第二十二話:買物
早朝、窓から差し込む光と共に、わたくしは身支度を整えていました。
すると、控えめに扉をノックする音が聞こえました。
「ルナイズさん、朝早くすみません。エリーゼです。」
「エリーゼさん?鍵はかかっておりませんから、どうぞお入りください。」
エリーゼさんは遠慮がちに扉を開けて、申し訳なさそうに入ってきました。
「ルナイズさん、本当にすみません…!実は昨日の定期調査に関してなのですが、本日再調査となりまして…」
「それで、急なお願いで大変恐縮なのですが…ご同行、可能でしょうか?もちろん、緊急依頼として報酬は上乗せされます!具体的には金貨一枚ほどになります。昨日の稼ぎに比べたら微々たるものなってしまうのですが…」
エリーゼさんは申し訳なさそうにこちらの顔を伺っています。
「今日ですか…」
(今日は情報収集に当てたかったのですが、エリーゼさんに恩もありますし、ここは受けておきましょうか。)
「ええ、構いませんわ。」
わたくしが答えると、エリーゼさんの表情がぱぁっと明るくなります。
「本当ですか!助かります。お昼くらいから出発しますので、時間になりましたらギルドまでお越しいただけますか?ちなみにニーナも同行してくれるそうです。」
「承知いたしましたわ。」
それでは!と足早に去っていく彼女を見送りながら、わたくしは小さく息をつきました。
ギルドの職員さんも朝早くから大変ですわね。
『《フン、面倒なものだな。》』
(これも付き合いというものですわ。まだ時間もありますし、少し街を見て回りましょうか。)
わたくしは宿で軽い朝食を済ませると、活気づき始めたアルカディアの街へと飛び出しました。
お昼前ですが、あたりはものすごい活気に溢れています。
香ばしい匂いを漂わせる屋台、色とりどりの果物を並べた食材店、怪しげな色の瓶が並ぶ薬屋。
様々なお店が所狭しと並び、人の往来も激しく、まさに「交易都市」の名にふさわしい賑わいです。
『《ぬう…情報が多いな。》』
先生は人と物の多さに参っているようですね。
『《ルナイズ、なにか用事はあるのか?》』
(ええ、防具はこのままでも当分いいと思うのですが、武器とナイフを新調したくて。)
『《なるほどな。…武器屋なら、この先の広場を抜けてすぐ、路地裏に入ったところに良さそうな店があるぞ。》』
先生は得た情報から街のマッピングをしてくれているようです。
(ありがとうございます、先生。)
広場を抜け、先生に教えられた路地に入ると、古びた看板に剣と金槌のマークが描かれた店がありました。
重い木戸を開けると、ムワッとした熱気と共に、油と鉄の匂いが鼻をくすぐります。
「…いらっしゃい。」
カウンターの奥から、頑固そうな髭面の店主が顔を出しました。
少し怪訝な顔をしていますが、追い出されそうな感じではなくて安心しました。
「店主、解体用のナイフと、武器を新調したいのですが、いいものはありますか?」
私が黒曜石のナイフを取り出すと、店主は少し驚いたように目を見開きました。
「へぇ、嬢ちゃん、それで今までやってきたのかい。」
「ええ、長年の相棒でしたが、少し限界を感じていて。」
店主は、黒曜石の刃こぼれや、持ち手に巻かれた革の擦り切れ具合をじっと見つめると、ニヤリと笑いました。
「丁寧な手入れだ。道具を大事にする奴は嫌いじゃない。」
店主は機嫌が良くなったのか、カウンターの下から、陳列していない一本のナイフを取り出し、ゴトリと置きました。
「この店じゃこれが一番だ。『黒銀』っていう、魔力を通しやすい金属で作られてる。」
一応、確認しておきましょうか。
(【真理解析】)
淡く輝くモノクルが、一瞬だけ左目に浮かび上がります。
店主は少し驚いた様子でしたが、職人らしく、客の秘め事には詮索しないでくれるようです。
[対象:黒銀のナイフ]
[品質:良]
[耐久:高]
[状態:新品]
[詳細:良質な黒銀で作られたナイフ。切れ味鋭く、魔力伝導率が高い。]
(…かなり良さそうですわね。業物といった感じです。)
「これをいただきますわ。おいくらですの?」
「…金貨三枚だ」
店主は、わたくしの反応を伺うように言いました。
一般的なナイフの百倍以上の値段です。
『《フン、足元を見られているかもしれんぞ。》』
(いいえ、適正価格ですわ。それに…道具をケチりだしたらおしまいですもの。)
「ええ、構いませんわ。はい、お代です。」
わたくしが即答して金貨を並べると、店主は驚き、そして嬉しそうに頷きました。
「毎度。…いい買い物をしたな。」
鞘に収められたナイフを受け取ります。
ずしりとした重み。
けれど、手になじむ感覚。
ふふ、新しい道具というのは、無性に心が躍るものなのですね。
ついでにナイフを腰につけられるよう、頑丈な革ベルトも銀貨1枚で購入しました。
新しい装備を身に着けながら、わたくしは店主に話しかけます。
「あ、そうだ店主、先程も言いましたが、武器も新調したいのです。」
わたくしは腰に下げたショートソードを外し、カウンターに置きました。
店主は一目見ると、ふんと鼻を鳴らします。
「これは、あまり質がいいもんじゃないな。だが手入れは丁寧だ。」
ええ、わたくしが三年間研いだり磨き続けてきましたからね。
褒められたようで、少し誇らしい気分です。
「頑丈で取り回しも良くてお気に入りでしたけど、もう少し良いものが欲しいなと思いまして。」
「結構荒い戦い方をするので、頑丈な武器でおすすめはないかしら?」
「…嬢ちゃんが荒い戦い方…ねぇ。まぁ詮索はしねぇが…」
店主は親身になって考えてくれているようです。
「頑丈さと取り回し重視なら、刀身は短めのほうがいいだろう。…そこの棚にいくつかある。実際に握って、試してみな。」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。」
(いかがしましょうか、先生。)
『《…うーむ、武器のことはワガハイの専門外だが…》』
『《所詮ショートソードを使った戦術も我流の素人剣術だ。これを機に、型に囚われず色々試してみたらどうだ?》』
(そう…ですわね、そうしますわ。)
【真理解析】を使いながら、棚に並ぶ剣を片っ端から鑑定していきます。
ロングソードは取り回しが悪そう。
レイピアは繊細すぎて、わたくしの局所強化に耐えられそうにない。
ダガーではリーチが短すぎる…。
(そもそも…それなら黒銀のナイフで事足りそうですし…あ、でもサブ武器で黒銀のナイフを使うのもありですね。)
…などと考えていると、ふと、店の隅で埃を被っている、奇妙な形状の武器に目が止まりました。
刀身が鎌のように大きく湾曲した、片手剣。
[対象:鋼鉄のコピシュ]
[品質:最良]
[耐久:最高]
[状態:新品(長期在庫?)]
[詳細:良質な鋼鉄で作られた古代様式の曲剣。湾曲部で敵の盾をフックしたり、足払いに利用可能。突きには使えないが、切断力は強い。]
(…これ。)
特に理由はありませんが、なんとなく、その禍々しくも美しい曲線に惹かれました。
『突き』ができないのは欠点ですが、この独特な重心…先端に重みがある形状。
(なるほど。これは『振る』のではなく、遠心力に力を乗せて『叩き切る』のが正解のようですわ。)
(わたくしの【身体強化】による加速と合わせれば、恐ろしい破壊力を生み出せそうです。)
「店主、これは?」
「あーそれか。実は古代の資料で変わった形状の剣があるって聞いて、張り切って再現してみたんだが…」
店主は悲しそうに頭を掻きました。
「誰も使わなくてな。使い方が独特すぎて、人気がねぇんだ。」
わたくしは、コピシュを手に取り、軽く振ってみました。
ブンッ!
という重い風切り音。
想像通りです。
扱いには慣れが必要そうですが、わたくしの戦い方と相性は良さそうです。
「店主、これにしますわ。」
「…本当にそれでいいのか? 変わり種だぞ?」
「ええ。気に入りましたわ。」
「そうか…なら、さっきのナイフのおまけってことでいい。どうせ売れ残りで、溶かそうかと思ってたとこだ。」
「あら、ではお言葉に甘えますわ。」
ちょっと店主嬉しそうですね、張り切って作った武器に貰い手ができて嬉しいのかしら。
「使っていた装備は引き取ってもらえるかしら?」
「あぁ、任せな。…まったく、思い切りのいい嬢ちゃんだな。またおいで。」
わたくしは微笑むと店を後にしました。
腰には、黒銀のナイフと、鋼鉄のコピシュ。
ふふ、早く試してみたいですわね。
『《…ルナイズ、お前戦闘が好きなのか?》』
人を戦闘狂みたいに…失礼な先生です。
(いえ、ただただ新しい装備を使うのが、楽しみなだけですわ。)
わたくしは新しい剣を、どうやって使うかばかり考えていました。




