兄妹 ⑦
一方、真純はリンといつものようにじゃれあっていたところ、真純が急に動きを止めるなり下を向いて押し黙った。そうしている兄の背へ回り込もうとしていたところ、リンも立ち止まりこう尋ねた。
「あれ、お兄ちゃん。どうしたの」
真純はやや顔を引きつらせてこう答えた。
「今ね、急に見えたんだ。これって純一おじさんかな。何かあったかも」
それにリンが再度尋ねた。
「おじさん、どうかしたの」
不思議そうにリンがそう言いながら覗き込んでくると、真純はとたんに顔をしかめて答えた。
「ううん、たぶんね。よくわからないけど逮捕されるって浮かんだんだ」
すると、リンは小さくコクリと頷いてこう言った。
「じゃあさ、リンがこれから見に行ってみる。あれ出来るかなあ、やってみる」
「おい、どうやって行くつもりだ。お父ちゃんたちはどうすんだ」
「何も言わないで、リンが一人で見てくるから。お兄ちゃんはそこで待ってて」
「おいおい、だからどうやって行くつもりだよ。行けるわけないだろ。え、ちょっと待てって。おい、何やってんだ。おおい、リン」
「リンはここにいるよ。お兄ちゃん、心配しないで待ってて」
まだ四歳になったばかりのリンはそう答えた後、ただ静かに両手を目の前に合わせた。そして聞き取れない何かの言葉を小声で言うと、その小さな体の周囲が二、三度程虹色に光った。辺りは二人以外には誰もいない。背後に大きな木が一本立っているので大人たちからは何も見えなかった。その瞬間、リンの周囲が煌々と光始めた。その強烈な光に真純は腰を抜かして思わず後ろへ転がると、しばらくその場から立てなかった。そして数分後にようやく立ち上がったものの、このことを親にどう伝えようか懸命に考えていた。
「なんだよリン、おまえどうやったんだ。ったく、すぐ帰ってきてくれよ。まずお父ちゃんたちに見つからないようにしないと」
そうして真純は一旦その場から離れ、大人たちがこちらへ来ないようにするため動き出そうとしていた。しかしその木の端から姿を見つけた香純が遠くから声を掛けた。
「おおい、真純。リンはどうした」
父である香純はリンの姿が見えないためそう尋ねると、真純はとっさに答えた。
「えっと、ちょっとね」
「なんだい、ちょっとどうした」
「いや、だから、あのう。その、リンがトイレしたいっていうからさ」
「それで今、一人でいるのか」
「いや、ちょうど近くにおばさんがいて頼んだんだ。もう終わったかも」
「おい、真純。キノコの時はまだ覚えてるか。なんだ、それで知らないおばさんにリンを頼んだのか」
「うん。だって僕、入れないもん」
「確かにそうだけど。でもどうして一人にしたんだ。まあ、いい。で、どこだ。すぐ迎えに行かないと」
真純はただただ焦りながら小声で何度も呟いた。
「リン、リン。早く帰ってきて。もう間に合わないよ」
香純は怒りをなるべく抑えながらも一歩づつ歩を進め、真純はしぶしぶその背に続いた。
妹が持つその特殊な能力を初めて目の当たりにし、真純はそう思いながら何度も小声で言った。
「リン、いつからそんなこと出来るようになったんだよ。おまえ、まさかあのキノコを食べたからか」
リンはちょうどその頃、自らの意識のみを飛ばすことに成功していた。そして純一が拘束されている警察署の内部へ入り、おじがいる部屋の隣に着いた。それはおよそ数メートル離れた先で何やら話し声が聞こえてくる。リンには会話の内容は全くわからなかったが、とにかく純一に会おうとその部屋の壁を通り抜けるためそっと右手を置いた。すると再び体の周囲が激しく発光し、その後にすっと右手がすり抜けた。
「うん、これは行ける」
そう思うと、今度は体をその壁にぶつけるようにすり寄った。すると見事に体全体が通り抜けた。
その後、そこには純一が椅子に座っており、また二人の警察官が覗き込むように立っているところだった。そうしてひょっこり壁を通り抜けて来たリンを見て、三人は驚いて瞬時に互いの顔を見合わせた。
「うわああ、なんだよおい。どこから来たんだ」
一人の警察官がそういうと、リンはただ笑って答えた。
「ええとね。この向こうからだよ」
二人の警察官はまたも顔を見合わせた後、今度は膝をついてなるべく落ち着こうとしながら声を掛けた。
「お嬢ちゃんさ、どうやってここへ来たんだい」
リンはなおも笑って答えた。
「ん、だからねえ、隣の部屋からだよ。でも、リンはここにいないんだよ」
その答えに意味が分からないと思いながらも、その警察官が再度尋ねた。
「えっ、何だかよくわからないなあ。じゃ、今ここでこうやってお話ししているお嬢ちゃんはいったい誰なの」
リンはそのまま素直に答えた。
「リンだよ、輝来リン。でもね、ほんとのリンはここにいないの」
まったく意味がわからない二人の警察官は、そう聞くと直ちに肩元の無線に手を掛けてこう言った。
「無断侵入者発見、直ちに応援頼む」
それまで発光していたその石は、まるで何事もなかったようにただ静かに佇んでいた。
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