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第二十話:冒険者登録

ギルドマスターの瞳は、湖の底のように淀んで、感情を一切読み取ることができませんでした。

わたくしとギルドマスターはしばし対峙したまま動きませんでした。


やがて、その張り詰めた沈黙を破ったのは、傍らに控えていたエリーゼさんでした。


「あ…っ!」

エリーゼさんは、何かに気づいたように声を上げると、小さなカバンの中から、血と土埃にまみれた魔石を取り出しました。

それは、わたくしがオーガから切り出した、鈍く光る結晶体でした。


「ギルドマスター!お渡しするのを失念しておりました!」

エリーゼさんは、その魔石をギルドマスターの執務机の上に、勢いよく置きました。

「こちらが、討伐したオーガの魔石です!」


ギルドマスターは、机上の魔石を一瞥し、そして、再びわたくしに視線を戻しました。

彼は深く、そして重く頭を下げました。

「…そうか。ワシはここのギルドマスター、ガウと申す。ルナイズ殿、街道でのオーガの出現は、このギルドの失態だ。お前には、ニーナとエリーゼ、二人の命を救ってもらった。」

「この街のギルドマスターとして、深く感謝する。」


彼の感謝は、お世辞でも、社交辞令でもありませんでした。

それは、彼自身の人柄に裏打ちされた、純粋な感謝の念でした。


わたくしは、静かに一礼しました。

「お気になさらないでくださいまし。わたくしは、ただ道を通りたかっただけですわ。」


ギルドマスターは、その答えを聞くと、フン、と鼻を鳴らし、今度はエリーゼさんへと向き直りました。


「エリーゼ。ニーナの怪我の具合は?」

「はい。左腕の骨折。現在、教会で治癒魔法の施術を受けているはずです。」


「そうか。」

ギルドマスターは、執務机の分厚い書類を広げました。

「ルナイズ殿にはオーガ討伐の報酬を、通常規定の三倍を支払う。それに加えて、エリーゼ・ニーナ両名には危険手当として、もう一層分を上乗せする。」

「今回の件は、ギルドの情報不備による失態だ。その他必要費用があれば全額、ギルドの補填とする。誠に申し訳ない。」


(…合理的かつ、情に厚い判断ですわね。)


「それとギルドマスター!」

エリーゼさんが矢継ぎ早に続けます。

「ルナイズさんは旅をするために冒険者登録をしたいそうです!」


ギルドマスターは少し考え、続けます。

「承知した。エリーゼが冒険者登録に立ち会え、ランクはDからでいい。」


エリーゼさんは、驚きと喜びがない交ぜになった顔で、わたくしとギルドマスターを交互に見比べました。

「ギルドマスター!承知いたしました!ルナイズさん!…これで、堂々と旅ができますわね!」


わたくしは、改めて、ギルドマスターに完璧な礼で応えました。

「ギルドマスター。感謝いたしますわ。」


わたくしの返答に、ギルドマスターは、少しだけ口の端を上げました。

それは、笑みというより、獲物を見定めた狩人の確認のような表情でした。


「ルナイズ様。おめでとうございますわ。これで正式に、冒険者ギルドの一員です。」

エリーゼさんは、まだ興奮が冷めやらない様子で、わたくしに笑顔を向けました。


「では、早速ですが、登録作業に入らせていただきますね。ギルドマスター、この部屋でやってしまってよろしいでしょうか?」


「ああ。」

ギルドマスターは、短い言葉で許可を出しました。


エリーゼさんは、持参した革の鞄から、真鍮製の小さな台座を取り出し、執務机の上に置きました。


「まず、ギルドの仕組みについて簡単にご説明させていただきます。」


エリーゼさんの声が、事務的なトーンに切り替わります。


「ルナイズさんが今から登録する冒険者ギルドは、一国だけのものではありません。ここ、アウレリア大陸全域に支部を持つ、国境を超えた協会です」


(国境を超えた…)

「冒険者には、その業績と実力に応じてランクが定められています。下からFランクから始まり、最高位はSランクですわ。」

「このランクに応じて、受注できる依頼の難易度や、ギルドが提供できる補償内容が異なります。経験を積み、ギルドの審査をクリアすることで、ランクアップしていきます。」

「…本来であれば、ルナイズさんは無経験のFランクからのスタートとなりますが。」

彼女は、ちらりとギルドマスターに視線を送ります。


「街道でのオーガ討伐という特異な実績、及びその戦闘能力から、先程ギルドマスターより特例の通達がありましたとおり、ルナイズさんの初期ランクは、Dランクからとなります。」

「では、登録に移りますね。」


エリーゼさんは、真鍮製の台座に、一枚の羊皮紙を乗せました。

羊皮紙の中央には、魔術的な紋様が描かれた円形の枠があります。


「登録に必要なのは、シンプルです。お名前と、一滴の血のみです」


わたくしは、羊皮紙にサインをしたあと、黒曜石のナイフを静かに指先に当てました。

チクリ、と。微かな痛みが走り、赤黒い血が一粒、指先から滲み出ます。


わたくしは、その血を、羊皮紙の紋様の中央に、一滴、滴らせました。

ジュワ…と、羊皮紙の紋様が、血を吸い込むと同時に、青白い光を放ちます。

「これで登録完了です!ルナイズさん。」

エリーゼさんは、羊皮紙を台座から剥がし、わたくしにドッグタグを二枚手渡しました。

「このドッグタグが、ルナイズさんの身分証であり、すべての依頼の記録となります。大切になさってくださいね。」


「分かりましたわ。」

わたくしは、そのドッグタグを、首から下げました。


「さて、ルナイズ殿。」

ギルドマスターが、再び口を開きました。

「お主は旅に出るそうだな。ならば、これが必要だろう。」


ギルドマスターは、執務机の引き出しから、羊皮紙を取り出し、広げました。


「これは、ギルドが配布しているアウレリア大陸とオーレリア王国の地図だ。持って行け」

「ありがとうございます、ギルドマスター。」

わたくしは、その地図を受け取りました。


「それから、オーガ討伐の報酬だ。」

「あ、そうです。牙と皮の精算もお願いできますかしら?」

わたくしは背嚢からオーガの素材を取り出した。

「…承知した。」

少し驚いたようでしたが、ギルドマスターはすぐに首を縦に振りました。


エリーゼさんが、お金を準備しに退席し、しばらくすると戻られました。

「オーガの討伐報酬と素材買取、合計で金貨30枚です。」

「それと、まず宿が必要ですね。私がご案内しましょうか?」


「ええ、ぜひお願いします。」

エリーゼさんは、パッと顔を明るくしました。


「もちろんです!その方が、私も安心できます!少しだけなら席も外せますので!」

ギルドマスターは「…フン、すぐ戻れよ。」とだけ声をかけてきました。

「実は、ギルドのすぐ裏に、安くて、設備は最低限ながらも、冒険者たちがよく利用する、とても評判の良い宿があるのです!治安もギルドが保証していますから、まさにルナイズさんにぴったりです。」


「それは、助かりますわ。」

わたくしは、小さく微笑みました。


「では、失礼いたします、ギルドマスター。」

わたくしは、ギルドマスターに深々と一礼し、エリーゼさんと共に、執務室を後にしました。

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