしは、胸の奥が温かくなるのを感じました。
(これでは、簡単に高飛びなんて、できなくなってしまいましたわ。)
「…ふふ。頼もしい味方ができましたわね。」
わたくしは、二人に柔らかな笑みを向けました。
「では、参りましょうか。善は急げ、ですわ。」
わたくしたち三人は部屋を出て、ギルドマスターの待つ執務室へと足を向けました。
廊下を歩く足音は、来る時よりもずっと力強く、揃っていました。
やがて、あの重厚なオーク材の扉の前にたどり着きます。
わたくしは、迷うことなく、その扉をノックしました。




