第二十一話:それぞれの思惑
エリーゼさんに紹介された銀の小狼亭は、質素ながらも清潔でした。
久しぶりのベッドに腰を下ろし、わたくしは今後のことについて、先生と作戦会議を開くことになりました。
『《それで、ルナイズ。今後の予定は何かあるのか?》』
(そうですわね…まずは、旅の目的を整理しましょうか。)
わたくしは、思考を整理するために書き出してみました。
1.この世界の本を収集し、読むこと
2.古代の遺跡などを調査すること
3.使える魔術のレパートリーを増やすこと
4.まだ見ぬ知らない土地を訪れること
5.その道中、手の届く範囲で、助けられるものは助けること
(…こんなものでしょうか。)
『《ふむ…。貴様らしいな。》』
(それで、手始めにですが…まずはここ、オーレリア王国から巡ってみようと考えています。)
(もちろん、明日街で情報を集め、アルクライド公爵家の情勢など、安全を確認してからですが。)
『《フン、いいんじゃないか?》』
(…あら?)
わたくしはペンを走らせる手を止めました。
(意外ですわね。てっきり「さっさと国境を越えて高飛びするのだ、この大馬鹿者!」くらいは言われるかと思っていましたのに。)
先生から、まさかすんなりと同意が得られるとは。
『《…いいか、ルナイズ。あくまでこれは『貴様の旅』だ。ワガハイはもちろん知識も貸すし、ナビゲートもする。だが、貴様の判断に致命的な欠陥がない限り、ワガハイからとやかく言うつもりはない。》』
(ふーん…)
少しだけ、こそばゆいような、それでいて拍子抜けしたような気分です。
(まあ、なんとなく裏がありそうな気もしますが、一旦信じておきましょう。)
『《裏などないわ!》』
わたくしは書き出したメモを眺めながら、ふと、ここ数年で感じた違和感を思い出しました。
そういえば、これだけは釘を刺しておかねばなりません。
(そうそう、先生から特に要望がないのでしたら、わたくしから一つ、今後について提案がございます。)
『《…なんだ、改まって。》』
(はっきり申し上げますと…先生の戦闘理論は、結構めちゃくちゃですわ。)
『《なっ…!?な、何を言うルナイズ!》』
先生の動揺が手に取るように分かります。
(二年ほど前から、薄々おかしいとは感じていましたが…先生の理論と指示は、あくまで机上の空論。)
(【真理解析】を応用した、【身体強化】などの術式運用や予測は流石の一言ですが…【軽身】の運用に関しては、実際にやる身になってくださいまし!)
『《な、何が不満だと言うのだ!》』
(「体重の変化」ですわ!)
わたくしは、強く主張しました。
(移動の瞬間に体重を軽くして、攻撃の瞬間だけ元に戻す。口で言うのは簡単ですが、実際にやってごらんなさいな!)
(さっきまで羽のようだった身体が、次の瞬間には鉛のように重くなる。その急激な感覚のズレと慣性の変化に合わせながら、戦うのがどれほど大変か分かってらっしゃいますの!?)
(まるで、泥沼と氷の上を交互に走りながら、針の穴に糸を通すようなものですわ。毎回転ばないように身体を制御するだけで、酔いそうになりますのよ!)
『《ぐぬぬ…言いたい放題言いよって!》』
先生が悔しそうに唸ります。
『《た、確かにワガハイは塔に幽閉されていた身…自ら飛び回って実践した訳では無いが…しかし、理屈では通っているはずだ!》』
(ええ、理屈だけは、ね。)
わたくしは深く溜息をつきました。
先生は完璧な理論だと胸を張りますが、わたくしからすれば、毎回転ばないように、自分の体重の変化に必死で食らいついているだけ。
とても使いこなしているなんて言えたものではありません。
単に、生きるために無様に足掻いているだけですわ。
(先生、ここからが本題です。)
わたくしは、気を取り直して真剣なトーンで思考を送りました。
(わたくしの技術では、その無茶な機動をしている最中に、死角からの攻撃まで対処しきれません。そこで提案です。戦闘中、先生は指示出しでなく…死角防御を担当してください。)
『《防御だと?》』
(はい。先生は魔力視で全方位見えていますわよね?わたくしの背後や死角からの攻撃に対し、先生の判断で【魔導盾】を展開してほしいのです。)
『《…ほう。貴様の魔力を、ワガハイがトリガーするということか。》』
先生の声に興味の色が混じります。
(ただし、先生。これはあくまで点での防御に限ります。)
わたくしは、自分の魔力残量をイメージしながら釘を刺しました。
(わたくしの魔力量と、【魔導盾】の燃費の悪さはご存知のはず。先生ができるのは、矢や暗器、あるいは単体攻撃を、最小限の盾で弾くことだけです。)
『《…ふむ。つまり、ブレスのような広範囲攻撃や、雨のような面制圧、あるいは温度変化などには対応できんということか。》』
(ええ。もし先生が、わたくしの全身を覆うようなドーム状の盾なんぞ展開しようものなら…)
(その瞬間、ただの肉塊になりますわよ?)
『《…フン。違いない。》』
先生は短く鼻を鳴らしました。
つまり、先生による自動防御が完成しても、広範囲攻撃に対しては、依然としてわたくし自身の足で回避するか、別の手段を考えるしかないということです。
(広範囲防御…これは、今後のわたくしたちの最大の課題ですわね。)
(それからショートソード…正直質がいいとは言えません。武器に関してもなにかしら考えないと。)
『《よかろう。まずは死角の防御からだ。…背中は預けておけ、ルナイズ。》』
(ありがとうございます、先生。期待していますわ。)
………
……
…
私はルナイズさんを宿に送った後、足早にギルドへと戻り、少し事務作業を片付けていましたが、しばらくすると二階の執務室へと呼び出されました。
「ギルドマスター!エリーゼです。」
「おう、入れ。」
「失礼します。」
重厚な扉を開けると、書類の山に埋もれた巨漢がこちらを睨んだ。
うう、根はいい人なんだけど、やっぱりこの威圧感は慣れないわね…。
「なんのご用でしょうか?」
「エリーゼ。今日の定期調査…あのエリアは、全て回りきれたのか?」
ギルドマスターの質問に、私は思わず背筋を伸ばした。
「あ、いえ…ニーナの怪我の治療を最優先し、即時帰還したため、全ては回りきれていません。」
「フン、その判断でいい。」
ギルドマスターは、ニヤリと笑って答えた。
「命より優先すべき調査などないからな。」
ホッと胸を撫で下ろす私に、ギルドマスターは続けて言った。
「だが、仕事は仕事だ。オーガが出たということは、何らかの異常が起きている可能性がある。…明日、再調査に行ってほしい。」
「明日、ですか。そういえば今日の途中までですけど…広範囲に当たって魔力の濃度が高くなっていました。」
「魔力の濃度か…なにか異常が発生した場合は昨日のように速やかに帰還しろ。」
「それと護衛だが。…ルナイズ、それと怪我が治っていればでいいが、ニーナ。この二人に、同行を依頼できるか聞いてみてくれ。…急な依頼になる、報酬は色をつけてやるとな。」
確かに急な話ではありますが…定期調査が失敗したのは事実。
それに今から声を掛けるとなると、事情を知ってる二人が適任でしょう。
「承知しました。明日、早朝二人に聞いてみます。」
「ああ、頼んだぞ。」
私は職務に戻ろうと会釈をし、扉に手をかけたところでふと思ったことを口にした。
「ルナイズさんには、さっき別れる時に聞いておけばよかったですね。」
私が苦笑いすると、ギルドマスターは頭をガシガシとかきながら、悪戯っぽく笑った。
「わりぃ、ワシもさっき思いついたんでな。」
その仕草に、部屋に満ちていた緊張が、ほんの少し和らいだ気がした。




