44 ついカッとなってやった
「さて、と……」
しばらくタメを作った後で、カンッとバットで軽く床を叩く。
晃の立てた音に反応し、胡坐をかいたクロの肩がビクンと大きく跳ねた。
自分らが散々に駆使してきたから、暴力の気配に鋭敏なんだな。
晃は不健全な優越感を刺激されつつ、佳織に確認する。
「この馬鹿に色々と訊きつつ、佳織さんにも質問したいんだけど、大丈夫かな」
「……質問、って?」
「あの部屋から俺らが出てった後、何があったかとか」
「あぅ……うん、わかった」
明らかに大丈夫ではない、強張った表情で頷く佳織。
だが時間の余裕もないので、晃は察しが悪いフリで話を進める。
「ぶじゅるじゅるるる……ぷじゅるるるぺぁぷ……」
クロの呼吸が荒くなってきて、水っぽい呼吸音がうるさい。
己の危機的状況が本格化したと悟って、落ち着きがなくなっている。
耳障りな音を撒き散らし、縋るような視線を彷徨わせるクロ。
しかし、この場にいる誰にもコイツを助ける理由はない。
「じゃあ、佳織さん。あの後のこと、聞かせて」
「あの……後に、は……」
晃に促されると、佳織は言葉を詰まらせ、顔色を悪くする。
思い出したくもないのに、無理に思い出そうとしたせいだろう。
優希はそんな友人に寄り添い、物憂げな表情を向けていた。
どんなことが起きたか、大体の想像はつくから言い澱むのもわかる。
しかし、ここでモタモタしているヒマはない。
「ぁぶっ、ぷぐっ――」
佳織の意識を内から外に向けようと、クロの左腿をバットで殴る晃。
気を抜くと脳天を殴りそうになるが、それだと情報を引き出せないので我慢する。
黙っているダイスケを見れば、幼児が見たらギャン泣き確定の凶相だ。
自分も似たような状態になってそうだな、と思いつつ顔の下半分を撫で回していると、佳織が大きく息を吸って話し始めた。
「ケイタとレイジくんが……どうやったのかわかんないけど、二人でタイミング合わせてさ、シモヤマに飛び掛ろうとしたのね。けど……あのキモいハゲマッチョ」
「リョウ、だね」
「そう、そのリョウってのが、凄いスピードでパッとシモヤマの前に出てきたの。それで、膝から突っ込んでたケイタを空中でキャッチしたら、そのままポイッて。あいつ、プロレスみたいに床に転がされて……」
佳織のジェスチャーに、思わず溜息を漏らす晃。
普通なら信じられない滅茶苦茶な動作だが、残念ながら事実だろう。
リョウの身体能力なら、それくらい平然とカマすに違いない。
「そん時に、玲次はどうしてた?」
「レイジくんは、えーっと……ああ、走ってドアの前まで行って、勢いよく開けたんだ。でもシモヤマに、あのビリビリするやつ背中から撃たれちゃって……」
どんな計画だったのか、晃は想像してみる。
あの地下室の状況で、綿密な意思疎通は難しい、というか無理だ。
だからシンプルに、一言二言のやりとりで互いの行動を決めたのだろう。
目的はたぶん、混乱に乗じて佳織だけでも逃がそうとした、辺りか。
霜山を捻じ伏せるのに成功すれば、それで逆転できたかもだが……
「そうか……ここまで、合ってるか」
晃に問われたクロは、即座にコクコクと肯定する。
話の中に自分が出てこないから、取り繕う必要もないってことか。
セコい計算高さが、何とも言えず癇に障る――
「ぷぁぶっ!」
クロの右の踝あたりを狙い、加減ナシに踏み潰した。
それで若干の気晴らしをしてから、晃は話を元に戻す。
「で、それからどうなったんだ、佳織さん」
「それから……シモヤマがまたペナルティがどうとか言いだして、それで……それで、こっ、こいつがぁっ!」
「びぎゅぁ――」
落ち着いていた様子の佳織が急速沸騰し、体重を乗せた前蹴りを放つ。
左肩を蹴られて転がったクロを、佳織が何度も踏みつけていく。
クロがもがいて、ガチャガチャと手錠の鎖が鳴った。
晃は佳織の腕を掴んでクロから引き離し、真顔で制止する。
「落ち着いて、佳織さん! 話が進まなくなる!」
「でっ、でもぉっ!」
「ケイちゃんと玲次の命、懸かってる……だから冷静に、冷静にいこう」
「あぅ、んんっ……そう、だね……ごめん」
「それで、こいつがどうした?」
「このキモゴミが、あたしの首に腕をギュッて巻きつけて……フッて気が遠くなったと思ったら、いつの間にかさっきの部屋に」
頚動脈を圧迫して気絶させた、ってことだろうか。
この感じだと、佳織からこれ以上の情報は引き出せそうにない。
そう判断した晃は、ぶじゅぶじゅと汚い音と血涎を垂れ流し、上半身を朱に染めつつあるクロを見下ろす。
コイツも限界に近いが、とりあえず慶太と玲次の状況を把握しないと――
「おい、お仲間は? 霜山とリョウは、まだ地下にいんのか?」
「……べぅ」
短く呻いたクロは、首を縦にも横にも振らずに浅く傾げる。
俺にはわからない、という意味か。
問い詰めても埒があかない気がして、晃は質問を変える。
「じゃあ、慶太と玲次の二人、どうしてる。今もあの部屋か」
今度は黙ったまま、さっきと同じジェスチャーを返すクロ。
こいつ、ちゃんと質問に答える気があるのか。
のらくら適当に応じて、この場をやり過ごすつもりじゃないのか。
そんな予感にカッとなった晃は、バットを振り下ろし右の肩口を殴りつける。
グリップに伝わる感触で、自分の一撃が鎖骨を折り砕いたとわかった。
「ぼぅ――びじゅるるるぶじゅぶぶぶぅっ!」
「イエスかノーで答えろ、つったろ! で、一緒なのか? ああ!?」
「ずぉぷっ、じゅぱっ――ぶぷっ」
顔面が赤紫になったクロは、ヘドバンめいた動きで何度も頷く。
このまま放置すると、何気なく窒息死するかも。
そう判断した晃は、クロに噛ませたタオルを掴んで雑に引き下ろす。
手についた生温い汁気を払っていると、不意にダイスケが口を挟んでくる。
「つうかよ、その慶太ってヤツ、まだ生きてるのか? 腕を斬られて、そのままだったら普通は――」
「何言ってんだ、ボケェ!」
「んぉふっ」
失言をカマしたダイスケの腹を、バットで突いて黙らせる。
何なんだ、さっきから無能ムーブがすぎやしないか、コイツは。
愕然とする晃が見据えている、派手に噎せて蹲るダイスケの先には、「どういうことなの」と無言の圧をかけてくる佳織が。
どうにか触れずに話を進めようとしてたのに、余計な真似を。
腹立ち紛れに、蹴りの二、三発もダイスケにぶち込みたくなる。
衝動を我慢しながら、なるべく深刻にならないように。
晃は嘘や誤魔化しを混ぜながら、言葉を選んで説明を始めた。
「あー、アレだ。さっき俺らが一回外に出て、病院の玄関前に来た時……コイツが、このボケがな。脅すつもりなのか何なのか、いきなり屋上かどっかから、人の腕を投げてきたんだよ……で、降ってきた腕はまぁ、本物っぽかったんだけど。それがケイちゃんのかどうか、わかんないっていうか……ダイスケの仲間のって可能性ある。あと、あんまよく確かめてないから、もしかするとリアルなオモチャ、だったかも」
早口な上に言い訳が多いせいか、佳織は訝しげな態度を崩さない。
とにかく、ここで慶太の件は終わらせて、尋問を続けるべきだ。
そう考えて晃が向き直ると、クロは濁った液体を二度三度と吐き出し、薄ら笑いを浮かべて言う。
「ぷはっひゃ――げっ、ゲイタならもう、じっ、じんでぅ、ぜぇっ」
「あぁ!?」
「じんどぅあ、じんだぁ、レージもなぁ、ばひひっひんぐぁっ――」
慶太と玲次がもう死んでる、と言ったのか。
そんな言葉を笑いながら発する相手を黙らせるため、晃は勢いのあるスイングを横っ面に叩き込む。
クロは白目を剥いて沈黙したが、起きた波紋はどうにもならない。
「しっ、死んでる? ねぇ今こいつ、ケイタが死んでるって、ちょっとアキラくん、どういうこと!? レイジくんもっ?」
「いやいやいや! 俺にもわかんないから、わかんないって!」
佳織に詰め寄られた晃は、困惑気味に突き放すしかない。
助けを求めるように優希とダイスケを見るが、どちらも呆然としている。
どうしたらいい――二人はもう死んだ、と判断して逃げる?
それとも、その情報が嘘という前提で探索に向かうべきか?
でなければ、クロからもっと詳しい話を引き出して決める?
「ちょっと、考える時間が欲しいな……優希、一旦ココ出よう」
「ん……わかった」
「ダイスケ、佳織さんを頼む」
「んぉ、おう」
どうでもいいから状況をリセットして、考えをまとめたい。
そう考えた晃は、優希を誘って浴室を出て、少し離れた場所まで歩く。
廊下に人の気配はない――が、そうそうゆっくりもしていられない。
頭を冷やすのも兼ねて、しばらく無言で闇の先を見詰め続けた。
傍らにいてくれる優希からは、静かな息遣いだけが聞こえてくる。
気持ちが少し落ち着いたところで、晃は自信なさげに問う。
「どうする……べき、だと思う?」
「わかんない、けど……クロの話がホントか、確かめた方がいいかも」
「それは、俺も考えてた。あのカス叩き起こして、内容の真偽を――」
『うぉおおおおぃおいおいおいおいっ!』
二人の小会議は、ダイスケの絶叫ツッコミで吹き飛ばされた。
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