第十五話
真夜中の石畳は冷え切り、空気は冷たく引き締まっていた。
薄い霧が街灯の灯りをぼやかし、煤けた路地や窓辺に夜の匂いが染みつく。
クリーニングポニーの面々は、静かに市場ダンジョンの十三層へと足を進めていた。
ホシノは無言のまま作業道具を背負い、コンラッドは硬い金属箒を肩に掛けて歩く。後方からは、テルコとトメが控えめに見守り続けていた。
しかし、今夜の空気はいつもより重い。
フィナの歩幅はわずかに乱れ、月光が背中を照らす青白さがいつもの静かな輝きを帯びていた。
◆
湿気と鉄錆の匂いが鼻を刺し、壁のひび割れや黒ずみを慎重に磨く。
宝箱の破片や血痕膜を掬う彼女の指先に、違和感が走る。
青白い粒子がぴたりと貼りつき、指から腕へと小さな光がまとわりついて、しまいにはお腹の中に吸い込まれていく。
(お腹がずっと張ってる……ここ最近まったく出てないもんな……)
呟いたその言葉は冗談交じりのつもりだったが、喉の奥で震えていた。
テルコが眉をひそめ声をかける。
「少し休みましょう。無理は禁物よ!」
トメもそっと水筒を差し出し、優しい眼差しで見守る。
だが、フィナは首を横に振る。
「大丈夫です!休むより動いてる方が気が紛れるから」
◆
光は確実に増え、身体には新たな感覚が湧き上がる。
しこりのような重さ。痛みではなく、満たされすぎて動きたくなくなるような不思議な膨張感。
コンラッドが口を開いた。
「もし人間の体なら、その光は激痛だ」
「だが、お前のそれは温かさに変わってるんだろ?」
ホシノが続き、テルコとトメは視線を交わす。口にはしないが互いにフィナの変化を懸念していた。
フィナは、ダンジョンに“作られた”可能性がある――しかし自我を持つ不思議な存在――に見えたのだ。
「なんだ……何が違う……」
ホシノの声は闇と静寂に溶けていく。
◆
私は、果たして人間なんだろうか……。
胸の奥に不意に落ちてきた思い。
目の前の壁も、周囲の声も、自分に働きかける全てが揺らいでいく。
「掃除をするたび、身体が軽くなる……気がします!」
フィナの空元気に、ホシノとテルコが支えるように応える。
「その感覚を忘れるな、立派なお前の仕事だ。掃除は……命を守る」
「どちらの存在でも、今!ここにいるのは事実よ〜!!」
トメはその背を守るかのように寄り添い続ける。コンラッドは離れて見守るが、心配そうに顔を曇らせた。
清掃を終えた頃、腹の張りは多少和らいだものの、完全には消えなかった。
身体の奥には青白い光が静かに灯り、揺らめいている。
◆
事務所。洗面台で手を洗うと、水滴の間を青白い微粒が舞い、自分の瞳に跳ね返るのを感じた。
(私は何者なのか――分からないまま、ここにいる)
その夜。ホシノは事務所の片隅で静かに言った。
「……お前は、危険な種を宿している。だがすぐ排除なんてさせない。傍で俺たちが見守る」
コンラッドも静かに頷く。
「注意深く観察する。誰も見捨てない」
テルコとトメは静かに微笑んでいる。厳しい世界で寄せ合いながら生きる、か弱くも強い意志を。
夜の街は青白い光にほんのり包まれ始めていた。
誰もが知りうる範囲では、フィナはただの清掃員。
しかし、チームの目は違っていた。人とダンジョンの境界に揺れる存在を、今は皆で支えるしかないと知っている。
フィナの胸の奥で、かすかな声が確かに響いていた。
──「掃除は命を守る」
その声音は遠く、けれど決して消えはしない。




