41 死体と遊ぶな子供たち
「何してんだよ、おいっ! 早く止めねぇと!」
取り決めたサインを無視して、ダイスケが言ってきた。
語気は強いが、声のボリュームを控えめにはしている。
肩を掴んで揺さぶる手を払い、晃は感情を抑えながら返す。
「わかってる、わかってんだよ……でも、変なタイミングで突っ込んだら、佳織さんが危ない。人質に取られたら、そこで身動き取れなくなる」
「つっても、もう捕まってるじゃねえの」
「ナイフとか突き付けられたら、ってことじゃない?」
ダイスケからの反論に、優希が補足説明を入れてくる。
納得できないのか、苛立たし気にガリガリ頭を掻き回す。
「そう、それが問題だ」
晃の言葉に対しても、ダイスケは微妙な表情だ。
気持ちはわかる――というか、タイミングとかを考えずに突っ込んでも、90%くらいの確率で奇襲は成功するだろう。
しかし、佳織の命が懸かっている状況だ。
なるべくなら、救出の確率を最大限に高めたい。
「だったら、いつ行くんだよ」
「完全に油断しきってる……そう思えた直後に突撃、だな」
「どこで判断すんだ、そんなん」
「生き物が油断するのは、睡眠中、食事中、排泄中……それともう一つ」
「交尾中、だね」
優希が無感情に呟いて、晃は同意の頷きを返す。
香ばしい発言をする優希に、ダイスケは若干引いている様子だ。
クロが本番に及ぶ気配があったら、それがスタートの合図。
他の二人にそう理解させ、晃は突入からの段取りを決めていく。
「最高に面倒なのは、無線で実況してるってことだ。異常が起きたと霜山達に察知されたら、そこからの余裕はあっても五、六分だろう」
「スピード勝負か……でも、結局は何かあったってバレるよね?」
「リョウが、アレが来る前に終わらせる。まずはクロを黙らせて、動きを封じる。それから、こちらの存在を気付かせないように立ち回って、佳織さんを連れて逃げる……可能なら、クロも引っ張ってく」
「速攻でクロを黙らせて、異変がバレないようにしながら、カオリって子を助けて逃げる……無理じゃね?」
自分で言っておきながら、ダイスケの反応には同感な晃だった。
それでも、無理でも、無茶でも、やるしかない。
そう宣言しようとするが、その前に優希から小声での提案が。
「ちょっとドタバタするくらいなら、クロの仲間は確認に来ない……と思う。リミットは十秒か、十五秒ぐらいかな。状況を佳織に理解させるのも難しそうだし、とりあえずあの子にも猿轡を」
「お、おぅ……」
コンビニ袋から、それ用のハンドタオルを取り出す優希。
手渡されたダイスケは、さっきよりも強めに引いている。
晃は薄汚れたタオルを渡され、自分がクロの拘束担当だと理解した。
二本あるのは、口封じ用と手を縛る用だろうか――
「うっ、汗臭いな」
「そっちは使用済みだからなぁ」
説明してくるダイスケは、何だか緊張感に欠けている。
コイツに任せるよりは、自分がやる方がマシだろう。
しかし、体格が同等の相手を行動不能に追い込むのは難しい。
手にした金属バットの軽さが、やたら頼りなく思えてくる。
膨らむ弱気を捻じ伏せ、晃はここからの流れを再確認した。
「まず、ドアを開けたら俺が突っ込んで、クロをぶん殴って行動不能にする。ダイスケは佳織さんの口にタオルを噛ませて、部屋から引きずり出してくれ。優希さんは部屋の外で待機して、佳織さんに状況説明。そっから、俺とダイスケがクロをどうにかする」
「どうにか、って……どうすんだ?」
「高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処してくれ」
ダイスケはキョトンとするが、優希には伝わったらしく口元が緩んでいた。
全部が終わったら、改めて優希と色々な話がしたいな――と考えつつ、晃は処置室のドア前まで忍び足で移動する。
優希とダイスケも、晃の挙動を真似て静かに、ゆっくり、後に続く。
妙な熱を帯び、ねっとり感もマシマシなクロの声が流れてくる。
『クックック……いいぜぇ、超エロみっともなくて最高じゃんよ、今のお前さぁ。彼氏クンにこの絵面、見せてあげられないのが、軽くざーんねーん。ホントよぉ、驚きのインモラルさ? ゲハハハハハハハッ、マジきめぇよ! 信じらんねっ! うはっ、うははははははははっ、マジでありえねぇわ、ソレぇ』
『ぅんぶっ、ぐぅえええぇえぅ……』
しばらく間を置いて、金属音や「起きろ」「乗れ」といったクロの短い命令が。
対する佳織は「イヤ」とか「ヤメて」とか、拒否と否定の返事を。
そうすると苦し気な呻き声や「イタッ」みたいな声が混ざった。
おそらく佳織は、致命的ではない暴力で動きをコントロールされている。
『ま、録画はしてあるからよ。お前のサイコーにキショい艶姿、後で彼氏クンにゆっくり見せてやんよ! ネットにも流してぇけど、そういうことすんなって言われてんだよな……とにかくまぁ、俺の相棒もギンギンに死後硬直してきたんで、そろそろ出すモン出させてもらおうか、オイ』
『っや、ぁあああああああ――いいぃっ、いやぁああああっ!』
クロが本格的に下らない発言を放った直後。
佳織が本気の拒絶を込めた叫びを響かせる。
ココだ。
金属バットを握り直し、晃はダイスケに向けて頷いた。
頷き返したダイスケは、スライド式ドアの取っ手を掴む。
そして二拍ほど置いてから、素早く横に滑らせた。
ドアが開くと同時に、室内からの光で軽く視界が奪われる。
何かしら光源はあると予想していたが、思った以上に明るい。
眩しさに細めた晃の目に、ニヤケたまま固まったクロの顔が映る。
およそ三メートル、たった数歩の移動で手が届く距離にいた。
半裸、というかアロハを羽織っただけで、弛んだ体がほぼ剥き出し。
右手にスマホを構え、左手は臨戦態勢の陰茎を握っている。
「おぁっ――」
「やぁあああああああああああああっ!」
驚きなのか疑問なのか、何かしらの反応をしようとするクロ。
その声を、婦人科の手術台のような何かに拘束された佳織が、絶叫で上書きする。
反射的に佳織を助けたくなる晃だが、予定通りに薄汚い半裸男に駆け寄り、フルスイングすべくバットを引き絞った。
「ちょっ、おっは」
何か言おうとするクロの口を狙い、渾身の一撃を振り抜く。
骨か歯か、硬いものをシッカリ捉えた感触が、グリップを通して晃に伝わる。
クロの声や打撃音は、たぶん佳織の悲鳴で掻き消されている。
「くぁっ、けっぽ……けぉ」
「ひぃあああああああぅがっ!? ――ぅぶぅううっ、ぅうううっ」
ダメージが浅かったか、よろめきながらも倒れないクロ。
血涎を噴きつつ、意味のない音を発しながら晃を凝視する。
耳障りな佳織の叫び声は、途中から呻き声に変化した。
ダイスケが、タオルで猿轡を噛ませたようだ。
ココでしくじったら、俺たちはまとめておしまい。
緊張と焦燥が震えになって、晃の手足に現れる。
だが、どうにかそれを捻じ伏せて、晃は二撃目を繰り出す。
次も大振りだとガードされる――そんな予感が突きを選ばせた。
「てぁっ!」
黙ってカマすつもりが、気合の声みたいなのが漏れる。
想定外の動きだったのか、そもそもガードの余裕がなかったのか。
擦り傷が多数刻まれたヘッドが、クロの下顎に真っ直ぐ吸い込まれた。
「んごっ――」
ブタみたいな短い喚き声を残し、クロは膝から崩れて俯せに倒れる。
その後ろに、仰向けに転がっているのは、放置されたままのタケ。
死体の様子と、室内から聞こえた内容と併せて考えると、どうやら佳織を嬲るための小道具に利用していたようだ。
やっぱりコイツら、頭がおかしい。
込み上げてくる吐き気に耐えながら、晃は足元にあるクロの後頭部を全力で踏んで、ちょっと迷ってからもう一発、更に勢いをつけて踏みつけた。




