49 トラップカード発動!
「ぶぅおっ!? おっ、おおぉおおっあっ!」
内臓を二つ三つ、まとめて挽き潰されたような衝撃。
文字通りに吹き飛ばされた晃は、踊り場の壁に背中を強打する。
金属バットは手を離れ、カランと乾いた音を立てて床に落下。
ある程度のダメージは覚悟していたが、痛みは覚悟を軽々と超える。
苦悶の声すら漏れず、上手く息が吸えず、ただただ涙が溢れた。
「ひっ、ひひっ――ぅひっ、ひぐっ、ふっ――」
晃は、笑っているような痙攣気味の呼吸音を漏らす。
では誰が驚愕混じりに叫んでいるか、といえばリョウだ。
「ぬぅううううっ! ぐぅううううっ!」
クリティカルな一撃を放った拳を見据え、荒い息を吐いているリョウ。
流れ続ける涙を拭い、相手の状況を観察しようとする晃。
腹を深々と抉った右拳には、いくつもの穴が穿たれていた。
そこから濃い赤が止まらず、リョウの腕や足元の床の色を変えていく。
「くっそぁあああ……やぁってくれたなぁ、やってくれたじゃねぇか、おいぃ!」
「ふぁ――んろろろろろろっ、ぅぶっ――ぶへっ、ごぁ、ごっ――べへっ」
聞いたことない音量の歯軋りの後、恨み言を吐き出すリョウ。
軽口で返そうとする晃だが、不意に食道の奥が膨らむのを感じた。
次の瞬間には濃いピンクの胃液を吐き戻し、濁った咳を連発。
呼吸はまだ整っていない――今、追撃を食らえばそこで終わり。
緊張を誤魔化そうと、無理矢理に笑顔を作って視線を合わせ続ける晃。
震える指でシャツの裾を捲り上げ、手品の種を披露する。
「くふっ、ぅははは――ぼほっ! えぇふっ!」
高笑いで煽ろうとした晃は、口内の異物感に負けてまた咳込む。
リョウの拳を破壊したのは、晃がシャツの下に潜ませていた凶器だ。
放置されたカルテを重ねて厚くし、太い釘を大量に打ち込んだもの。
ダイスケに作らせたそれをダクトテープで腹に巻きつけた、自爆攻撃めいたブービートラップ。
効果は抜群だったが、仕掛けた方も無事では済んでいない。
こめかみに血管を浮かせたリョウは、虫様筋に食い込む錆びた長釘を引き抜いて、背後に放り捨てる。
晃もボロボロの釘カルテを腹から剥がし、適当に床に放り投げる。
そしてバットを拾い上げ、まだ震えの抜けない右手に握り込んだ。
「……クロは、どうした」
剃り上げた頭に浮いた汗の玉が、ランタンの光を反射していた。
ギャグのような絵面だが、晃は気を抜かずにリョウの様子を窺う。
少なからぬダメージは与えたにしても、下手をすれば自分の方が重傷だ。
口の中に居座る血の味と銀杏の臭いに邪魔されながら、晃は次にとるべき行動を考える。
リョウの右拳を潰したのはいいが、腹の痛みがまるで引かない。
もしかすると、内臓破裂レベルの損傷が発生した可能性もある。
一対一だと、ここから勝ちに持っていける道筋がまるで見えない。
せめてダイスケか玲次が、牽制役としてでも参戦してくれれば――
しかし二人が動き出す気配はなく、リョウの発する圧だけが強まる。
とりあえず時間稼ぎだけでもしようと、晃は質問に応じた。
「あ、あの糞野郎なら、念入りにミンチにしてやった……と、いいたいトコだけどよ。テメェらを釣る大事な餌なんでな……残念ながら、ま、まだ半殺し状態だ。ただ、もう二度と……まともに小便できないかも、しれんけど」
晃はクロの居場所を示唆するように、左手の親指を上階に向ける。
訊かれるのは想定していたので、だいぶ滑らかにホラ話が出てきた。
実際には、あのクサレオッサンは既に現世から退場している。
ブチキレた佳織に、バールで顔面をド派手に開墾されて。
晃からの報告を、信じているのか疑っているのか。
リョウの心境の傾き加減は、表情から読み取れない。
「で、釣り上げてどうすんだ? アキラくぅん」
「釣った魚に……わざわざ調理方法、説明すんのか……テメェは」
「おぅおぅ、威勢がいいこったな。てっきり、クロと慶太きゅんのトレードを希望するかと思ったんだが、意外と薄情じゃないの」
何気ない調子の発言に、晃は目を見開いて訊き返す。
「――っ! 無事、なのかよ」
「両腕をもがれて、両目を抉られて、鼻と唇を削がれて、歯を全部折られて、両ヒザを砕かれて、全身が骨折でグニョグニョ、刺し傷でズタズタ……そんな肉塊を人間と認識できるなら、無事だな」
「なっ、おまっ――」
「ちなーみにぃいっ、もぉう呼吸もしてなーい、よぉっほほーん」
オペラっぽいフザケた節回しで、朗々と慶太の死を歌い上げるリョウ。
硬直した晃を見据えて、心の底から楽しげに笑いながら。
降ってきた腕を見た時点で、ある程度は覚悟はしていた。
それでも、親友の死をフザケ半分で告げられるのは、想像以上に耐え難い。
動悸が激しくなり、唇が戦慄くのを自覚しながら、晃は問う。
「こっ、殺し、たのか?」
「ま、トドメ刺しちゃったのは、そこの弟クンなんだけどね」
「そっ、てっ! テメェらがっ、やらせたんだろがぁ!」
「おっほ。チョーゴイスー。何でわかっちゃたのかな? ひょっとしてキミってばエスパー? 本名がマミだったりしちゃう? もしくは伊藤? スプーンが勝手に曲がるから、基本カレーは手で食べる本場のインド式?」
ひたすら流暢に、下らないことをベラベラとのたまうリョウ。
それを聞きながら、晃の血圧は果てしなく上昇していく。
こちらが激発して、迂闊な行動に出るのを誘っているのか。
そんな疑念を抱いた晃だが、すぐに違うだろうと心中で否定する。
無駄な工作などしなくても、正面から来られたら自分の負けは確実。
なので今のこの時間は、単にリョウが自分を弄るためだけのものだ。
ただ、リョウにも前ほど余裕がない気はするのだが。
ともあれ、負ければ玲次も優希も、佳織もダイスケも死んでしまう。
そう自分に言い聞かせ、晃は倒れたままの幼馴染に目を向けた。
すると、床に突っ伏していたはずの玲次と、思いがけず目が合う。
どうやら意識を回復しているようだが、リョウは気付いていない。
無傷からは程遠いが、行動不能の重傷を負っている様子もない。
ランタンの明かりを微かに反射する、玲次の目はまだ生きていた。
手を拘束されていても、ダイスケより上手く動いてくれるだろう。
希望的観測に従っての行動は、なるべく避けるつもりだった。
だが、ここまで追い込まれたら多少のギャンブルもせざるを得ない。
晃は痛みで回転の鈍った頭を酷使し、逆転の糸口を探る――
そろそろ終章に入る……はずです。たぶん。
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