43 ちょっと何言ってるかわからないです
風呂場に搬入したクロを床に転がし、手錠の片方を外す。
毛の生えたキューピーめいた、だらしないオッサンの裸体が視界を占領する。
壁際まで移動させようとするが、重たくて一人の作業だと厳しい。
「おい、手伝ってくれ」
「は? 何を……何だぁ?」
「チッ――このボケを運ぶんだ、壁際に」
晃は軽く舌打ちし、ジャスチャーを交えてダイスケに指示する。
本当に大丈夫か、ってレベルでガタガタになってる様子だ。
ダイスケのモタつきにストレスを溜めつつ、手錠を壁に設えられた手摺に繋ぐ。
何度が引っ張って強度を確かめるが、いきなり壊れる心配はなさそうだ。
「ちゃんと生きてんの、それ?」
「残念ながらね」
LEDランタンを掲げる優希の質問に、晃は雑に答える。
浅い呼吸音が聞こえるから、少なくとも死んではいない。
動かないのは意識を飛ばしているのか、それとも狸寝入りか。
そんなことを考えつつ、一仕事を終えた晃は額の汗を右の手の甲で拭う。
とりあえず、リョウや霜山に遭遇せずに移動が完了できた。
それで、ココからどうすればいいんだろうか。
担いだバットで肩を叩きながら、項垂れているクロを見下ろす晃。
コイツは何を知っていて、どこまで話してくるだろうか。
予想が正しければ、クロは被害者の立場になる状況にメチャ弱いはず。
何だったら、拷問を匂わせただけでベラベラ喋るかもしれない。
希望的観測を巡らせていると、ダイスケが左横に並んで呟く。
「まずよぉ、このクソバカ起こそうぜ」
「ん、そうするか」
「待ってアキラ……あたしがっ、やる」
硬い声に反応して振り返ると、強張った表情の佳織と目が合った。
救出の直後に比べれば、かなり落ち着いているようだ。
でも、まだ指先は震えているし、だいぶ挙動がぎこちない。
なら、ここでクロを殴らせておけば、心理状態はもっと安定するかも。
そう判断した晃は頷き返し、この場を任せてみることにした。
「じゃあコイツを起こして、簡単な質問から始める感じで」
「うん……起こすところから、ね」
ランタンの明かりに照らされた、佳織の影が拘束されたクロに被さる。
佳織は長く息を吐きながら、クロまで二歩くらいの距離に歩み寄り――
「寝てんじゃねぇっ! このクサレ包茎野郎がぁああっ!」
ドスの効きすぎた叫声《》」きょうせいと共に、「スパァン」と音が鳴る。
クロの横っ面に、佳織のキレのあるミドルキックが炸裂。
猿轡にしていた、血と涎に塗れたタオルが外れた。
「オゥラッ! 起きろってんだっ、カスキモの、粗チンっ!」
「んぎっ――」
弛んだ腹に踏み潰すような前蹴りが入り、クロが呻き声を漏らす。
晃は慌てて、三発目のモーションに入った佳織を羽交い締め。
放り捨てたバットが、タイル張りの床を転がってノイズを散らした。
やってもビンタ程度だと思ったのに、佳織の攻撃性が高すぎる。
気持ちはわかるが、これじゃあ話の訊き出しようがない。
「待て待て待て、待って佳織さん! 死ぬから! そんなんじゃ、話聞く前にっ!」
「だって、こっ、殺さなきゃ! 早くコイツ、殺さなきゃダメじゃん! ねぇ!」
喚きながら、晃の腕を振りほどこうとする佳織。
勢い余っている突進は、女性のものとは思えない力だ。
蹴り上げた右脚が、クロの下アゴを捉えて弾き飛ばす。
「びひんっ」
無防備に食らったクロは、後頭部を壁にぶつけて崩れた。
佳織の呼吸は荒いのを通り越して、過呼吸寸前みたいな状態だ。
興奮由来の体の震えは、派手すぎて痙攣じみた動きを見せている。
怒りで心身が暴走し、リミッターが外れているらしい。
「わかった、わかったから、まず落ち着こう。な?」
「深呼吸だよ、佳織。ゆっくり、ゆっくり……そう、そういう感じに」
晃と優希に宥められ、佳織の呼吸と震えは少しずつ鎮まっていく。
クロは結構な勢いで頭をぶつけ、ドロッとした鼻血を垂れ流している。
ダイスケはそんなクロの肩を掴んで、前後に激しく揺さぶっていた。
頭を打った相手にその行為はアウトだろ――と思わなくもない晃だが、止めるのも面倒なので好きにさせておく。
そうこうする内に、佳織はだいぶ落ち着いてきた。
クロも半ば意識を取り戻したので、晃は自分の主導で尋問を開始する。
小声で何事か呟いているクロの瞼を開けて、至近距離からマグライトの光を照らす。
「んぁ、あっ? ふぅわっ!?」
「目ぇ覚めたかよ、糞ボケ」
「あんだぁ、へめぇ……んぉ? あんだ、ほりゃ! はぶへぇごぅらっ!」
自分が危機的状況だと認識したらしいクロは、大声で威嚇してきた。
口の中がズタズタになっているのか、発音はかなり覚束ない。
とりあえず、この馬鹿に自分の立場をわからせる必要がある。
そう考えた晃は、無言でクロの髪を掴んで、頭を壁に押し付ける。
そしてライターを点けると、火先でもって鼻の頭を炙った。
「ぁがっ、ひゃめっ! わちゃ、ったっ、ふぇめっ、けぺんなよおいおいおいおいおいおいっ! おあっ! あづっぅああああああああああああぁぁあああっ!」
「次にナメた口を利いたら、耳朶を焼く。わかったか?」
晃は最大限に冷たい声を作り、ライターの蓋を開け閉めしながらクロに警告する。
しかし、危機意識にとことん乏しいのか、空気が全く読めないのか。
或いは、キレて判断力が鈍っているのか、素で頭が抜群に悪いのか。
クロは血と肉が焦げる臭いも気にせず、晃に猛然と食って掛かる。
「あぁ? あにってんや、ふぇめぇ! ふぉんなんやって、たられすむと――あづづづっづづづっ! ひゃめ――あぢぃああっ、あづづづづっ、ひゃめおって! わかっらぁあら!」
「コッチは何言ってんだか、サッパリわっかんねーんだよっ、クソが!」
まるっきり立場を弁えていない、クロのボンクラぶり。
ついカッとなって、晃は右ストレートを顔面の中央に命中させる。
「ぶぉがっ――」
何かが壊れる感触と、ゆで卵を踏み潰したような音。
そんなのが聞こえても、晃の心はピクリとも動かない。
さっきは佳織を止めたが、コイツを殺してやりたい感情は一緒だ。
「ぶぅうううっ、うううぅうじゃ、うぉおおおぁごっ――」
鼻を折られたクロは、鼻血と喚き声を散らし始めた。
晃は外れたタオルをもう一度噛ませ、頭の後ろでキツく縛って黙らせる。
薄汚れたタオルは、噴出する鮮血で瞬く間に赤みと重みを増していく。
バットを拾い上げた晃に、困惑しながらダイスケが声を掛けてくる。
「な、なぁ……それじゃ、何も訊き出せなくないか?」
「どうせこのアホ、もう何を言ってんだかサッパリだし」
「いやいや、つってもよぉ」
「だから、質問されてイエスなら首を縦に、ノーなら横に振れ。わかったか? ……わかったらどうすんだ? ん?」
ダイスケの疑問に答えつつ、晃はクロに尋問のルールを伝えた。
本当ならば、一文節ごとに一発ずつ顔面を全力で殴りたい。
しかし、そうすると何も聞けなくなるので、脳天をバットで軽く叩くに留める。
クロは「ゴピュ」「ボピュ」と水気の多い音を立て、晃を睨みながら頷く。
その眼光は、相変わらずのふてぶてしさを湛えている。
しかし、命の危険を本能が察しているのか、全身は小刻みに震えていた。
反応薄いな、って状態が続いているので「面白い」「悪くない」「これはひどい(いい意味で)」と思ってくれた方は、評価やブックマークをよろしくお願いします……




