第二十三話:再び街道へ
武器の新調も終わり、日も高くなってきたので、わたくしはギルド前へと向かいました。
「あ、ルナイズさん!」
「ルナイズ様!おはようございます!」
エリーゼさんとニーナさんは、すでに到着して待っていました。
ニーナさんは昨日折れていたはずの左手を大きく振っています。
「すみません、お待たせしてしまいましたか?…ニーナさん、腕の具合はもうよろしいのですか?」
「いえ、私たちもいま来たところですよ、腕ももう大丈夫です!普段は高すぎて使えないのですが、教会の治癒魔法はすごいですね、もう剣も振れます!」
ニーナさんは嬉しそうに左腕を回してみせました。
(治癒魔法…やはり便利なものですわね。今後の研究対象に加えなくては。)
「では、早速参りましょうか。」
わたくしたちは三人揃って、街道沿いの調査へ向かうこととなりました。
道中、雑談を交わす中で、ニーナさんの視線がわたくしの腰元に注がれていることに気づきました。
「ルナイズ様、その剣…すごく変わった形をしていますね。昨日のショートソードとは違うみたいですが…」
彼女が見ているのは、湾曲した奇妙な形状のコピシュです。
「ええ、新調しましたの。コピシュという古代様式の曲剣だそうですわ。」
「コピシュ…初めて見ました。どうやって戦うんでしょう?」
「ふふ、それは実戦でのお楽しみ、ということで。」
わたくしが微笑むと、ニーナさんは少し武者震いするように頷きました。
しばらく街道を進むと、茂みから一匹の狼型の魔獣が飛び出してきました。
「ルナイズ様、ここは私に!」
ニーナさんは鋭い踏み込みで間合いを詰めました。
重い長剣を羽のように軽々と振るい、一閃。
(……迷いのない筋繊維の収縮。魔力循環も澱みなく、一撃ごとに重心が完璧に制御されていますわ。)
彼女の剣は、何年も、何万回も繰り返された修練の賜物だ。
魔物の喉笛を正確に断ち切るその所作には、凛とした美しささえあった。
『《フン、あの小娘、基礎だけは徹底しておるな。》』
(ええ、認めますわ。素晴らしい腕前ですこと。)
それ以降は特に襲撃もなく、しばらく歩きながら、エリーゼさんが手持ちの魔道具で周囲の状態を確認していました。
小さな駆動音が、静かな街道に響きます。
「うーん…反応なし、ですね。」
エリーゼさんが額の汗を拭いながら、地図にバツ印を書き込みます。
「この辺りも魔力濃度は高いはずなんですけど…発生源を示す反応が出ません。」
調査は難航していました。
街道を進めば進むほど、肌にまとわりつくような不快な魔力の気配は濃くなっていきます。
『《…不快な空気だ。湿気のように魔素が澱んでおる。》』
先生も不機嫌そうに呟きます。
「おかしいわね…エリアはこれで全部回ったと思うけれど…」
「エリーゼ、他に確認できそうなことはないの?」
二人は地図を見ながら、完全に行き詰まってしまった様子です。
(そういえば、わたくしは魔力濃度の定期調査としか伺っていませんでしたわね。)
『《フン、詳しく聞いてみたらどうだ?道具の理屈が分かれば、解析の糸口も見つかるかもしれん。》』
(そうですわね。)
「あの、エリーゼさん。わたくしにも、この調査で何を探していて、今どのような状況なのか、詳しく教えてもらってもいいでしょうか?」
「あ!ルナイズさん。すみません、そういえば詳しい説明はしていなかったですね。ちょうどいいので、少し休憩しながらお話しましょうか。」
わたくしたちは街道沿いの開けた草原で、少し休憩することになりました。
ニーナさんが水筒の水を渡してくれます。
「えっと、まずですね。この装置は『マナレベル・アナライザー』といって、魔力濃度を測ることができるのですが…」
エリーゼさんは足元に装置を置くと、地図を広げて見せてくれました。
「今回の調査は街道沿いに確認して行ってるのですが、街から離れると徐々に濃度が上がっていき、調査の終点ポイントからある程度戻った、このあたりが一番濃度が高くなっています。」
わたくしは辺りを見渡しました。
風に揺れる木々が、どこかざわめいているように感じます。
「ちょうど昨日、オーガに襲われていたあたりですわね。」
「ええ。それもあって一番怪しい箇所ではあるのですが、分かるのは濃度だけで…。本来であれば異常のある地点でこの装置が反応して、場所を教えてくれるはずなのです。ですが今回は、なにも反応がなくて。」
『《ルナイズ、その装置を解析してみろ。》』
(…まあ、それしかなさそうですわね。)
「エリーゼさん、その装置を少し見せてもらえますか?」
「えぇ、どうぞ。」
わたくしはその装置を受け取り、左目に意識を集中させて解析を開始しました。
(【真理解析】)
ふわり、と。
左目に光のモノクルが浮かび上がります。
[対象:魔力濃度測定機]
[状態:正常(故障なし)]
[構造:環境魔素の濃度測定、および高濃度魔素放出源の特定]
[備考:異常箇所の特定機能は魔力を放出するものに反応する。指向性が強く、障害物が多いと精度が下がる]
「…ルナイズ様、その目は…?」
ニーナさんが、わたくしの左目を見て息を呑みました。
「これはわたくしのスキルです。詳細は秘匿させていただきますわ。」
わたくしは唇に人差し指を当て、これ以上を話さない意思を示しました。
二人は深く頷き、詮索を控えてくれました。
「エリーゼさん。この測定機なのですが、魔力濃度をおかしくする原因を探るもの…例えば『魔力を垂れ流しにする装置』のようなものを見つける、そんな理解で大丈夫かしら?」
「…お分かりになるのですね。そうです。概ねその理解で問題ありません。大抵は放置された魔石の除去に留まるのですが。」
(先生、これは…)
『《…あぁ。ワガハイたちは同じ事を考えておる。》』
「わたくしの考えといたしましては、直接魔力濃度がおかしくなっているのではなく、間接的におかしくなっているのではないか、ということです。」
「…間接的に?」
「つまり、魔力を放出する物が置いてあるのではなく、周囲の自然な魔力の流れをせき止めたり、かき回したりする何かが仕掛けられているのだとしたら…。この装置の探知には引っかからないのではありませんこと?」
エリーゼさんは少し考えていましたが、やがてハッとしたように顔を上げました。
「理論上は…ありえますね!川の流れを石でせき止めたら、水が溢れるように…魔力が溜まっているということですか!」
ニーナさんも納得したように頷きます。
「さすがルナイズ様…!あの戦闘だけでなく、魔術理論にもこれほど精通していらっしゃるなんて!」
(先生、どうでしょう?)
『《フン、及第点だ。ルナイズ、周囲の魔力の乱れを解析してみよ。》』
(了解ですわ。)
(【真理解析】)
再び左目が熱を帯び、周りの景色が一変します。
世界を覆う魔力の流れが、青白い光の奔流となって視界に映し出される。
穏やかな川の流れのような自然の魔力の中に、一箇所、不自然に流れがねじ曲げられ、黒く澱んでいる場所がありました。
街道から外れた、深く暗い森の奥。
「エリーゼさん、ニーナさん。少し、街道から外れて森の中を調べてもよろしいですか?…多分見つけましたわ。」
わたくしは、道なき森の奥を指差しました。
その迷いのない指摘に、エリーゼさんが呆然とわたくしを見つめました。
「ルナイズさん…あなたは一体、何者なのですか?ただの新人冒険者だなんて、とても…」
わたくしは、困ったように、けれど少し悪戯っぽく微笑んで答えました。
「ふふ、ルナイズはただの新人冒険者ですわ。」




