兄妹 ⑨
そうしてしばらく笑い合っているとリンは動きを止め、ふと神妙な面持ちでこう尋ねた。
「ねえ、石君。ところでお名前は」
すると、それも同じように動きを止めて「リンだよ」と同じ声で答えた。
そう聞いたリンは面白くてさらに質問した。
「えっ、じゃあさ。リンはあるモノが好きなんだけど、もちろんわかるよね」
「うん、あれでしょ」
「ん、あれってなあに」
「だからさあ。あれだよ、あれ」
「ええっ、あれだけじゃわかんない。言ってみて」
リンがそう尋ねると、それは少し考えるそぶりを見せたもののすぐにこう答えた。
「あれだよほら、キノコ・・・」
そう聞いたリンはすぐそれに抱きつき、一呼吸するとさらに手を取ってこう言った。
「えっ、あのキノコ知っているの」
「うん、だってリンだもん。おいしいって食べてたじゃん・・・、あっ」
その一言を聞いた直後、リンは再び腹を抱えて笑い始めた。そして未だ瞼をぱちくりしている純一へこう言った。
「ほら、おじちゃん。これはやっぱり石君だよ。今、聞いたでしょ」
純一は声が出ないのか、無言のまま何度も首を縦に振るのみだった。
そこで仕方なくリンはくるりと一転し、きりりとした面持ちでこう続けた。
「違うよ、リンが本当に好きなのはねえ・・・」
その時、視界の隅にうっすらと机やパイプ椅子が見え始めていた。リンは瞼を片手で擦りながら話を続けようとしていたが、再び虹色が一瞬だけ見えた途端、瞬時に再び石の姿となりこう言った。
「リン、もう時間がない。これからどうするつもりだ」
その石は先程見た表情のない人型と再びなり若い声でそう尋ねた。まさに今その答え話そうとしていたところであったが、リンはふと我に返りこう言った。
「そうだった。お兄ちゃんが待ってるんだ」
その石は承知の上か落ち着いて再度尋ねた。
「じゃ、すぐに行かないとね。で、ここからどうやって出るつもりなの」
するとリンは静かに胸へ手を当てた。ここへ来た時のように小声で何やら唱え始めたが、石はそうしている隣へ行くなり手を軽く振り払った。その衝撃により、リンはたちまち目を開けたところ石がこう続けた
「この空間でそれは出来ない」
「なんでよ、だってこうやって来たんだし」
「もう一度やってみろと言いたいが、この状態を維持できる時間はあと一分もない。どうする」
リンは今すぐ兄や家族の元へ戻りたいと思いながら視線を下へ向けた。その時に純一はようやく眼の視点が合ってきて、その脇からこう尋ねた。
「俺は・・・まだ家族がここにいるんだ。なあ、あんたも知っているだろ。負傷者がいることも」
その石は黙ってこくりと頷いた。それ見て純一は話続けた。
「だから俺はこの場に残る。いや、残らなければならないんだ。なあ、頼むよ。リンだけは家族の元へ送り届けてやってくれないか」
純一が渾身の思いで伝えたところ、その石は何も言葉を発しないまま直後に再び発光し始めた。そして数秒後、リンの姿でこう言った。
「わかった。じゃあ先にリンを届けてくる」
純一はそれに何も答えないまま微笑んでいた。
「えっ、じゃあリンはどうすればいいの」
するとその石がリンの姿のままでこう言った。
「リン。目を瞑りなさい。そして一番光ったら目をゆっくり開けなさい」
リンは黙って頷いて静かに目を閉じたものの、数秒もせず再び開いた。すると石が穏やかにこう言った。
「目を閉じてよ。大丈夫だから」
「ううん、違うの。こうするともう石君と会えなくなるのかなって一瞬思ったから・・・。リン、嫌だもん、また会いたい。会えるよね」
「うん、大丈夫だよ。必ずまた会える。ほら、目を瞑りなさい」
「絶対だよ、約束だからね」
リンの姿で手を振るその石がこくり頷き、直後に両手を胸の前で合わせると何かを念じ始めた。
「waltusanerugan、bonjyunelu・・・」
そう念じると、強烈な光りがリンの全身を包み始めた。目を開けたいと思いながらも、リンは兄と家族の顔が次々と浮かんでいる最中だった。
「すぐに戻るから。お兄ちゃん、待っててね」
そう思った瞬間、虹色に包まれた体が二メートルほど浮き上がるなり消えた。
「行ったか、頼んだぞ」
純一がそう口にするとその石は両手を静かに離した。そう思った次の瞬間、再び警察署内にいて喧噪の真っ只中だった。純一はパイプ椅子へ腰かけたまま微動だにしなかった。当然、あの署員がリンが消えたことを言ってくるのだろう。そう思っていると何も言わないまま数分過ぎ、あまりにもそうしてうなだれている様に疑問を持った警察官が純一へこう尋ねた。
「純一さん、そうやって急に気を失ったふりをしても無駄です。いいですか、正直に答えてくださいね」
先の警察官にそう言われて目を開けると、純一は周囲を見てリンの姿をすぐに探した。まるで寝起きかと思うほど強烈に瞼が重い中、すぐ隣にリンの姿がありほっとした。やっぱり夢でも見ていたのかと思いながらも、しかしどうも様子がおかしい。これは本当にリンなのか。そう思いながら今、あの通報した警察官へこの突如現れた石への質問をしていた。
「この石やリンといい、俺はやっぱり夢でも見ていたのか」
そう思った瞬間、その左側にいるリンがズボンの裾をふいに引っ張った。純一は何だろうと思いながらすぐさま目をやると、リンがこちらを見て何度も頷いていた。そして取調室の右端にある石を指さして微笑んだ。純一はリンから視線を外し、その方へ目をやったがそこには何もなかった。いや、しかしつい先程はそこにあったはず。あの大きな石は一体、どこへ行ったのだろうか。
そう思っていると、リンが自身の顎当たりを指さしてにこりと笑った。時折、警察官がリンの顔の近くでゆっくり諭すように問いかけている。その合間の姿を見て純一は微笑み返して二度強く頷いた。
リンの他にどんな能力を持つ人がいるのだろうか 十周年記念式典 ①