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家族に愛されなかった長女ですが、誠実な副団長に救われました  作者: くまくま


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3/3

普通の幸せをください

 翌朝、執務室へ向かう途中で、使者が待っていた。

「お父上からの命です。本日中にお戻りを」

 冷たい声だった。

 胸の奥が再び硬くなる。


 マリアンさんに休暇を願い出ると、彼女は静かに言った。

「戻ってこられる場所が、ここにあることを忘れないで」


 馬車の窓から見える故郷は、思っていたより暗く感じた。

 屋敷に戻ると、父は短く言った。

「アリシアは体調を崩してしばらく療養が必要になった。アリシアと進めていた婚約の話が流れそうなんだ。そこで代わりにお前が婚約を結べ。明日相手が来るから挨拶をしろ」

 言葉を失いながらも、私は頷いた。

 もう抵抗しても無駄だと、子どものころに学んでしまった。


 それでも、心の奥で小さな声がした。

 あの人なら、どうするだろう。


 私は自室のベッドに倒れ込む。やるせない気持ちがぐるぐると身体中を駆け巡り、ただただ呆然としていた。

 どれぐらいたっただろうか、うつらうつらしていたころ、トントンと家の玄関をノックする音が聞こえた。ちょうど玄関近くにいた父親が応対したようだ。何か会話する声が聞こえる。


「それは困る!」と父親の怒鳴り声が聞こえた。


何事かと思い、自室のドアを開けて玄関の様子を見た。


 銀髪の姿が目に入る。ライナーだった。


「なぜ……あなたが」

 彼は静かに一礼した。

「アストレイ家より、正式にセレスティアさんへの婚約の申し出に参りました」


 父は戸惑いを隠せない。

「なぜだ」

「今日は騎士ではなく、一人の男として来ました」


 その声は穏やかで、しかし揺るぎがなかった。

「彼女と二人で会話させてくれませんか」


 私の部屋でライナーと二人きりになる。


「マリアンさんから聞きました。あなたが無理に婚約させられそうだと」

「どうして……そんなことを」

「放っておけませんでした」


 彼の目はまっすぐだった。

「あなたに、普通の幸せを差し出したいんです」


 普通の幸せ、その言葉が、胸に沁みた。

 特別なものではなく、静かな日常。

 それを望んではいけないと思っていたのに、いま、目の前で誰かが差し出している。


「私は……いつも誰かの代わりなんです。ずっと」

「違います。あなたはあなたです」


 その言葉で、涙がこぼれた。

 彼がそっと肩に触れる。その手の温もりが、過去の痛みを溶かしていく。


「あなたを特別にするのは僕じゃない。あなたがあなた自身を大切に思う、その心です」

「……そんなことを言ってくれる人、初めてです」

「僕も、あなたのような人に出会ったのは初めてです」


 窓の外から春の風が吹き込み、カーテンが揺れた。

 王城の廊下で感じた風と同じ匂いがする。


 ライナーが手を差し出した。

「どうか、僕の隣で笑ってください」


 その手を取った瞬間、長い冬が終わった気がした。


 ――数年後。


 朝の光が食卓を照らす。湯気の立つ紅茶を注ぎながら、ライナーが言った。

「風が強いですね」

「ええ。でも、今日は心地いいです」


 彼の隣で微笑む。

 これが、私の望んでいた普通の幸せだと、心から思えた。

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