39 反撃の烽火
帰りにココを通る時には、きっと六人揃って。
そう念じながら、晃は赤錆だらけのドアをゆっくりと開いていく。
ギシュッ、ギィッ、ギギギギギッ――蝶番の軋みが、やけに大きく聞こえる。
「んっんんっ、ぅんっ」
緊張を紛らわそうとしているのか、ダイスケは小さい咳払いを繰り返す。
斜め後ろからは、優希がミニライトで晃の手元を照らしている。
初めて足を踏み入れた瞬間に感じた埃っぽさは、既に消え去っていた。
その代わりというワケでもないだろうが、何とも言えない重苦しさが充満している気がしてならない。
体験から来る錯覚だ、と頭ではわかっていても、体は拒否反応を示す。
油断すると竦もうとする足を平手で叩き、晃は暗い廊下の先を睨む。
さて、これからどう動くか――武器は調達できたが、考えナシに突撃を仕掛けても勝算は低いし、漠然と院内をウロつくのも危険だ。
とにかく、リョウという規格外の怪物への対処を考えなければ。
しかし何の妙案も浮かばないので、まずは優希に訊いてみる。
「あいつら、まだ地下のあそこにいっかな」
「どうだろ……わざわざ私らを逃がしてるんだから、警察に通報されるってわかってるだろうし……たぶん、やることやって逃げる……と思う」
やること、の内容を想像した晃に、軽い眩暈と吐き気が生じた。
優希の推測は正解に近そうだが、もうちょいオブラートに包んでほしい。
抗議をしても険悪さが増すだけだな、と判断した晃はダイスケに話を振る。
「ダイスケは、どう思う」
「ん……情けない話だけど、俺は殆ど閉じ込められっぱなしだから、あのクソ野郎共の考えてることとか……あ」
小声で交わす会話の中で、ダイスケは何かを思い出した様子を見せる。
そして手にしているバールで、ドアが開いたままの部屋を指し示す。
さっき、晃に向かってダイスケが飛び出してきた場所だ。
「そこの部屋が、どうかしたか」
「クロの奴が、オレを椅子に縛り付けながら『現場にいねぇお前にも、ライヴで楽しませてやる』とか言って、ラジオみたいなの置いてったわ」
「ラジオ……まぁ、こんな山ん中でも、AMなら電波入るか」
「いや、それがラジオじゃなくて、あの、無線機? みたいなヤツで。しばらくしてから、流れてきたんだよ。女の泣き叫ぶ声が……たぶん、サクラの」
その音声を思い出したか、ダイスケはきつく唇を噛んで言葉を切る。
優希はダイスケを気遣わしげに見詰めているが、かけるべき言葉が見つからないようで、何も言わずにいた。
話がどこに落着するのか読めない晃も、口を挟まず話が再開されるのを待つ。
「もう聞いてられなかったから、机に体当たりして無線機叩き落したんだわ。したら音は止まったんだけど……それ、壊れたんじゃなくて電源切れただけなら、あいつらの無線連絡とか聞けるかも」
「……おお!」
連中がトランシーバーみたいなのを使ってるのは、晃も目にしている。
これはもしかすると、相当なアドバンテージになるかも知れない。
気付かれず会話を傍受できたら、行動を読んで裏をかくなんてことも。
優希がライトで照らす頼りない明かりを頼りに、部屋の床に散らばった雑多なガラクタをバットの先で掻き分けると、それらしき機械が発掘された。
「これか?」
拾い上げて訊けば、ダイスケが小さく頷いた。
パッと見はPC用のミニスピーカーみたいなデザインなので、さっき無線機と気付かなかったのも無理はない。
マイクが付いてないようだから、おそらく受信専用だ。
側面にあるスイッチを押せば、ザラついたホワイトノイズが低く流れる。
「電源は入ったけど、何も聞こえんな」
「ダイヤルとか、イジってみたら」
優希に指摘され、スイッチの反対側にあるダイヤルを少しずつ回してみた。
しかし、ノイズの強弱が変わるだけで、意味のある音は拾えない。
機械を高く掲げたり、アチコチ場所を変えたりしても、聞こえるのはノイズのみ。
「オレが落とした時に、壊れちまったか」
「向こうがスイッチを切ってると、反応しないのかも。とりあえず、持ってっても損はないな……優希、時々チェックしてもらっていいかな、これ」
「OK、晃。電源入れっぱで時々ダイヤル回してみる、とか?」
「ああ、そんな感じで」
晃が受信機を渡すと、優希はそれを提げているコンビニ袋に入れた。
その動作でライトがたまたま壁の方を照らし、下の方に何かあると晃は気付く。
金属製のボックスが取り付けられている――取っ手を引いて開ければ、中には二本の懐中電灯が収められている。
だいぶ古いデザインで、LEDではなく豆電球を使うタイプだ。
「お、こんなトコにこんなのが」
ダメ元でスイッチを入れてみると、電池が生きていたようで普通に点灯。
それをダイスケに渡し、もう一本も確認するがコチラも稼働した。
「元が警備員の待機所っぽいし、見廻りに使ってたんかな」
そんなことを言いつつ、ダイスケがスイッチのオンオフを繰り返す。
何にせよ、明かりがコンビニで買ったミニライトしかない、って状況からやっと脱出できそうだ。
電池切れが心配なので、使うのは一本だけにして奥へと進み、半端な広さのホールへと辿り着く。
「さて、どっちに向かったもんかな」
「ええっと……こっから、どこへどうつながってんだ?」
「奥に向かうと上階への階段、そっちがA棟っていう病室の並んだ区域。さっき通ってきたのがB棟で、あそこと作りは大体一緒だけど、非常口が塞がってるね。で、こっちが病院の正面入口で、その手前の部屋から地下に行ける」
位置関係を把握できてないダイスケに、優希が身振り手振りを交えて説明。
怯えてるところとテンパってるところばかり見てきたが、いつもの自分を取り戻した様子の優希はだいぶデキる雰囲気だ。
そんなことを考えつつ、これからどう動くかを晃は検討する。
たぶんA棟には、行っても何もないだろう。
慶太と佳織が捕まった場所だが、それ以上の情報は特にない。
二階や三階、というのも重要性が低いと思われる。
慶太と翔騎の腕を投げてきたクロが、まだいるかもしれない。
でも単独行動だろうし、アイツを人質にする意味はなさそうだ。
となると、自分たちが向かうべきは――
「行くなら地下、かな」
「地下、かぁ……」
またあそこに戻るのか、と言いたげに優希が顔を顰めた。
晃としても同感だが、三人はまだ地下で囚われている可能性が高い。
しかし、これから起きる惨劇を阻止するには、どうすればいいのか。
アイデアを捻り出している晃の背後から、不意に怪音が流れる。
『キュルルッ、ミッ、ピギッ――にも、たーっぷりと聞かせてやらねぇとな。これから愛しいカノジョちゃんが、ぐっちょんぐっちょんに犯されながら、物理的にもぐっちょんぐっちょんになっちまう、そのプロセスチーズってヤツをよぉおおおっ! ぬゎははははははははははっ!』
晃とダイスケが振り向くと、優希が受信機を手にポカンとしている。
どうやら、ダイヤルを適当に回していたら、クロの始めたロクでもない実況に周波数が合ったらしい。
「無線を使ってるから、クロは霜山やリョウと別行動?」
「そう、じゃないかな……あのクズの言ってる内容からして、佳織がヤバそう」
「ああ……ただ、ケイちゃんがまだ生きてるってのも、わかった」
そこまではわかった――それで、次はどうする。
晃と優希が顔を見合わせていると、ダイスケが額に滲んだ汗を拭いながら言う。
「それで、どっちに行くんだ」
「上、だろうな……うん、上だ」
半ば勘だったが、晃はそう答えた。
クロの畜生めいた性格からすると、慶太の腕を窓から投げ捨てたシーンを、佳織に見せつけたように思える。
だからきっと、あのクズは佳織と一緒に上にいるハズだ。
今回から5章の開始、そして主人公らの反撃ターンのスタートです!
爽快感と悪趣味と血みどろを煮詰めた展開を用意していますので、もうしばらくお付き合いください……




