表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/53

第二十八話:セレスティナ

重苦しい沈黙が、部屋を支配していました。

二人が息を呑む音が、静寂の中に痛いほど大きく響いています。


わたくしは、強張った空気を少しでも和らげるように、努めてゆっくりと、今一度深呼吸をしました。


「エリーゼさん、ニーナさん。大変申し訳ございません。先日、貴女方に語った出自は、身分を隠すための嘘でしたわ。」

わたくしは、真っ直ぐに二人を見つめ、言葉を継ぎました。


「ですが、先ほど申し上げた通り、セレスティナは一度死んだ身です。もうわたくしは貴族ではありません。…できれば、変に畏まったりせず、今まで通り接して欲しいのですけれど。」

その言葉に、言葉を失っていたエリーゼさんがハッとしたように瞬きをしました。

彼女は短く呼吸を繰り返し、混乱した思考をどうにか整理しようとしているようでした。

やがて、小さく息を吐き出して口を開きます。

「…嘘をつかれていたことは、この際仕方ありません。出会ったばかりの私たちに、いきなり『死んだはずの公爵令嬢です』と言われても、到底信じられなかったでしょうし。」

「そう言っていただけると、助かりますわ。」


エリーゼさんの理性的な反応に安堵しつつ、わたくしは隣のニーナさんに視線を移しました。

ニーナさんは、複雑そうな顔をして俯いていましたが、やがて顔を上げると、おずおずと尋ねてきました。

「ルナイズ様…あの、差し支えなければ……一体、何があったのか、全部教えていただけませんか?」


その瞳は真剣そのものでした。

わたくしが実は国の重要人物で、しかも死んだことになっている。

その背景にある事情を知りたいと思うのは当然のことでしょう。


「ええ、もちろん構いませんわ。」


わたくしは頷きました。

「…ただし、大変申し訳ございませんが、一部の事実に関しては、説明が難しいため、引き続き秘匿とさせて頂きます。それをご了承いただけますか?」


お二人は、顔を見合わせてから、力強く頷いてくれました。

すみません。わたくしの頭の中にいる、性格のひねくれた幽霊(?)のことだけは、どう説明しても信じてもらえないでしょうから。

『《フン。まぁ、説明したところで理解も難しいだろう。ワガハイのような高尚な存在はな。》』

(そうですわね。わたくし自身、三年付き合っても未だに、先生の存在を不思議に思っておりますもの。)


脳内の軽口を一旦隅に追いやり、わたくしは語り始めました。

自分自身のことなのに、まるで古い物語を読み聞かせるように。


十歳までの満ち足りた暮らし。

妹として引き取られたイリスの存在と、彼女の歪んだ劣等感。

そして、洗礼式で授かったスキルが、戦闘向きではない【解析アナライズ】だったこと。

両親の掌返しと、出来損ないの烙印。

二年間の、塔での幽閉生活——。


「——そして、わたくしは塔を抜け出し、黒の森へと逃げ込みました。そこで出会った魔術師のおじいさんに師事しつつ、三年間、生き延びてきたのです。」


わたくしが語り終える頃には、エリーゼさんは深刻そうに眉間に皺を寄せ、ニーナさんに至っては、目元を拭っていました。

淡々と事実だけを並べたからこそ、その行間の過酷さが伝わってしまったのかもしれません。


「…と。こんなところでしょうか。」

先日語った、森の魔術師のおじいさんのくだりはそのままです。

ですが、それ以外は全て真実でした。


重苦しい沈黙の後、情報を整理し終えたエリーゼさんが、重い口を開きました。

「…経緯は、概ね理解しました。貴族社会の闇というか…噂には聞いていましたが、アルクライド家の実力主義がそこまで徹底していたとは…。」

「ええ。役に立たない者は不要。シンプルな理屈ですわ。」


「それと…」

エリーゼさんは、確認するようにわたくしを見ました。

「戦闘中、ルナイズさんの左目に浮かぶ光るモノクル…あれは、その【解析アナライズ】スキルによる視覚効果エフェクトだったのですね?」

「はい、その通りですわ。あれがなければ、わたくしは森で三日と生きられなかったでしょう。」


すると、それまでじっと話を聞いていたニーナさんが、掠れた声で問いかけました。

「あの…ルナイズ様。」

「はい、何でしょう?」

「あんなに…あんなにお強いルナイズ様が、どうして『出来損ない』だなんて言われて、幽閉なんてされていたのですか…?」


彼女の目には、純粋な疑問が浮かんでいました。


オーガを一撃で屠り、ゴーレムと互角に渡り合った今のわたくししか知らない彼女にとって、わたくしが無能と断じられたことが結びつかないのでしょう。


わたくしは、窓のない壁の向こう、遠い記憶の中にある自分を見つめるように、静かに答えました。

「わたくしが強くなったのは、生きるためですわ、ニーナさん。」

「生きるため…?」

「ええ。授かったばかりの時は、ただ物の名前がわかる程度の、本当に些細な情報しか見れませんでしたの。戦う力も、すべも、何もありませんでした。」


わたくしは、自分の手を見つめました。


「あの森で、泥水を啜り、這いつくばってでも生きようと足掻いた結果が、今のわたくしなのです。最初から強かったわけではありませんわ。」


ニーナさんは、それを聞くと、何かを噛み締めるように唇を引き結び、深く考え込んでしまいました。

その横顔には、同情ではなく、何か強い決意のような色が宿り始めていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ