40 実況生本番中継
奇襲を成功させるため、なるべく音を立てたくない。
だから基本的に会話はナシで、意思の疎通は無言で行う。
近くにいる場合は、肩や背中を軽く叩いたり突いたり。
トトットトットトッと連続したら『急げ』、二回トントンは『ゆっくり』。
素早くトントントンは『止まれ』、トンットトットンは『ここを離れる』。
離れた場所ではライトを使い、点滅させたら『問題なし』。
グルグル回すのは『逃げろ』、天井に向けて振れば『助けてくれ』。
他にも色々候補はあったが、ややこしくなるから大半は却下だ。
そんな感じのサインだけ決めて、晃たち三人は二階へと移動する。
避難訓練をガチでやったら、多分こんな雰囲気になるんだろうな。
そんな軽口を言いたくなる晃だが、会話はナシだと気を引き締める。
クロは油断してるだろうし、見張り役も置いてないだろう。
だが、万一を警戒してライトは床に向け、受信機の音量も最小だ。
先頭を歩く晃は、ゆっくりと階段を上がりながら、緊張感を高めていく。
踊り場に来たところで、後ろを振り向き優希の肩を素早く三回叩いた。
頷いた優希は、数歩遅れてやってきたダイスケに同じサインを伝える。
先行する晃はライトを消し、壁にピタリと背中をつけて気配も消す。
息を殺し、耳を澄まして様子を窺うのを一分ほど続けたが、暗がりの中で何かが動く気配はなく、聞こえるのは自分の動悸のみ。
「ふぅ、う……」
落ち着こうと溜息を吐くが、つい声が混ざってしまう。
ともあれ、一応の安全は保たれていそうだ、と晃は判断。
踊り場にライトを向けて点滅させ、二人を呼び寄せた。
そして、次の行動についての作戦会議を小声で開始する。
「クロの野郎、どこにいると思う?」
「小部屋のどれか、って気はするが……」
「早くしないとマジで、マジもうヤバいかも」
優希の持った受信機から、佳織のものと思しき声が流れてくる。
音量を絞っているのに「イヤッ」とか「ヤメテ」と、拒絶の声がハッキリと聞こえてくるのは、必死に叫んでいるからだろう。
ただ声のトーンは、痛みや苦しみに由来する絶叫とは違うように思える。
しかし、頭のオカシい連中のやることだし、何が起こるかわからない。
命に別状はなくても、精神や貞操に重大な危機が発生しているかも。
取り返しのつかない状況になる前に、一刻も早く救出しなければ。
佳織の肉声が聞こえないのは、離れた場所にいるせいか、それとも防音性が高い場所にいるのか。
晃が場所の目星をつけていると、優希が眉根を寄せて小声で語る。
「ちょっと思ったんだけどさ……目的からして、佳織とクロがいるのは、ベッドのある場所……じゃないかな」
「ああ、そうか。そうなるか」
優希の言葉はえげつないが、恐らく推測の方向性は正しい。
あの地下階の部屋で、サクラ――の死体を犯していた時にも、クロは床に毛布のようなものを敷いていた。
色々なものを踏み越えた、ぶっ壊れた性格なのは間違いない。
だが、それはそれとして妙に常識を弁えた行動をとる。
そういうしょうもなさが、クロという男にはあるはず。
クロと対峙する際の危険性を、晃は検討する。
体格的には、自分とダイスケの二人がかりで負ける気はしない。
拳銃でもあれば話は変わるが、もしそんなモンを持っていたら、嬉々として見せびらかすだろう。
奇襲で行動不能にさせたとして、そこからどう展開するべきか。
晃が頭を悩ませていると、ダイスケが訊いてくる。
「ベッドがありそうなの、どこらへんだ?」
「さっき見回った時に、休憩室とか患者用の個室にはあったな。談話室っぽいトコにはソファがあって、それから……処置室にも、あった」
「処置室、って」
「……タケを見つけた場所、だな」
晃が優希に答えると、ダイスケから歯軋りの音が鳴った。
おそらく、友人が嬲り殺される光景を思い浮かべているのだろう。
さっきの話からして、ダイスケの目の前でタケは殺害されている。
もしかすると、脅されて殺す手伝いをさせられた可能性もあるな――
不快な想像で暗澹たる気分になる晃だが、意識が『あいつらのやりそうなこと』へと向いたからか、クロがいそうな場所が閃いた。
「いるのは処置室だ、たぶん」
「だけど、あそこには――」
死体がある。
きっとまだ、タケの死体が残されている。
「だからこそ、だよ。すぐそばに死体が転がってる、血とか小便とかのニオイがプンプンな場所で、怯え切った女を襲う……あのイカレくさった野郎なら、それ狙うだろ」
「ああ、うん……そうかも」
晃がボソボソと告げる予想を、優希は嫌々ながら肯定。
ダイスケはもっと不愉快になったようで、何も言わずに項垂れた。
受信機からの声が途切れているが、何かしらの音は聞こえる。
水っぽい音だったり、噎せたり嘔吐いたりの音。
これはもうマズい状況になっている――そう判断した晃は、ボリュームを少し上げるよう優希に指示し、処置室に向かって走り出す。
『ヴェホッ、エホッ! ――やっ、無理っ! そんなのっ、できないってば! ムリムリムリムるぁうっ!』
発信源に近付いたからか、スピーカーからの佳織の声がクリアだ。
ビンタらしき音に続いて、クロの粘ついた声も聞こえてくる。
『できないとか無理とかじゃねぇよ。そんなんどうでもいいから、やれ。やれって言ってんだよ、オォウ?』
『いたた、イタッ、痛いって! いやっ、やめっ、やめて下さいっ! ごめんなさい、ホントに、ホントにこれはっ――もうやだぁあ! ごめっ、ごめんなさい! ホント、ホント無理なんですっ!』
『そういうのいいから、やれって。なぁ、日本語わかんねぇのか? それとも聴こえないフリかぁ? はーやーくーしーろーよ、って言ってんだ、るぉっ!』
『ぅふ、あゎうっ!』
佳織の激しい拒絶とクロの無理強いが、交互に流れてきた。
スピーカー越しにも、佳織の恐怖と嫌悪が神経を逆撫でする。
ついでに、クロの愉悦と興奮もウンザリするほど伝わってくる。
それにしても、だいぶ暴力を振るわれ危機的状況にあるだろう佳織の、ヒステリックな拒絶ぶりが腑に落ちない。
クロは一体、どんなことを強要しているのか。
『ごめんなさい、こんな――こんなの、無理です! あぁあああぁあっ、うぇ、ゆっ――ゆるして、下さい。おベっ、おぉでがいじばずぅううううううぁうぁ』
『泣いても、だー、めっ。いいから、やれって、ホラ』
『でっ、でぼぉおおおっ! ごんな、ごんなん無理ぃいいいっ!』
『うるせぇんだよ、ボケがっ! グダグダ言わねえで、やれや。あんまワガママ言ってるとなぁ……愛しのケータくん、トドメ刺しちゃうよん』
泣きが入るというか、駄々っ子みたく喚いている佳織。
そんな佳織に対して、クロは浮かれた調子で命令を続けている。
処置室まで十歩ほどの距離に接近すると、受信機と部屋から同じ音が。
予想の的中した晃だが、状況が状況だけに嬉しくも何ともない。
『う……ぅうぶっ、くっ――んっ、ヴォオエッ! うぅ……』
『おいおーい、そういう失礼な態度、よくないよぉ。もっとちゃーんとな、真心をこめてナメナメすんだよ、死者の冥福を祈ってなぁ! グハハハハハハッ!』
心の底から楽し気な笑いが、ステレオ音声で流れてきた。
何が起きてるかは概ね予想できた晃だが、考えても胸糞悪くなるばかり。
今すぐにでも突撃しかねない、鼻息が荒いダイスケの肩を「トンットトットン」と突いて、処置室から少し離れさせる。
そしてジャスチャーで、受信機のスイッチを切るよう優希に伝えた。
「焦るな、焦るな……まだだ」
『ふぐっ、ひっ、ひひっ――オブェッ、ゥゴロロロロロロロロッ』
自分に言い聞かせるような晃の囁きは、佳織の吐瀉音で掻き消される――




