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第十七話:常識外れの基礎

わたくしたち三人は、交易都市アルカディアへと向かう街道を、歩き始めました。

ニーナさんは折れた左腕を布で吊り、痛みに耐えているはずですが、その足取りに乱れはありません。


「しかし…」

わたくしの少し前を歩いていたエリーゼさんが、緊張をほぐすように、明るい声で振り返りました。

「まさか、こんな街道筋にオーガが出るとは思いませんでした。私たちは、この辺りの魔力濃度の定期調査で来ていただけなんです。」


「定期調査、ですか。」

「ええ。魔物の生態系が変化していないか、ギルドが定期的に調査員を派遣するんです。簡単な調査のはずが…とんだ災難でした。」


エリーゼさんが、大げさに肩をすくめてみせます。

その時、ずっと黙ってわたくしの半歩後ろを歩いていたニーナさんが、意を決したように、わたくしに声をかけました。


「…ルナイズ様。」

彼女の声は、緊張で強張っています。

「はい、何でしょう、ニーナさん」


「その…ずいぶんと若く見えますが。失礼でなければお歳を伺ってもよろしいですか?」

「構いませんわ。十五です。」


「「十五歳!?」」

ニーナさんだけでなく、エリーゼさんも驚いたようです。

「十五歳で、あの戦闘技術と解体技術、応急処置も完璧だなんて…。ルナイズ様は、今までは何をされていたのですか?」


(…来ましたわね、この質問が。)

この手の質問は、あらかじめ答えを先生と打ち合わせてありましたわ。


「実は…わたくしは捨て子でして、とある森で隠居した魔術師のおじい様に育てられたのです。先日その方が亡くなり、わたくしは修行のため、旅に出たところでして。」

『《フン!ワガハイはおじいさんでも亡くなってもないがな!…いや、亡くなってはいるか…》』

(先生、今は黙っていてくださいまし。)


「…なるほど。すみません、お辛いことを聞いてしまって。」

ニーナさんが申し訳なさそうな顔をします。

(…少し、胸が痛みますわね。ごめんなさい。…とはいえ、ある程度は事実でもあるのですが。)

「なるほど、それで私たちに街の仲介をお願いしてきたのですね。それだと身分証も無いでしょうし。」

エリーゼさんが、納得したように頷いていました。

「ええ、お手数ですが、よろしくお願いいたしますわ。」


「それと…」

ニーナさんは、話を戻しました。

「先ほどの…わたくしが、オーガの棍棒に殺されかけた、あの瞬間。」

彼女は、ゴクリと唾を飲み込みました。

「あの攻撃の軌道を逸らしたのは…失礼ながら、ルナイズ様の魔術ですよね?…あれは、なんですか?」


「ええ、あれは【魔導盾マジカルシールド】ですわ。」

わたくしが、答えると、ニーナさんは、信じられない、というように目を見開きました。


魔導盾マジカルシールド!?ですが、あの魔術は…!」

彼女の声が、思わず大きくなります。

魔導盾マジカルシールドは、魔力効率が最悪の欠陥魔術として有名です!あのオーガの一撃を受け止めるほどの強度で展開するなど…!並の魔術師なら、一瞬で魔力切れを起こします!」


「あら。そうですの?」

わたくしは、わざとらしく小さく首を傾げました。


「わたくしは、ただ、棍棒の軌道の一点だけに、最小限の障壁を、ほんの一瞬だけ展開しただけですわ。」

「受け止めるのではなく、受け流すために。その方が、合理的ですもの。」


「合理的、ですって…?」

ニーナさんは、絶句しています。


『《フン!》』

脳内で、先生が、わたくしの説明に満足げな声を上げました。

『《あの程度の魔力操作、ワガハイの生徒ならば当然だ!》』

(…先生、静かになさって。思考が乱れますわ。)


ニーナさんは、まだ何か言いたそうでしたが、ぐっと言葉を飲み込み、もう一つの、疑問を口にしました。


「…では、ルナイズ様の、あの速度は?」

彼女の視線が、わたくしの腰のショートソードに移ります。

「オーガの膝を穿ち、留めを落とした、あの超人的な速度と力…。あれも、魔術ですの?」


「ええ。」

「【身体強化ブースト】と、【軽身フェザー】その二つを、同時に使っただけですわ」


その答えは、ニーナさんにとって、先ほどの【魔導盾マジカルシールド】よりも、さらに衝撃的だったようです。


「…あり得ない。」

ニーナさんが、呆然と呟きます。

「【軽身フェザー】は発動するだけなら難しくないけど、緻密なコントロールなんてできるの…?」

「ましてや【身体強化ブースト】と併用することなんて…。それに【身体強化ブースト】は効果の割に魔力消費が激しく、使い物にならないと…」

「魔力がたくさんあるということ…?いや、それなら他にも戦いようが…」

ニーナさんが混乱されているようなので、わたくしはひとつ補足しておくことにしました。

「わたくし、基礎的な八魔術以外は使えませんのよ。それだけを工夫して、今まで生きてきたんですの。」

「まさか…そんなこと?…でも確かに、あの戦闘で使ってたのは基礎魔術だけみたいだった…けど、信じられない…」

ニーナさんは、わたくしを、まるで伝説上の大魔導師か、あるいは魔力の化身でも見るかのような目で、見つめていました。


「ルナイズ様…貴女様は、いったい…」

わたくしは、困ったように微笑んでみせました。

「わたくしは、ただ、知っている魔術を、一番効率が良いと思う形で使っているだけですわ。」

わたくしがそう答えると、ニーナさんはそれ以上、何も聞けなくなったようでした。

ただ、常識では測れないという事実だけを、噛み締めているようでした。


『《ハッ!効率を教えているのが、ワガハイだということを忘れるな、ルナイズ!》』

(はいはい、分かっておりますわ、先生。)

わたくしの理論も(大部分)入っているのですが…

まぁベースは先生の理論ですから、ここは面倒なので反論しないでおきましょう。

『《聞こえておるぞ!ルナイズ!大体貴様の理論というのも、ワガハイの理論あってのものではないか!》』

(あらあら、心の声にはしていないはずなのですが…思考の共有というのも、こういうときは困りものですわね。)

わたくしは、わざとらしく肩をすくめました。

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