42 本格派お医者さんゴッコ
晃がクロの後頭部を踏み躙っていると、拘束された佳織が目を見開く。
どうやら、飛び込んできたのが誰なのか気付いたようだ。
「んぅううっ? んふぅーっ、かふぅーっ!」
当然だが、佳織はどういう状況か理解できてない様子。
大股開きのままグイグイ身を捩り、タオルの隙間から何か叫んでいる。
衣服はアチコチを切り裂かれ、本来の機能をほぼ喪失している。
ちょっと直視するのが躊躇われる――いや、こんな状況でもなければジックリ眺めたいんだが、とにかくズタボロで酷い有様だ。
両手首に金属製の手錠を掛けられ、頭の下に腕が来るよう固定されている。
両脚と胴体は、太いベルトで手術台に縛り付けられ、動きを封じられていた。
彼女を連れて逃げるハズのダイスケは、拘束を解けず無意味にウロウロ。
見知らぬ相手に怯えてか、佳織は可能な範囲で暴れようと藻掻く。
それを見かねたのか、優希が部屋の中に駆け込んできて、佳織の耳元で何事かを語って聞かせている。
「なぁ! どうす――」
テンパッたダイスケが、大声で質問しかけた。
晃は人差し指を立てた右手を、自分の口の前に持ってくる。
静かにしろ、のジェスチャーを理解してダイスケは沈黙。
どうすればいいか、コッチが訊きたい――そんな本音を伏せつつ晃は考える。
クロの行動不能までは予定通りだが、佳織を動かせないのは想定外だ。
どうにかしなければ、と思いつつ部屋の様子を確認する晃。
とりあえず、コチラの会話が入らないように無線を遠ざけた。
室内がやけに明るいのは、LEDランタンのお陰らしい。
この先でも使えそうなので、コレは貰っていくとしよう。
デジタルビデオカメラが、三脚にセットして佳織に向けてある。
複数アングルでの録画とは、何とも丁寧な仕事ぶりだ。
三脚の足元には、小型スーツケースが開いて置いてあった。
中身はアダルトグッズの詰め合わせで、晃は思わず苦笑を漏らす。
しかしよく見れば、張形やバイブやローションだけでなく、注射器やメスや鉗子といった医療器具も混ざっていて、一転して真顔にさせられる。
どうやらクロは、廃病院シチュを活かした医療プレイを予定していたらしい。
プレイ、で済むのか怪しみながら器具をチェックしていると、優希が小声で言う。
「ダイスケ君……そいつの服、調べよう」
「えっ? いや、何で」
「手錠の鍵、持ってるかも」
またも鈍さを発揮するダイスケに、大丈夫かコイツ感が高まる。
優希も何か言いたげだが、軽く呆れを漂わせただけで留めた。
どうにも心配になってくるが、友人であるタケの死体がこの部屋にあるのが、ダイスケの調子を狂わせているのかも知れない。
すぐそこにあるのに、まったく言及しないというのも、よく考えれば不自然だ。
そんな晃の傍らで、優希とダイスケはクロのハーフパンツを探る。
ポケットからは箱の潰れたガラム、銀色のライター、赤黒く汚れた金のピアス、数百円分の小銭などが出てきた。
その他に、ボールチェーンのついた小さな鍵を発見。
佳織の手錠が外れるかと試すダイスケだが、サイズが合わずに舌打ち。
直後、晃はスーツケースの底から鍵らしいモノを発掘する。
「んっ? おっ、コレはどうだ」
「あっ、それっぽい。じゃあ、お願い」
「おう……っと、開いた開いた」
晃が佳織の手錠を外しにかかると、五秒ほどで普通に開く。
「もう、大丈夫だから。あの、大声はナシで頼みます」
涙目で見てくる佳織に笑顔を向け、口を塞いでいるタオルを解く。
続けて、胴と足に巻かれたベルトも緩め、拘束を全て取り除いた。
それから晃は、残酷なことを言うと自覚しながら注文をつける。
「無線で聞かれてるから……抵抗してるフリ、続けて。それっぽく」
人の心がない晃からの指示に、佳織は一瞬だけ怒気を閃かせる。
しかし、感情より理性が勝ったようで、唇を噛み締めて頷いた。
そして顔を伏せて、半泣きな感じで喘ぎ声の演技を繰り出す。
「ひぁああぁああ……い、いやっ、うぅ……」
「とりあえず、ここを出ましょう。詳しい話は、それから」
「……うぅううっ、あぅっ、うううぅん……」
「あとは服か……じゃあ、ちょっと汗かいてるけど」
晃は囁き声で告げながら、シャツとジーンズを脱いで佳織に差し出した。
佳織は喘ぎの演技をストップし「何してんの」と言いたげに見返す。
黙ってグイグイ突き出してくる晃に気圧され、佳織は服を受け取る。
パンツ一枚の無課金ルックスになった晃は、クロのアロハとハーフパンツを拝借。
コレを佳織に渡すのも検討した晃だったが、たぶんクロの服など着たくないだろうと判断し、自分のを渡すことに。
「なぁ、コレをそいつに」
動かないクロを指差して、ダイスケに手錠とタオルを渡す。
受け取ったダイスケは、手錠を見て、クロを見て、タオルを見て、もう一回クロを見て、それから晃に視線を戻した。
「えっと……どうすんだ」
「手錠でそのクソ野郎を拘束して、タオルで猿轡を噛ませて、こっから移動」
「いやいや、移動ってどこに」
「どこでもいいよ。とにかくココじゃない別の場所で尋問だ」
ダイスケのポンコツ感が、どんどんと高まっている。
タケの死体もココから運び出したい、とか言い出したら厄介だ。
晃はそんなことを考えつつ、手錠をかけられて口を塞がれた、パン一で床に転がっているクロの頭を蹴っ飛ばす。
「んぐっ――」
意識は半ば戻っているようだが、暴れる元気はないらしい。
晃は周辺を再度確認し、使えそうなアイテムを手早く回収。
最も役立ちそうなランタンは、佳織に肩を貸している優希に預ける。
「無線機、どうするの」
「GPSとか仕込まれてると面倒だし、置いてこう」
「……わかった」
別の案があったのかもしれないが、優希はそれを飲み込んだ。
そして、佳織と二人で先にこの処置室を出ていった。
晃とダイスケは、だらしない裸体を晒すクロの移送を開始する。
「左を任せた」
「んっ、おう」
晃が右腕、ダイスケが左腕を掴み、グニョグニョに脱力したクロの身を起こす。
七十キロはあるだろう肉塊は、フザケてんのかってくらいに重たい。
犯人が殺した相手をバラバラにした理由が、単に重たくて運びづらかったから、で読んでてズッコケたサスペンス小説があったが、実はリアルだったのかも。
そんなどうでもいいことを思い出し、晃は息を切らしてクロを運搬する。
「それで、どこ行くの」
優希から訊かれ、晃は頭の中に候補を浮かべる。
しかし、どうにもこうにも思考が上手くまとまらない。
やるべきこと、やりたいこと、やりたくないけどやった方がいいこと。
様々な事柄が渋滞を起こし、脳がオーバーヒートに近い状態だ。
「そうだな……風呂だ、風呂場。あったよな」
「たぶん。この並びで、見た気がする」
バラバラ殺人からの連想で風呂場を選んだが、水は出ないだろう。
ただ、普通の部屋より密閉度は高そうだし、音を出すのには向いてるかも。
とにかく、クロの身に異変が起きたのは、遠からず霜山らに察知される。
それまでに、なるべく多くの情報を訊き出さないと――
「ぅぶ……けぅぽ」
クロの咽喉から、呻き声だか何だかわからない音が漏れる。
「うるっせぇよ、ボケァ!」
「はぼっ」
怒鳴りながら、ダイスケがクロの横っ面に右フックを入れた。
大した威力じゃないものの、あまりにも予想外の行動だ。
クロと折り重なるように、晃も体勢を崩して廊下に転がされる。
「なっ――にやってんだっ、オイ!」
晃が小声で抗議すれば、ダイスケは気まずそうに目を逸らす。
本当にもう何なんだ、何をやってるんだコイツは。
さっきからやたら浮き足立ってるが、注意している余裕もない。
イライラを抑えながら身を起こし、再びクロの腕を掴んで移動を再開する。
「次のドア、そこがお風呂」
優希からのナビに、晃は黙って頷き返す。
まずはクロを尋問か拷問かして、慶太と玲次の状況について確認。
それから、霜山とリョウの情報も引き出せるだけ引き出す。
得られた情報を元に慶太と玲次を救出し、霜山とリョウを無力化。
そしてココを脱出し、重傷の慶太を速やかに病院へ運び込む。
並べてみれば、目的は極めてシンプルだ――難易度を無視すれば。




