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第十八話

 淡い青の粒子が螺旋を描きながら舞い、やがて一点に吸い込まれていく。

 光は密度を増し、形を得はじめた。揺らぎながらも確かな人影となり、かつて伝説として語り継がれた清掃人の姿に結晶した。


 ――レイチー。


 かつて竜を素手で打ち倒し、清掃の歴史に燦然と名を刻んだ女。

 彼女の瞳にはもはや人間らしい揺らぎはなく、深遠なる意思の光だけが宿っていた。

 しかし口を開けば、飄々とした昔の口調がそのまま響き渡った。


「……あんたがフィナかい?」


 彼女は肩をゆったりとすくめ、身体の片側を浮かせる仕草まで当時のままだった。誰に語るともなく、独白は続いた。


「地上の人間に見えるが、その身には底の脈が流れている。なるほどねぇ、私の“端末”になり得る所以だ」


「ああ、あんたを取り込めば、私の操作下で完璧に使いこなせるだろう」


「成り立ちを解き明かせば……人間をダンジョン化させる足掛かりが見つかるかも、だ」


 淡い狡猾さと執念、時に挑発ともとれる響きを含んでいた。

 テッサは震える手で隣のフィナの肩を掴んだ。彼女の眼差しは深く澄み、恐怖と悲しみの狭間で揺れていた。


「祖母は今やこの場所の意思そのもの。姿形はあの頃のままですが、中身はダンジョンの核。向き合い、応える時が来たんです」


 その決意が場を震わせる。

 ホシノは周囲に目を配りながら、小声で囁いた。


「もしここでフィナがレイチーを倒し、ダンジョンの意識に飲み込まれることがなければ……制御する手がかりを掴めるかもしれない。だが、それが本当に制御へと繋がるのか、それとも破壊へと向かうのかはわからない」


 彼は短く息を吐き、続けた。


「このダンジョンを制御できれば、世界の未来は守られる。だが、壊すしかないなら、その先に何が待つのか、誰にも想像できない」


 だが、それでも彼の胸の奥には、かすかな希望の光が燈っていた。


「望みは一つだ。たとえ不安が大きくとも、この“鎮魂”の場で道を見つけるしかない」


 レイチーは気怠げに肩をすくめた。


「破壊と制御、か……人の考えは面白い。だが簡単にはいかないんだよねぇ」


 その目は虚ろで黒曜石のように冷たく、彼女自身の冗談めいた口調が一層不気味さを増していた。


 フィナは手の中の飴玉をぎゅっと握った。包み紙が砕け、小さな結晶が指に当たる。

 胸の奥からじんわりと熱と甘さが広がる。恐怖の中で、なぜか懐かしい感情が溢れた。


「私が、このダンジョンの意志を取り込む。壊した先に、私たちの未来があるなら――」


 声は震えていたが、確かに自分の思いであった。

 床と壁に水面のような紋様が広がり、青の光は瞬き躍動した。


 一方、ゲンゾウとトメの表情には明確な動揺が走っていた。


「口調までそのままとは……くっ、やるしかないのじゃな」


 それは彼らの胸の深いところを揺らす喜びと恐怖だった。

 トメは震える声で問いかける。


「でも……あの人は、私たちにとって大切な存在ですよ」


 テッサは静かに、しかし毅然と答えた。


「確かに姿かたちはレイチーのままかもしれない。けれど違う。ここにいるものはダンジョンの意志、その核です」


 場の空気はより重く冷たくなる。

 ホシノは仲間を背で庇いながら、周囲の光の揺らぎを凝視した。

 レイチーは一言一言を噛み締めるように付け加えた。


「コアは常に新しい“器”を求める。あたしが選ばれたようにね、あんたもまた自然の摂理として選択されつつあるのさ」


 その言葉はぞっとする重みを帯びていた。

 フィナはぎゅっと歯を噛み、頭の奥に響く刻文を思い起こす。≪欲シイモノハ底ニアル≫それでもフィナは決して目を逸らさなかった。


「私は器ではなく、掃除人です。貴女が何であっても、私は私の役目を果たす。ここで決着をつけます」


 フィナの言葉に仲間たちは声を揃えた。


「俺たちは守る。決してお前を一人にはしない」


 青い粒子は渦を巻いて高く昇り、過去と現在、命と意志が交錯する。

 世界の核心が、まさに目の前に現れる刻が来ていた。


 フィナは仲間たちの視線が一つに集うのを感じて、深く息を吸い込んだ。

 胸の中で、青く儚い光が小さく震えた。まるで、自身の命と響き合う鼓動のように。


「私の中にある、“底”と繋がる何かが……確かに、静かに目を覚ましている」


 その言葉は震えながらも、この場所に響き渡り、決して消えはしなかった。

 ホシノは鋭く光の塊を見据え、その拳を強く握り締めた。


 「今日、この瞬間が分かれ道だ。ここで諦めるか、挑み続けるか。すべては俺たち自身の意志にかかっている」


 青く揺らめく光は、宵闇に散る星屑のように美しくも儚く輝いた。

 遠くからは、柔らかな風の音とともに、無数の声が届くように感じられた。


 ――“掃除は、命を守る”。


 その声こそが、未来へ続く架け橋となるのだ。

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