兄妹 ⑧
「おじちゃん、大丈夫」
通報している警官たちをよそ目にリンがそう尋ねると、純一は大量に噴き出ている額の汗を懸命に両手で拭いて答えた。
「だ、大丈夫だよリン。来てくれてありがとなあ。おじちゃん、びっくりしたよ」
リンは再びにこりと微笑んで静かに頷いた。一方、周囲はさらに慌ただしくなっていた。同時に館内に警報音が聞こえ始め、ただ事ではないのは誰しもわかる事態となっていた。二人はそう小声で肩を寄り添い話していると、通報した男性警察官がこちらへ近寄ってきてこう言った。
「お嬢ちゃん、もうおふざけはおしまいだよ。これからはおじさん達の言うことを聞いてくれるかい」
リンは少し首をひねらせてそれに答えた。
「ふうん、あ。ちょっと待って。ねえ、これってなあに」
そうして指さしたのはリンが来る直前まで発光していたあの石だった。その警察官は耳元をぽりぽりと掻きながら仕方なさそうにぽつりと答えた。
「ああ、これな。よく分からないんだ。どこからかやってきたのか。で、急に光ったかと思えば今はこうして単なる石ころだ」
リンはさらに首を曲げて話を聞いていた。そしてそろそろ頭部が地面へ着きそうになりながら、前かがみでこう言った。
「で、どのくらい光ったの」
純一とその警官は途端に目を合わせて一度だけ強く頷くと、二人声を揃えてこう言った。
「め、目も開けられないくらい、ね」
そうして会話している最中、周囲は無線の声が頻繁に聞こえていた。
「おい、これは何かの訓練のつもりか。子ども相手に緊急通報だと。おいおい、どういうことだ」
恰幅の良い年配警察官の一人が到着するなりそう言ったが、しばらくすると不思議と静寂に包まれた。ついさっき程までがやがやしていたのにそうなると、純一は途端に緊張感が伝わってきていた。そして隙を見て、どうにかここから脱出できないかと思いながらリンへ目配せした。するとリンは待ってましたと言わんばかりに大声でこう言った。
「あのねえ、もう一回言うけどさ。リンはここにいないの。おじちゃんが心配だから来たんだよ。どうやって帰ろっかなあ。そうだ、石さんに聞いてみよ。何か知ってるかも」
そうしてリンはその大きな石に右手を当てた。リンはきっとまたさっきの壁のようにすり抜けるのだろうと思ってそうしたが、不思議と一瞬だけ硬いものに触れた感覚があった。
「うわっ」
リンは思わず声を出してふいと手を引っ込めた。
「あっれえ、どうして触れたんだろう。もう一回やってみよ」
そうして二、三度触れていると急に発光し始めた。その色はここまでやってきた時に見た虹色そのものだったので、妙に落ち着いてこう尋ねた。
「ねえねえ、石さん。今、どうして光ったの」
そう尋ねると再び強烈な光が二人を包み込み、二人とその石以外には誰もいない白い空間の中にいた。二人は不思議に思いながら周囲を見回していると、何やら石の内部から音が聞こえてきた。
「リン、何か聞こえるよ」
「うん、何だろう」
リンはそう言って近づこうとしたが、とっさに純一が止めた。
「俺が見てくるから」
しかしそう言ったものの既に腰に力が入らなかった。
仕方なくそのままじっと見ていると、それが一瞬だけ強烈な光を放つとやがては人の姿となった。
「あっ」
二人は思わずそう声を挙げるなり後方へ仰け反ったが、視線だけはそのまま外さずにいた。するとその石から変化した人型がこう言った。
「よくぞ私の心に触れられる者を連れて来たな、純一」
純一は眼を点にしたまま、ただ何度もこくりこくりと無言で首を振った。その姿が面白くて、笑い出したリンは指差しこう言った。
「ねえねえ、だあれ」
するとそれは若い声でこう答えた。
「私はこの地に住むものすべてだ」
そう聞いたリンは途端に腹を抱えて笑い出し、続けてこう尋ねた。
「あっはははあ。じゃあさ、そんな形じゃなくてリンにもなれるの」
そう聞いてこくりと首を動かした次の瞬間、先程よりさらにまぶしい光を周囲へと放った。
「う、うわあっ」
思わずそう声を挙げた後に見上げると、そこにいたのはリンだった。
もちろん上半身には薄手の青いTシャツを着て、下半身は灰色の半ズボン姿だった。そしてこちらへ笑顔で手を振っている。
リンは自分と同じ姿を見るなりさらに笑ったが、隣の純一は真顔のまま今も自身の頬を強くつねっていた。
「ははっ、石君ってほんと面白いねえ。ね、おじちゃん。ほらあ、リンが二人いるよ」
そうしてリンは立ち上がり腰元へ片手を添えてポーズすると、それもまたすぐやってきて同じように真似した。純一はただ何度も無言で頷きながら横目で頬をつねっていた。リンは大喜びでそれと手を取り合い笑った。