第二十話
青と黒が入り混じる闇の中、レイチーはただ静かに佇んでいた。まるで長い眠りから目覚める獣のように、動きを封じられていた時がその体に刻まれているかのようだった。
しかし、その静寂を破ったのも、彼女自身の低く冷たい声だった。
「掃除に何時間かけるんだ……迅速に、そして丁寧に――そうだろう?」
その言葉が空間を切り裂くと、筋肉の隆起とともに赤く震える身体がうねりだす。
深く息を吸い込み、躍動への準備を整えるその姿は、まさに絶望そのものの波動だった。
今、レイチーが動き出した。彼女の圧倒的な殺気が場を支配し、彼らの心を凍らせる。
ホシノの握るモップにわずかな震えが走り、仲間たちの瞳に焦燥が映った。
刹那、ホシノの腕に放たれた一撃が突き刺さり、その後の肘打ちと膝蹴りで容赦なく畳み掛ける。
連撃は迅速かつ正確に繋がり攻撃のリズムを刻む。
掃除人たちは必死に応戦し、各々の得物が絶妙に絡み合う。
これが、これまでの戦いとは桁違いの地獄が始まった合図であった。
凄まじい格闘攻撃の只中、掃除人たちはそれぞれが自分の限界をひしひしと感じていた。
ホシノとテルコはあまりの速さに翻弄され、戦いの波に押される。コンラッドでさえ、パワーで互角に持ちこたえるのが精いっぱいだった。
トメは素早く前線のカバーに入り、テッサとフィナは無理に戦わず後方支援を試みていた。
竜種もいる中で、さらにレイチーの対応を、というのは御託無理な話であった。
赤く震えるレイチーの筋肉は雲の裂け目のようにうねり、低い姿勢からまるで猛獣の如く跳躍し拳を振り抜いた。
その拳をゲンゾウの老練な筋肉が果敢に受け止め、巧みに押し返す。
「……あんたとの勝負であたしが負けたことあったかい?」
レイチーは挑発の笑みを浮かべた。
ゲンゾウはゆっくりと顔を上げて返す。
「何十年も昔の話が今でも通じると思っておるのか?これはこれは……偽物らしくなってきたのぉ!」
「トメ、援護に入れ!」と声をあげると、トメが素早く間合いを詰めた。
「貴女が焚き付けたせいで、この人はずっと止まったままだわ。ほんとしょうがない人ねぇ」
トメは薬剤を振るいレイチーの動きを鈍らせ、一撃を放つ。
◆
戦場は生き物のように躍動し、次の一撃を予測不能な混沌に変えた。
拳・肘・膝が飛び交い、砕けろという衝撃音が奏でられながらも、掃除人たちは苦戦の果てに少しずつ押し返す。
傷つき倒れながらも、彼らの瞳には敗北を認めない炎が燃えていた。
しかし、レイチーの身のこなしは煙のように軽く、微笑みながら「終わらないねぇ、……次はもっと徹底的に掃除しよう」と囁いた。




