46 ラジー賞ノミネート級の熱演
「……罠を、仕掛けよう」
優希とダイスケから「どういう意味だ」と問う目線が返ってきた。
佳織は少し離れた場所で、明後日の方を向いている。
鼻歌らしきものを鼻ずさんでいるが、まるでメロディになってない。
こんな有様の佳織を連れて逃げるのも、難易度が高いしな――
そう言いたいのを飲み込んで、晃は二人に自分の考えを述べる。
「希望的観測で動いて、それがハズれてたら目も当てられない」
「それはそう、かも」
優希が同意の返事を述べる。
「だから、こっからは最悪のケースを想定して動く」
「最悪、ってどんなんだよ」
相変わらず、鈍さを丸出しにした態度にイラッとさせられる晃。
だが感情をなるべく表に出さず、ダイスケにわかるよう説明する。
「俺らがクロを捕まえたのと、佳織さんを解放したのがバレてて……このフロアにいるってのもバレてる。それを把握してる霜山たちは、ケイちゃんと玲次を人質にして俺らを脅して、また拘束しようとする……そんなとこだ」
質問に答えると、ダイスケが不快そうに顔を顰めた。
気持ちはわかるが、このくらいの想像力は働かせて貰いたい。
危機的状況にいる自覚のなさに、どうしても晃の態度は冷淡になる。
慶太はもう殺されているだろう――そう確信しつつも、佳織を刺激しないよう触れずにいる欺瞞も、晃の神経をササクレ立たせているのに一役買っていた。
「慶太さんと玲次くんを連れたあいつらが、ここまで来る?」
「放っといても多分そうなる、けど……確率を上げるために罠の用意だ」
「意図的に誘き寄せる……となると無線機を使うの?」
「ああ、その通り」
間の抜けたダイスケと違い、優希は話が早くて助かる。
無線の存在に気付かないフリで、重要な会話をタレ流す。
そのキモとなるのは、霜山とリョウに復讐するために火を放つ計画だ。
それを手早く語ると、腕組みをした優希が納得度7割くらいで言う。
「……火をつけられる、となったら焦りそうだね。地下にいるなら」
「したら、コッチの放火を阻止しようと動くだろ、って予想なんだけど」
ガソリンを車から抜いてきた、とか話せば信憑性も上がるだろう。
そんな説明をしつつ、待ち伏せしての奇襲攻撃の方法を語ろうとするが、ダイスケはシラケ面で疑問を呈する。
「でもよぉ、そんなに上手く――」
「うるせぇな、行かせんだよ! 他にアイデアないなら黙ってろ!」
文句ばかりのダイスケにウンザリした晃は、ついキレ気味に吐き捨る。
不安なのは皆が同じなのに、何でお前のケアまでしなきゃならんのだ。
そんな感じに高まった不満と不快は、もう隠しようがない域に達していた。
しかし、絶望的に空気の読めないダイスケは、一方的に詰られたのがムカつくとでも言いたげに、舌打ちをして不貞腐れる。
引っ叩きたいのを我慢し、どうにか平常心を保って晃は指示を出す。
「いいか、まず俺と優希が、処置室に戻って霜山とリョウに聞かせるための会話をしてくる。本気っぽくするために、最後は無線をブッ壊す感じで派手にやらかす。その間、ダイスケと佳織さんは――」
迎撃のための準備を一通り説明すると、LEDランタンを手にした晃は優希と共に処置室へ。
とりあえず、新たに何者かが周辺に出現している気配はない。
「ねぇ晃。あいつらがここまで、もう来てたら……どうする?」
「そりゃあ、困るな」
「いや、困るのは当然なんだけど。マジな話、どうするの」
「正直に言うと、どうしょうもない」
「えぇ……」
実はそれが、本当に最悪なパターンだ。
言っても仕方ないので伏せておいたが、優希は気づいてしまった。
開き直るしかない晃は、苦味たっぷりの苦笑でもって応じる。
奇襲をするハズが逆に奇襲されるんじゃ、話にならない。
だけど、実際問題そうなってしまう可能性は決して低くない。
「連中の感覚としては、完全に雑魚を甚振って遊んでるつもりだ……なのに反撃されたとなると、警戒するよりも先に、ナメた真似をされたことへの意趣返しって意識が来る、と思うんだよ……だからこそ、そこに隙ができる。その隙を狙って、全力の一撃を叩き込む」
「うん……そうだね」
晃の断言に、優希も同意してくる。
やや都合の良すぎる作戦だとは理解しているが、何かしらの隙を作れる前提にしておかないと、あいつら――特にリョウに勝てるヴィジョンが浮かばない。
そのまま何事もなく、二人は処置室の前へと辿り着く。
晃が部屋の扉をスライドさせると、嗅ぎ慣れたニオイに出迎えられた。
「うぁ、これは……」
「この先は、俺に合わせて」
魚屋の店先の空気を煮詰めたような、濃厚な生臭さに改めて優希がたじろぐ。
それを小声で制した晃は、ランタンを掲げて室内を照らす。
さっき部屋を出た時と違っている、あからさまな変化は特に見当たらない。
床に死体が転がっていて、アチコチに血や尿の水溜まりがあって、手術用具やバイブが散乱している――ただそれだけだ。
晃は部屋の隅に転がった、電源が入ったままの無線機を拾い上げる。
ランタンと並べて手術台の上に置き、音を拾いやすいようセッティング。
それからジェスチャーで「連中に聞かせる芝居を始めるぞ」と伝える。
すぐに意図を理解して優希は頷き、罠のための下準備が始まった。
「クソァ! あの野郎、佳織さんまで殺っ、殺してっ……ぅああああああああああああああああっ!」
「んぉ、落ち着っ……落ち着いてっ、晃くんっ!」
晃の大袈裟な演技に、優希もテンションを合わせて応じてくる。
佳織が殺された設定を入れたのは、連中に死んでいると認識させることで、完全にポンコツ化した彼女を安全圏に置こうという考えだ。
この無線を聞いてなければ、空回りにも限度がある無駄骨なのだが。
そして、重要な情報ばかり連続すると怪しまれそうなので、無駄口も混ぜ込みながら最重要ポイントの「放火」に向けて話を運んでいく。
「とにかく、とにかく、だ。クロの野郎をブッ殺せば、それでコッチは二人、向こうも二人だ……あのデブとマッチョ、俺らが逃げたと思ってんだろ」
「でも、あの、クロが帰ってこなかったら、探しに来るんじゃ……」
「だから、その前にやる……やってやんだよ! あいつら、あの地下室にいんだろ。上が燃えたら、そのまま窒息だぜ」
「……ガ、ガソリンは用意してる、けど……燃やすってヤバくない?」
「ヤバいとかヤバくねぇとか、もうそんな場合じゃねぇだろ!」
胡乱な話の中で、こちらがガソリンを用意していて、放火を計画している状況なのを伝えた。
上手く演技できた自信はない晃だが、追い込まれて言動がおかしくなっている様子に関しては、もう素の精神状態に近い。
この感じなら、本気で火をつけると信じてくれるんじゃなかろうか。
とはいえ、疑われて慎重に攻めてこられたら、その時点で全ては終わる。
「だから、アレだよ。逃げ道を塞ぐために、階段に油を撒いてさ――」
コチラの本気を信じ込ませるべく、基本は具体的だが重要な部分は曖昧な、ニセの放火計画を滔々と語る晃。
優希はすぐ意図に気付いたようで、上手いリアクションで助演女優っぷりを発揮してくれた。
そろそろ頃合と見た晃は、無線機を指差して「壊すぞ」と視線で合図する。
「クロから訊くだけ訊いたら、その次は――」
「待って……待ってよ晃くん! ちょっと見て、これって!?」
「うぅ? えっ、何だぁ? ……ああっ、マジかよっ、クソッ!」
テンパッたフリをして、晃は無線機を壁に向かって放り投げる。
そして、跳ね返ってきたそれを何度も何度も、入念に踏み潰す。
完全に壊れたのを確認してから、優希と顔を見合わせて言う。
「準備完了、だ」




