47 ステアウェイ・トゥ・ヘブン・オア・ヘル
「騙されてくれる、かな」
「どうかな……とりあえず、やるだけはやった」
「……そうだね」
「だから後は、あいつらの反応を待つしかない」
不安げな優希に、自信ありげに対応する晃。
内心では不安しかないが、それを表に出すワケにもいかない。
処置室を出るが、誰かがやってきた気配はまだなかった。
霜山とリョウが、無線を通じてコチラの会話を聞いたとする。
それに反応して動いたなら、どんなに急いでも到着まで五分は必要だ。
そう計算した晃は、五分の猶予を基準にして行動方針を組み立てる。
会話を最後まで聞かずに動かれた場合、計算は全部無意味になってしまう。
しかし、その危険を回避するアイデアもないので、考えるのはヤメた。
そうなったらそうなったで、近未来の自分に頑張ってもらうしかない。
二人は無言のまま、佳織とダイスケが待機中の浴室へと戻る。
「撒き餌はしてきた。そっちはどうだ」
「言われた通りに作った。けど……こんなん、意味あんのか?」
「わからん。今やってるのは全部、やらないよりやった方がマシ、ってだけのことだ。だから、あんま深く考えんな」
相変わらず文句ばかりのダイスケを宥めつつ、作るよう頼んでおいたモノを受け取る晃。
雑な仕事ぶりにイラッとするが、揉めてる時間もないので黙っておく。
佳織はまだ虚脱状態から立ち直れないようで、頭を前後左右にフラフラさせていて、色々な意味で危なっかしい。
晃たちが今いる二階と、一階とをつなぐ階段は一箇所のみだ。
患者も関係者も、基本はエレベーター移動だった、と思われる。
車椅子の利用も多かっただろうし、そうなるのも仕方ない。
そして現状、階段が一箇所なことが、メリットでもありデメリットでもあった。
自身の思考を整理するのも兼ねて、これからの動きを説明していく。
「あいつらが来るなら、階段からになる」
「エレベーター、動かないしね」
「だから、予想外の奇襲を受けるって危険は、殆どない……逆に、コッチが待ち伏せして攻撃を仕掛けられる状況だ」
「でも、慶太さんや玲次くんを盾にされたら?」
優希の言葉に、フラついていた佳織が反応してコチラを見る。
そこは最大の不安点だが、人質のために抵抗を止めても、結局誰も救われない。
なので「見捨てる」一択になってしまうが、それをストレートに言うのは憚られるから、晃はオブラートでグルグル巻きにした表現を繰り出す。
「あの畜生どもなら、それをやってくる可能性はある……でも、人質をシカトして全力の攻撃をしてくる、ってなったら意表を衝けるだろ? そんなら、俺らとしては奇襲をキメたのと同じことだ。一時的には、ケイちゃんや玲次を危険に晒すかもしれない。だけど、結果としては全員を救うことになる」
「うーん……そう、なのかぁ?」
「そうだ、ってんだよ。先陣切ってくるのは、きっとあのリョウとかいう化物だ。多少のリスクがあるとしても、アレを仕留められるなら大儲けだろ」
またグダグダ抜かすダイスケを、勢い任せの断言で黙らせる。
リスクを語っても、不安が増すだけで何もいいことはない。
なので晃は、メリットだけを強調して奇襲作戦を説明していく。
薄々それを察しているのか、話を聞きながら優希は渋い顔だ。
そんな様子に気付いた晃は、最後に付け足すつもりだった話を早めに出す。
「奇襲が上手く行っても、一撃でリョウを沈めるのはムズい。だから乱闘状態になったら……優希は佳織さん連れて、とにかく逃げてくれ」
「うっ、うん」
「二人は、階段近くの個室に待機して。それで騒ぎが遠くに行った雰囲気あったら、部屋を出て外まで逃げる感じで」
晃の語るアバウトな段取りに、優希は一つ一つ頷いて応じる。
「そしたら、さっき腕が降ってきた、あの辺……あの辺のどっかで、隠れて待機しといて。待機してから十分経っても、俺らが誰も来なかったら、そん時は二人でこの山を下りて逃げる、OK?」
「わかった……やってみる」
「奇襲が成功して安全を確保できた、って場合は隠れてる部屋から見えるように、ライトを三回点滅させるのを繰り返す。これが見えたら、動かずに待ってて」
緊張の面持ちで首を縦に振る優希の肩を、晃は二度ポンポンと叩く。
大丈夫だ、心配ない――そんな言葉を口にするのは、あまりにも嘘臭い。
だから、ほんの少しでも安心感を与えられるよう、頼れる男を演じる。
演じ切れているだろうか、と自分を疑いつつも、次はダイスケとの相談に。
「いいか、とにかく最初の一発が大事だ。あいつらが油断して、遊び半分に俺らを狩りに来てる、そこに全力の攻撃を叩き込む……わかってるな?」
「お、おぅ……さっきも同じこと、聞いてるし」
「じゃあ、もういっぺん説明しとくぞ。まず俺が下の階の様子を――」
緊張の連続でダメな慣れが出たのか、微妙にテンションが低い。
極端に興奮しているのもマズいが、落ち着きすぎているのも何か違う。
コチラの話を聞いてはいるが、どうにも真剣味が足りてない気配だ。
イヤな予感がした晃は、ダイスケの肩をバチバチ叩いて煽っておく。
「マジでもう、ここでミスったら終わるからな? 殴るのも蹴るのも、加減せずにフルパワーだぞ。チャンスがあったら、マジのガチで、殺すつもりでやれよ? わかってるかっ!?」
「わかってる、っつうの! やってやんよ、ああ! あのクソ共をよォ!」
空回り気味ではあるが、エンジンを吹かすのには成功したらしい。
鼻息が荒いダイスケを連れ出し、晃は階段を上がった先の開けた場所へ。
壁にLEDランタンを吊るし、ダイスケは近くの物陰に身を潜ませる。
その準備の最中に、優希と佳織は浴室を出て階段近くの個室に移動。
そして晃は足音を立てないよう、ゆっくり静かに階段を下りていく。
踊り場に着いたところで屈み込み、階下からの音に耳を澄ませる。
聞こえるのは、病院の外からの虫の声。
抑えた呼吸の音と、抑えられない心臓の音。
しゅわっ、しゅわっ、と変な耳鳴りめいた音もしているような。
だが、足音や話し声は聞こえてこない。
もしかしてあいつら、無線のスイッチを入れてなかったのか。
数時間にも思える数分が過ぎた頃、鼓膜に新たな異音が響いた。
とうとう、だ――
足音は二種類、二人分。
話し声はしない――あいつらも警戒してるのか。
脂汗が滲むのを感じながら、晃は上階へと急いで引き返す。
「来たぞ」
小声でダイスケに告げた晃は、自分も壁の陰へと貼り付く。
ランタンの明かりが届かない角度を選んだつもりだが、本当に大丈夫か。
さっきの敵が来たって報告は、ちゃんとダイスケに伝わってるのか。
佳織がテンパって、リョウとやり合ってる最中に飛び出さないか。
ロクでもない想像が、次から次へと湧き上がって止まらない。
咳が出る感じがあって、唾を飲み込んで誤魔化そうとする。
だが晃の口の中は、冬場の寝起きよりカラカラだった。
大丈夫、イケる――何も問題ない。
やることは至ってシンプル、失敗のしようがない。
ダイスケも、そこまで馬鹿じゃないハズ。
最低限、説明通りに動いてくれれば、それでどうにかなる。
シッカリと、迷わずに、一撃を食らわせれば、それで終わり。
晃が自分に言い聞かせていると、口笛の音が流れてきた。
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