01 田辺さんち
「これは、高校時代に仲良かったゾッチ――溝口ってヤツから聞いた話、なんだけどさ。ゾッチと小中で一緒だった地元のツレに小山ってのがいたんだけど、こいつが何つうか……間違った方向にヤンチャで。お前それは人としてどうなんだ、ってレベルのやらかしを連発してたらしいんだわ」
ハンドルを握っている慶太は、カーステレオの音量を絞ると唐突にそんな話を始めた。
煌びやかな女性ボーカルに替わって、慶太の低い声と無機質なエンジン音が車内を支配する。
「人の財布から万札抜いてカラーコピーとすり替えたり、道端の地蔵にローリングソバットをカマして首を折ったり、小山はとにかくメチャクチャだったんだと。そんで中三の夏休みにな、ゾッチがその小山も含めた内四人で、地元で有名な心霊スポット『田辺さんち』の探検に行ったんだが――」
「いやいや兄貴、どこの誰なんだよ田辺って」
慶太の弟の玲次が、半笑いでシートの背中を殴ってツッコミを入れた。
軽く笑いが起きたものの、慶太がノーリアクションなので、緩みかけた空気は再び冷えていく。
「……その『田辺さんち』は森の中にある廃屋で、前々から呪いの家っぽい扱いされてる場所でよ。戦前に一家心中があったとか、江戸時代に処刑場があったとか、昭和中期に住んでたのが殺人鬼で森に被害者を埋めてたとか、色々な噂が流れてたんだわ。だけど、結局は誰も本当に何があったのかは知らない、っていうありがちなパターンで」
慶太はドリンクホルダーに置いたロング缶のコーヒーを手に取り、一口飲んでから軽く咳払いして話を続ける。
「でな、親には友達んとこに泊り込みで宿題やるって嘘ついて夜中に集合して、チャリで『田辺さんち』行ったんだ。そんで、途中に寄ったコンビニで小山は何本かチューハイ買って、それを飲みながら走ってたんで、着いた頃には完全に出来上がってた……まぁ中坊だしな。シラフでも面倒なのが酔っ払ったモンだから、こん時の小山のやらかしっぷりが、そりゃもうヒドかったらしい」
「酷いって、どんな感じに?」
助手席に座っている、慶太の恋人の佳織が訊く。
「呪いの噂が広まったのには、それなりに理由もあってさ。『田辺さんち』にある仏壇に触ると、確実に良くない何かが起こるって話で。車にハネられるとか、家族が病気になるとか、自宅が火事になるとか、そんな感じの。だから、肝試しに行っても仏壇には近付かないって暗黙の了解があったのに、小山のヤツは平然とシカトした……具体的に言うと、仏壇に小便しやがった」
「……うぇ」
尾篭な展開に、佳織の友人である優希がイヤそうな声を出す。
「それまでも散々ハシャいで、襖にキックして大穴開けたり、落ちてた茶碗ブン投げて割ったりで、一緒に行った連中をドン引きさせた挙句の小便だったから、もう完全にヤベェぞこれ、って雰囲気になって。それでゾッチたちは家から逃げ出したんだけど、小山は『お前らビビリ過ぎだって』とか言いながら一人で笑ってたんだと。でも……その三日後だよ」
慶太はそこで話を切り、少しタメてから続ける。
「夜の十時を過ぎた位に、小山の母親からゾッチの家電に『ウチの子、お邪魔してませんか?』って連絡が来て。どうしたのか訊くと、昨日から帰って来ないしスマホもつながらないしで、心配になって捜し始めたって言うんだ。肝試しの夜以来、ゾッチは小山と会ってなかったんだけど……それから二時間くらいして、小山から着信があった」
「……どんな感じ、で」
再びタメを作った慶太に、佳織が問う。
「カーチャン心配してんぞ、ってゾッチは話を切り出したんだけど、小山は何にも喋らない。返事がないんで『もしもーし? もしもーし?』って繰り返してたら、急に向こうから『あああああああああああああ! あああああああああああああああああああああああっ!』って」
「ちょっ! いいいい、いきなり叫ぶなバカぁ! めっちゃ心臓に悪いっ!」
佳織は裏返りかけた声でキレつつ、慶太の左肩をバンバン叩く。
「悪ぃ悪ぃ、聞いた話を忠実に再現するとこうなっちまうんだ……で、ゾッチが『何言ってんだよ! 大丈夫かよ?』つっても、やっぱり相手は『ああああああ!』しか言わない。しかも、その内に通話が切れちまった。オカシくなった理由っていったら、やっぱり『田辺さんち』のアレしかねぇだろ、と思ってあの夜一緒に行った連中に連絡しようとすると……今度はラインに小山からの連絡が」
慶太は再び、缶コーヒーに手を伸ばした。
俺たちは、誰も何も言わずに話の続きを待つ。
「イヤな予感がしたけど、とりあえずトークルームを開いてみた。したら画像が送られてきた……『田辺さんち』の玄関の。マジかよ! やべぇよ! と思ってると二枚目が貼られた。今度は家の中に入ろうとしてる、小山の後ろ姿。何してんだアイツ! と焦ってると、すぐに三枚目だ。無表情な小山の顔のアップと……その背後から皺だらけの茶色い手が伸ばされてる写真、だった」
「やだ……」
小さく呟いた優希は、少し鳥肌が立っているようだ。
「ゾッチは、小山がマジやべぇ! と思ったけど、警察に連絡するのも何か違う気がするし、小山の親に知らせても大騒ぎになりそうだし、自分も巻き添えで呪われたらイヤだし、とか色々考えてどうしようどうしよう、って迷ってたらまた着信が――」
ヴヴヴヴヴヴヴヴ――ヴヴヴヴヴヴヴヴ――
「ふぬきゃうわぁんっ!」
玲次、佳織、優希の悲鳴が混ざり合った音が車内に響く。
「あぁスマン、メールだ」
ドアのアームレストに置いたスマホを手にして、慶太と玲次兄弟の幼馴染である晃が言う。
「アキラ! てめぇタイミング悪すぎるっていうか、良すぎんだよクソァ!」
「いや、俺は悪くねぇだろ……」
軽く逆上する玲次が落ち着いた辺りで、慶太が話を続ける。
「……今みたいな感じで電話がかかってきたんで、ゾッチは恐る恐るそれに出た。でも、何かごく普通のテンションの、いつもの小山だったんだ。『昨夜はお袋が騒がせたみたいで悪ぃな』とか言って。それでゾッチが『お前、どこで何やってたんだよ!』って訊いてみても、本人は『よく覚えてねぇんだよ。朝になったら自分の部屋で寝てたし。先輩んトコでちょっと飲んでたから、そのせいかも』とか呑気な感じで返してきて、どうにも話が噛み合わない」
慶太の真に迫った語り口に、晃のスマホのせいで雰囲気が壊れかけていた車内は、徐々に緊張感を取り戻していく。
「通話を切った後、だったらあの画像は何だ、と思ってチェックしてみたんだけど……トークルームの画像が全部消えてる。でも、小山から何かが送信された記録だけは残ってんだよ。そこで、ゾッチは一つ妙なコトに気付いたんだ……二枚目の、小山が『田辺さんち』に入ろうとするシーンを撮ったのは誰なんだ、って」
「えぇえぇ……」
「やぁああ……」
佳織と優希がユニゾン気味に低い声を漏らす。
「それから小山がどうなったか、っていうと……特に何もなかった」
「んだよ、その微妙なオチは!」
玲次が声を荒げて抗議するが、慶太はそれに反応しない。
そして、十数秒の無言を経てから口を開く。
「ただ、小山には夏休みが明けてから、右の頬っぺたの辺りをこうシャッシャッて感じに払う癖がついてた。何してんの? って訊いても『別に、何となく』って言うだけなんで、その内に誰も突っ込まなくなったんだけど、ゾッチは小山と縁切り状態になっちまったらしい」
「……どうしてなの」
優希の問いに、数秒の間を置いてから慶太は答えた。
「送られてきた画像の三枚目、な。背後から出てきた皺だらけの手は、小山の右頬に伸びてたんだよ。それと小山の変な癖を併せて考えたら、アイツの後ろには今もまだ『何か』がいるんじゃないか、って気がしてマトモに話せなくなったんだと」
新作ホラー……というか他所で書いていた旧作の全面改稿版です!
自分で言うのも何ですが、倫理的に相当どうかと思う残酷描写や暴力描写が含まれているので、苦手な方は要注意ですよ。
人道にもとるタイプの展開にも引かない、精神的に頑丈な方は最後までお付き合いください……