間話「酒場にて」
夜の酒場《しぶき亭》。
暖炉がぱちぱちと爆ぜる音と、テーブルを囲む笑い声が混じり合い、木の床の隙間には古い酒の匂いが染みついている。
外は冷え込みが強いが、ここだけは湯気と人の熱気で温かい。
「聞いてくれよ、今日ついに三層突破した!」
入口すぐの席で、銀色の輪飾りを付けた若い男が胸を張る。ブロッサムリングに昇格したばかりと見える。
「おお、名実ともにスプ卒業か。早いじゃない」
向かいの短髪の女がカップを傾ける。彼女の藤色の輪飾りはウィステリアの証だ。
「でさ、次の層って見た感じ、かなりごちゃごちゃして歩きにくそうなんだよ。細い通路だし、魔物の残骸とか、壁崩れてたし」
「平気平気。座学で習ったでしょ、ダンジョンって何でも吸い込むんだって。骨でも壁でも、しばらくすれば無くなるし元に戻るの」
「あー!……あった……かも?なんかの循環?に戻るって話?……べ、便利だなぁ」
後ろの席でその会話を聞いていた長身の青年が、にやっとして振り返った。金色の短髪、革鎧にこちらも藤色の輪飾りを身につけたミツルだ。
「お前、四層気をつけて進めよ〜?」
そう言いつつ彼も席に加わる。
「まあ、ブロでも深層顔出すやつはいるから、心配なんていらねーかもしれねぇけど」
「逆にウィスでも浅層で怪我して帰る人いるしね。ランクなんてあってないようなもん」
短髪の女が肩をすくめる。ミツルは苦笑して「耳が痛い」と答えた。
「ミツルは今日どうだった?」
「八層。中層は久々だったけど、ホコリっぽくて喉やられそうになったな。普段誰も入らない通路はヤバい」
「分かる、あの匂い。浅層は毎日誰か入ってるけど、中層ってほんと間が空くからね」
奥のテーブルから声が飛んだ。
「そういやこの前、十層で古い兜の破片見つけたぜ!」
「うわ、それ触るなよ。吸い込まれる前の置き土産じゃないのか?」
「そうそう、運が悪いと呪われるなんて噂もあるしな」
ドッと笑いが起き、誰も怪訝そうな顔はしない。“自然に消える”は全員の常識だ。
やがて話題は、遭遇した魔物や宝箱の話に移っていく。
「浅層でヘモサラマンダーとか絶対トレインだろ」
「いや最近はちょこちょこ出るらしいよ」
「迷子になった新人引き上げたら、自分らも出口見失ったことあるわ」
「宝箱開けたら中身が石ころだった、なんてのもあったな」
「ま、そんなもんはぜーんぶダンジョンが飲み込むさ。残してく気配もない」
言葉に合わせてミツルも笑い、黒麦酒をあおった。この場の誰一人、それを信じて疑っていない。客の何人かが腰を上げ、外の冷たい空気が一瞬入り込む。
ミツルはマントを羽織って立ち上がり、
「じゃ、俺は遠征の準備がある。お前らも無茶すんなよ」
と手を挙げて出ていった。
扉が閉まると再び暖炉の音と笑い声。ジョッキが打ち合わされる音に紛れて、また誰かが、当然のように口にした。
――時間が経ちゃ、ダンジョンが全部吸っちまう
それはこの街の冒険者たちにとって、疑う余地のない当たり前だった。
◆
冒険者ランク一覧(カタカナ/略称)
1. スプラウト(略称:スプ)初心者
2. ブロッサムリング(略称:ブロ)新人
3. ウィステリア(略称:ウィス)中堅
4. アイリスブレード(略称:アイブ)中堅、騎士
5. ロータスガード(略称:ローガ)熟練
6. カメリアクラウン(略称:カメクラ)熟練、英雄




