25 ハンディキャップ・マッチ
「えっ、は? 俺ぐぁ!?」
唐突に指名を受け、ワケのわからないリアクションを見せてしまう晃。
訊き返された霜山は、アホな犬の相手をするような態度で、もう一度頷く。
床に倒れて変な動きをする翔騎を見ながら、晃は湿った両手を強く握る。
俺が、今から、コイツを、殺す――
頭の中でそう唱えてみても、絶望的なまでに現実感に欠けていた。
ちょっと前に会ったばかりの同年代の少年を、自分が殺害。
ここまでも、相当に普通じゃない出来事の連続だった。
だがそれが、いよいよ意味不明な領域にまで達した感がある。
呆然としていると、リョウの声が短く響く。
「ホラよぅ」
何かが足元に放り投げられ「ガラン」と硬質の音を立てる。
一メートほどの細い鉄の棒――というか鉄筋。
これを使って殴り殺せ、ということなのだろうか。
翔騎の様子を再確認すると、いつの間にか変な動きを止め、晃のことを見ていた。
状況は理解できているようで、翔騎の瞳には恐怖と困惑が宿っている。
「なーに見つめ合ってんだ! 初恋気分かよボケァ!」
翔騎から視線を外せずにいると、クロの耳障りな声が。
「あづっ――」
晃の頬に、熱を伴った痛みが走る。
どうやら、吸いかけの煙草を投げられたようだ。
「やり方わかんねぇなら、体験学習してみるかぁ!? んん?」
ヨタヨタ歩み寄ってきたクロは、鉄筋の端をダンッと踏みつけ、跳ね上がった鉄筋を空中でキャッチする、無駄にスタイリッシュな動きを披露。
それから、鉄筋の先で晃の肩、腹、腿を順繰りに軽く突いて、最後に側頭部を前後にそっと撫でた。
「うひっ――」
殴る予告をされてるのかと、晃は慌てて身を屈める。
クロはつまらなそうに舌打ちし、無造作に鉄筋を放り捨てた。
床を転がるそれを目で追っていると、霜山が苦笑を漏らしつつ言う。
「殺したら、それで終わりだから」
終わり、とはどういう意味だろう。
そのまま解放してくれる――いや、そんな都合のいい流れになるのか。
様々な可能性を思い浮かべ、混乱した頭をどうにか整頓している内に、晃はある推測へと辿り着いた。
こいつらは、俺たちを殺人の共犯者にするつもり、じゃないか。
警察沙汰に出来ないように、保険をかけるとかそういう意味で。
いくら何でも、この場にいる全員を皆殺しにするのは、無理がある。
殺人が表沙汰にならなくても、十人近い人間が一度に行方不明になれば、どれだけ巧妙な隠蔽工作をしたところで、いずれ犯行はバレるだろう。
クロは今の状況を存分に楽しんでいる様子だが、霜山やリョウにはこの「遊び」と人生を引き換えるほどの熱量はないように思えた。
「殺せば……終わり?」
「さっきから、そう言ってるでしょ」
霜山からの苦笑は、冷笑に変わりつつあった。
推測が正解ならば、生きて帰れるかも知れない。
しかし、殺人の重圧は晃の精神状態をグラつかせる。
仲間を助けるために、これから人を殺すのか。
何の恨みもない相手を、鉄筋でブン殴って。
いや、仲間がどうこうじゃなくて、自分が死にたくない。
だから、殺して、逃げる――晃は再び、翔騎の方をそっと窺う。
さっきと同じくコチラを見据えているが、明確な変化がある。
恐怖は居残っているが、困惑の色はすっかり消えていた。
翔騎は血走った目を見開いて、晃を凝視していた。
あいつだって、そりゃ死にたくないに決まってる。
だけど、モタモタしていたら連中の気が変わるかも。
処刑の対象が、自分や仲間たちに移動するかもしれない。
そんな不安に駆られた晃が、鉄筋に手を伸ばそうとすると――
「待て、待ってくれ! 俺が……俺が代わりに、やる」
膠着状態を見かねたのか、晃の重荷を引き受けようとしたのか。
唐突に代役を申し出た慶太に、一人を除いて全員の視線が集中。
それを聞いても、晃だけは俯き加減になって目を逸らしていた。
慶太の言葉に安堵してしまう、情けない自分を見せたくなくて。
しばらくの無音の後で、霜山がジッと慶太を見据えて問う。
「へぇ……あんたがやんの?」
「ああ。誰がやっても一緒だろ……残酷ショーを見物したいんなら、俺がド派手にやって楽しませてやんよ! おぉ!?」
「おぅおぅ、威勢のイイこったなぁ」
キレ気味に吼える慶太に、腕組みをしたリョウが半笑いで応じる。
直後、ライターの蓋が開く音がして、クロが新しいガラムに火を点けた。
そして甘ったるい煙をゆっくりと吐いた後、妙な提案を口にした。
「どうせならよぉ、勝負させねぇか。そのデコボコ面と、金髪小僧」
クロは指に間に挟んだ煙草で、慶太と翔騎を順に指し示す。
要するに、一方的に殴らせるのではなく、殴り合わせようという話か。
更なる悪趣味を重ねてくるクロに、晃は薄ら寒い気分に陥った。
どう転んでも暗い未来に絶望してか、翔騎は目が泳いでいる。
「勝負、ね……だとすれば、どんな?」
「やっぱ素手喧嘩しかねぇべ」
「つっても、ウェイト差ありすぎじゃねぇの、あれだと」
乗り気になったのか、霜山を中心にルールの検討に入っている。
殺し合いの手順を決めているとも思えない、和気藹々な雰囲気だ。
そんなものを見せられている晃たちは、戦々恐々とするしかない。
「じゃあ……ハンデでダメージ、入れとこうか」
「お、いいんじゃね? それのがアツいわ」
「目? 指? 肩?」
「玉いっこうぜ、タマキン」
どうにも不穏な単語が多くて、胃がムカムカしてくる晃。
何かしてくるのを予期し、慶太も不安げな様子だ。
「ま、指でいいか。頼むよ、リョウ」
「了解でーす」
霜山から何かしらの指示を受け、軽い感じで応じるリョウ。
慶太の襟首を掴むと、部屋の中央まで軽々と引きずって行く。
「ちょっ、んだよ! 自分で歩くって!」
「うるせぇ」
「あがっ――」
うつ伏せに転がされた慶太の背中に、リョウが硬そうな尻を落とす。
それから右足に括りつけてある鞘から、刃の厚いナイフを抜いた。
「動くと、余計なトコが切れるぜ」
警告を発しつつ、慶太の両手を縛っているタイラップを切断。
そしてスッと腰を上げた――かと思えば、滑らかな動作で慶太の右腕を極めにかかる。
「なっ――ぐぉあああああっ!?」
「動くと、余計なトコも切れるぜ」
「っ! ぅあああああああああああああああああああああああっ!」
先程と僅かに違う警告をリョウが発すると、慶太は一瞬息を詰まらせる。
その直後、聞いたことのないボリュームの絶叫を発した。
リョウが何かを放り投げ、晃の額にぶつかって床に跳ねる。
それは、根元から切断された血塗れの小指、だった。




