表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
友達の友達  作者: 長篠金泥
第1章
6/26

06 ちょっとしたイタズラ

「おまっ、ふざっ――何してんだよっ!」

「やー、わりわりぃ」


 慶太がボリュームひかえめに怒鳴るが、轟音ごうおんを発した玲次に反省の色はない。

 残響ざんきょうが消え去ると、今度は不自然な静けさが辺りを包む。

 外部の音が遮断しゃだんされて、廃病院が持ち前の不気味さを遺憾いかんなく発揮し始めたようだ。


「とにかく、色々と見て回ろうぜ」


 異様な空気にまれまいとしてか、慶太は妙にテンションが高い。

 慶太の隣に佳織、その少し後ろで晃と玲次が優希を挟んで守るような陣形を作り、五人は廊下をゆっくりと進む。

 一階は窓が少なく月明かりが期待できない――手持ちのライトだけが頼りだ。

 電池切れを警戒して晃と玲次は明かりを消しているので、三つの光が足下と周辺を照らしている。


 しばらく先に進んでも、それほど荒れている気配はなかった。

 複数人の靴跡だけが点々と、建物の奥へと続いている。

 大規模火災が起きたとの話だが、リフォームが上手く行ったのか、床にも壁にも天井にもそんな痕跡は見当たらない。

 何にせよ、廃墟となり果てた今では関係ないのだが。

 晃がそんなことを考えていると、先頭を歩く慶太の足が止まった。


「セク……なんとか、って書いてあるな。警備員の待機所か?」

「大学生だろ、兄貴。セキュリティ程度は読めてくれよ。弟としてキツいわ」

「物理的にムリなんだっての、ホラ」


 言いながら慶太がライトで照らしたドアは、赤系のスプレーで何かしらの文字が落書きされていた。

 崩れ過ぎていて読めないが、赤色に塗り潰されたプレートも読めない。


「んぉ? 鍵かかってんな、ここ」


 玲次がノブを回そうとするが、ガチャガチャ音すらせず微動だにしない。

 抉じ開けて中を確認するまでもない、という共通認識が無言のまま広がり、慶太のライトは再び廊下の方を照らす。

 二十メートルほど進むと、等間隔とうかんかくでドアが並んだ一角が見えてきた。


「病室……かな」

「うん」


 佳織と優希が、手元のライトでスライド式ドアと、その周囲を照らす。

 外から施錠できるタイプのようだが、精神病院にイメージする厳重さは感じられない。

 この辺りには、症状が軽い患者を収容していたのだろうか。


「おっ、コッチは開いてんな」


 玲次が重そうな扉を一気に開ける。

 後ろにいた晃は、ほのかに消毒液の臭いをいだ気がした。

 先入観がもたらした、幻覚の一種かも知れなかったが。

 慶太が中に踏み込んで、八畳ほどの室内をあちこち照らす。

 

 一応は窓があるようだが、壁の上部にあってかなり小さかった。

 これでは、採光さいこうや換気が機能しているか、だいぶ怪しい。

 しばらく人が出入りしてないようで、床には慶太のもの以外に足跡は見えない。

 室内にはマットレスのないパイプベッドが二つ並び、その間にやはり枠だけのパーティションがたたずんでいる。


「何だぁ、コリャ」


 そんな慶太の呟きに続いて、乾いた金属音が鈍く鳴る。

 ライトが当てられた部屋の隅には、缶詰らしき円筒が数十個詰んであった。

 金属音は、コレを蹴った音みたいだ。

 足下に転がってきたものを晃は拾い上げる。

 佳織が手元を照らしてくれた――ラベルは色褪いろあせているが、どうやら桃缶のようだ。


「えらいサビてるな。賞味期限が……六十三年の十一月」

「昭和かな?」

「だと思う。見舞いの品か何か、ってとこか」


 同じ銘柄の他の缶詰を見ても、六十二年の七月や六十四年の九月といった、似たような日付が印字してあった。

 晃が読み上げる日付を聞きながら、慶太は微かに眉をひそめて呟く。


「見舞いの品にしては、年代がちょっとオカシい」

「六十四年は一月で終わりとか、そういう叙述じょじゅつトリック?」

「違ぇよ。病院の廃業時期、この賞味期限よりずっと先なんだよ」


 その理由を探して晃は頭をひねるが、それらしい回答は思い浮かばない。

 ジッとびた缶に目を落としていると、肩をポンと叩かれた。


「そんなんいいから、次行こうぜ、次」

「……ああ」


 玲次にうながされ、晃は手にしていたものを放り投げる。

 中身の水分が失われているのか、缶は先程と同じく乾いた音を立てた。

 ベッドと缶詰の部屋を出た後、並んだ病室の扉を開けて中を確認していったが、どこも似たような光景が待機していた。


 黒っぽいシミだらけのマットレスに、破れたクッション。

 ブラウン管の割れた旧式TVに、ドアの消えたワンドア冷蔵庫。

 ガラス戸がヒビだらけの飾り棚に、全体が毛羽立った木製テーブル。

そんな諸々が、相応の経年劣化を刻まれた姿で暗闇に溶けている。


「やだ、何これー、ふわーう」

「わ……ナニナニナニ、ちょっ、やめてって!」


 随分と雰囲気に慣れた様子の佳織が、ベッドの上に置かれた子供サイズのランニングを摘み上げ、優希の目の前でヒラヒラと動かして嫌がられていた。

 玲次は転がっていた大昔のジャンプを拾い、ライトを当てて読んでいる。

 どうも、肝試しとしては真剣味のない、ダレた空気になりつつあった。

 このままだと、誰かが「もう飽きたし帰ろう」と言い出すのも時間の問題だ。


 そんな気配を読み取った晃は、廊下で待機している慶太の所へと向かう。

 慶太は少し離れた場所で、壁にもたれて煙草を吸っている。

 ドイツだかデンマークだか産の、得体の知れない銘柄めいがら

 近付いただけで、その微妙に蘞辛えがらっぽい煙が鼻に貼り付いた。


「うぁ、相変わらず珍妙なニオイだな」

「うっせ。俺はこの匂いがスキなんだよ」


 佳織はこのニオイが苦手なので、一緒にいると滅多に吸わなかったはずだが。

 ちょっと不思議に思いつつ、晃は自分の用件を切り出す。


「何つうか、思ったより普通?」

「ん……まぁ、思ったよりシッカリ管理されてんな。どこもワリと綺麗だし」


 行きの車中では『今から行くのはマジでシャレになってないヤバい場所』みたいな口ぶりだった慶太。

 なのに、いつの間にやら大幅にトーンダウンしている。

 煙草に手を出しているのも、焦りと苛立ちが関係しているのだろう。


 主催者がこんなテンションでは、今夜はがっかりイベントで終わる。

 そうなってしまえば、せっかく知り合った優希との距離も縮まらないだろう。

 そんな危機感もあって、晃は自分の思い付きのプレゼンを開始する。


「ケイちゃん……あのワゴンRの連中、まだいるよね」

「えっ? ああ、多分な」

「そいつら、利用させてもらおうぜ」

「利用、っても……どうやって」

「やらせるんだよ、オバケ役を」

2日目の更新はこれが最後になります……

「面白かった」「不気味さが高まってきた」「そろそろ何か起きるだろ」と思った方は、評価やブックマークでの応援をよろしくお願いします……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ