48 パニック・アタック
近付いてきた足音は、確かに二つだった。
一つは、重量感たっぷりな軍用ブーツの響き――リョウ。
別の一つからは、これといった特徴が読み取れない。
一緒に来たのは慶太か、玲次か、それとも霜山か。
話し声がしなかったので、晃には判別ができなかった。
あまり上手くない口笛の音が、徐々に近付いてくる。
どこかで聞き覚えがあるメロディだな、と思ったがアレだ。
映画『キル・ビル』でダリル・ハンナが演じていた、口笛を吹きながら病院に乗り込んでくる殺し屋のそれだ、と晃は思い出す。
こんな状況でもフザケてんのか、とキレかけるがギリギリ耐えた。
まだ早い、もう少し、あと少し――
壁に掛けたLEDランタンが、ツルッパゲの頭を照らした瞬間。
そこで駆け出して、油断してるリョウに奇襲攻撃をキメる。
掌に滲んだ汗を短パンの尻で拭き、バットのグリップを固く握り直した。
次第に荒くなる呼吸音を抑えようと、晃は口だけでゆっくり息をする。
緊張で舌と喉が痛むが、そんなことを気にしている場合じゃない。
「ぅおおおおおおおおおぁあああぁああっ!」
「……は?」
唐突に発せられた叫声に、気の抜けた疑問符が発せられる。
完全に「今じゃない」タイミングで、ダイスケは行動を開始した。
リョウの頭は未だ見えてない――打ち合わせと違う、早すぎる。
愕然とする晃を残し、シャウトを棚引かせてダイスケは疾駆。
手にしているバールを闇雲にブン回しながら、ドタバタと。
「ぅアホかぁっ!」
予期せぬ展開に、思わず怒声を放ってしまう晃。
緊張のせいか興奮のせいか、とにかく冷静さを失ってダイスケが暴走。
まさかそこまで馬鹿じゃないだろう、という予想を軽々と超えてきた。
計画をブチ壊した、あのクソボケをフルパワーで殴り倒したい。
それはそうと、ココでアレが返り討ちにされたら、勝ち目はほぼゼロだ。
だから晃も仕方なく、気合の声と共に階段に向かって全力で走る。
「ふっ――ふぉおおおおおおおおっ!」
完全に予定が狂ったが、まだ高低差を活かした地の利はあるはずだ。
足場の悪い階段で転倒させ、数メートルの高さから墜落させる。
殴る蹴るの効果は期待できないし、凶器で殴ってもどうにかなる気がしない。
そんなリョウでも、流石に階段から落ちれば多少はダメージを受けるだろう。
ついでに混乱に乗じた追加攻撃で、重傷を負わせられる期待もあった。
まるで時間がない中で、晃が必死に考えて組み立てた段取りだ。
ダイスケにも丁寧に説明したハズなのに、どうしてこんなことに。
相手が階段を上ってくる途中で攻撃をかける、という約束事だけは辛うじて憶えていたらしいダイスケは、まったく減速せずに階段を飛び降りた。
「きぁあああああああああああああああああああああっ!」
「ぶおおおおっ!? ――んだぉるぁあああああああああああっ!」
ダイスケの獣じみた咆哮に、困惑混じりの叫びが重なる。
それから一拍おいて、様々な雑音と怒号と悲鳴が渾然となった、不吉な不協和音が晃に届いた。
咄嗟に自分も続きそうになる晃だが、寸前で冷静になって足を止める。
まずは身を隠し、ダイスケが恐らくはリョウを巻き込んで落下したであろう、踊り場の様子を窺った。
縺れ合ってるのが二、倒れているのが一で、人影は三人分。
ランタンの明かりが届いておらず、人相などはわからない。
シルエットから判断するに、闘っているのはダイスケとリョウ。
その傍らに転がっているのは、たぶん玲次だ。
晃はランタンを壁から外し、急いで階段手前へと戻る。
「くっそぉああああああああああああっ!」
「ぅぐっ――」
ランタンが揺れてしまい、上手く踊り場を照らせない。
興奮の極みにある様子のダイスケが、血を吐くような勢いで喚く。
リョウと思しき黒い塊に、ダイスケらしき影がバールを振り下ろしていた。
直後に聞こえたのは、あのバケモノらしからぬ苦痛を表現する呻き声。
もしかしてこの状況は、奇襲が成功したと言っていいのかも。
ここは覚悟を決めて、階段を全段飛ばした飛び蹴りを実施するべきか。
「しゃるぁあああああああああああああああっ!」
晃が助走のため下がろうとすると、ダイスケから奇声と二撃目が放たれる。
しかし、いい角度のスイングは、途中で太い腕によって弾かれた。
バールは騒々しい金属音を拡散しながら、一階へと転がり落ちる。
そしてもう一本の腕が、ダイスケの喉首を掴んで高々と持ち上げた。
ランタンは血管の浮いた筋肉質の右腕と、締め上げられ充血したダイスケのマヌケ面を照らす。
「はばっ――ぷぇいっ――」
「やってくれたじゃんか、クソガキ。仲間の敵討ちとは、泣かせるねぇ」
リョウは片手で空中に掲げた、ダイスケの体を揺すりながら言う。
余裕ぶっているが、その呼吸はだいぶ荒くなっていた。
ダイスケは両足をバタつかせ、どうにか逃れようと藻掻く。
気道を塞いだ腕を外そうと引っ掻いているが、効いている感はまるでない。
顔色は赤紫に染められ、口の端からは赤色の目立つ泡が溢れてている。
どうにかリョウの気を逸らさないと、ダイスケは数十秒後には窒息死だ。
ぶっちゃけ、あのボケを見捨てたい気持ちがないと言えば嘘になる。
だけど、目の前で誰かが無意味に殺されるのを見るのは、もう御免だ。
自身の感情を再確認した晃は、眼下の乱闘への参加を決意する。
「おい、他の連中はどこだ?」
「ここだよ、ハゲちゃびん」
リョウの問いに代わりに答え、右手にベコベコになった金属バット、左手にランタンを提げた晃が、一歩一歩階段を下りていく。
本人としては、自信たっぷりの表情を浮かべているつもりだった。
だが、リョウの小馬鹿にした態度からして、緊張が隠しきれてないらしい。
晃がランタンを途中の段の端に置くと、リョウはダイスケを階下に放り捨てた。
「なっ――」
「あぐっ、ばっ! はっ!? にぅううぅう……」
数度の悲鳴が鈍い衝突音と重なり、最後は力のない鳴き声に転じた。
堂々と姿を見せることで、何らかの切り札を隠していると思わせる。
晃の狙いはそこにあったが、通じているかどうかはわからない。
動揺を誘うつもりだったのに、焦燥感が膨れ上がって冷汗が湧いてくる。
身軽になったリョウは、左手で掴んだ右手首をグルグルと回している。
ダイスケを持ち上げた疲れを癒しつつ、晃の出方を待っているようだ。
その背後に転がっている玲次は、俯せのまま起き上がる気配がない。
ダイスケの特攻に巻き込まれたのか、元から大ダメージを受けていたのか。
「おいぃ、玲次っ!」
晃が大声で名前を呼ぶが、返事はない。
そして玲次ではなく、厭らしい笑みを浮かべたリョウが応じる。
「おらっ、お友達が呼んでる、ぜっ!」
「んぼっ――」
リョウがコンバットブーツの底でもって、玲次の脇腹を蹴り飛ばす。
弱々しく悲鳴を上げ、僅かに体を捩った後は再び動かなくなる玲次。
下手に動けない晃は、奥歯を割り砕きそうな圧力で噛み締めていた。
あからさまに煽られている。
リョウが、ブチキレての突撃を待っているのもわかった。
それでも、晃としては乗るしかない。
必要以上に膝に力が入るのを感じながら、晃は階段を下っていく。
踊り場に着くまで、あと三段。
晃は、右手で持ったバットを大きく振りかぶり、跳んだ。
それと同時に、素早い足運びで距離を詰めてくるリョウ。
重たい右アッパーが、晃のガラ空きの腹へと突き刺さった。
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