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結実の時  作者: ナトラ
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兄妹 ⑥

 常識を根底から覆すことになった十年前のこと。香純が指揮した集会後、純一の家族は車で街の中心部へ来ていた。それまで順調に運転していた純一だったが、路上に大きな物があるのを見た途端に急ブレーキを踏んだ。すると、同乗する皆が前のめりになったが幸いに誰も怪我はなかった。皆、いったいどうしたのだろうかと一斉に顔を見上げるとフロントガラスの目の前には大きな石が一つあった。それは大人が両手を広げた程度あり、周囲は透明かつ白色の光を煌々と強烈に発していた。それを見て純一は咄嗟に車から降り、それに近づこうと距離をじわりじわりと詰め寄ろうとした。するとその瞬間、石がさらに一段と眩い閃光を周囲へ放った。



 それまで見えた石さえも見えなくなった純一は、気づけば広々としたどこかの庭で横になっていた。周囲は誰の気配もなく、ただ目の前に小さな池があるのみ。二メートル四方の池の縁へ腰を下ろした後、時々大きな声で家族の名を呼びながらもひたすら小石を投げ続けた。



 現在時刻はわからないが、およその時刻は太陽の位置から推測出来た。今は夏なのできっと正午ごろだろう。そして小一時間程経った頃に再びふと池へ目をやると、そこが細かく揺れたように見えた。一瞬、地震が来たのかと思ったが辺りはまるで平静だった。気のせいかとため息をつき、改めて周辺を見回すと森の中に大きな樹があることに気づいた。そして近くへ行き、その先端にある実が今にも落ちそうだと思った直後に後方からぼとりと音がした。咄嗟に振り返ると一つだけ転がっていた。純一はすくりと立ち上がると、それを手に取ってしばらくじっと見つめた。そうして見たものの、これがいったい何なのかさえわからない。食べられるものなのか、それとも。そう考える他にない程、これまで見たことがないものだった。重量はさほど重くないが、周囲はあの石と同じように白い光に包まれていた。すると、どこからかともなく囁き声が聞こえてきた。



「ふいい、やっと落ちたか」



これは夢なのか。いや、確かに今そう聞こえた。周囲には誰もいない。時々、鳥や小さな虫が辺りに来るものの、しかしなぜその声が聞こえたのだろう。純一はそう思いながら自身の右耳へ、それをそっと近づけてみた。すると



「うん、良いね」



と、再びはっきりそう聞こえた。その声はまるで小さな男児のようで、途端に思わず後方へ尻もちをついた。



「うわ、痛てて。何だこれ、しゃべったぞ」



そう驚いていると再び聞こえた。



「そんな驚かなくてもいいじゃん。ねえ、これ切って食べてみてよ。きっとおいしいからさ」



 純一はその言葉の通り、近くにある岩の角へ軽くぶつけて二つに割った。すると見事に熟れたその中身は綺麗なオレンジ色で、とても甘い良い香りがした。そう思っていると再び声が聞こえてきた。



「私達の先祖はみかんなの。今が一番おいしくて香りも良いんだ。ね、一つ食べてみてよ」



純一は言われるがままそのかけらを口にした。すると強烈な甘酸っぱさの後に、何とも言えない風味が口の中一杯に広がった。その直後には自然と笑みがこぼれた。



「そ、それだよ、それ。笑顔が見れてほっとした。今年はねえ、天気も良くて雨もたくさん降ったから実への成分伝達がスムーズだだったんだ。それに水や太陽と地中の仲間達のおかげ。で、今こうしておいしく出来上がったってわけ。もう一つ、どう」



純一は深く味わいながらゆっくり咀嚼し、その声を聞くと涙した。普段なら大して何も考えず、ただ単に果物の味とはこういうものだと思いながら食していたものだった。しかし、この声は本当にこの果物が発している真実の声なのか。それとも今、やはり夢でも見ているのだろうか。少しだけ冷静になりそう思っていると果実が答え始めた。その声は先程よりか幾分小さい。



「・・・誰が食べてもおいしいものを作り出すっていうのは、本当に大変なんだ。いろんな障害もあるから・・・」



 農業知識がまるでない純一がただ黙って聞いていると、さらに続けた。



「でね、この石を持ち帰ってみて。きっと驚くから。・・・これこそまさに大地の意思・・・そのもの・・・だよ」




そう聞こえた瞬間、再び目が覚めた。その目の前には、上から男性警察官がこちらを覗き込んでいてふと目が合った。



「わっ」



「うわあ」



互いに驚いてそう声を上げると、警察官は少し咳払いした後に微笑んでこう言った。



「良かったあ、純一さんですね」



「ええ。で、家族は」



「向こうで休んでますよ。大きな事故にならないで本当に良かった」



「ええと、確か大きな石が急に目の前に現れまして・・・、それで近くで見ようとして車を降りたところ・・・そこまでは覚えているのですが・・・」



「そうなんですか。実は多くの目撃者が一人の歩行者がいて、その人が左側にある電柱から道路を挟んだ右側の方へ横断した時にあなたが運転する車が突進したと言っているんですよ。その歩行者は驚いて咄嗟に交わしたので大した怪我はありませんが、どうやら転倒して膝を擦りむいたようです」



「いやいや、そんな記憶は全くないですね」



「へえ、しかしですね」



両者の話はまるで話が食い違っていた。しかしその時、再びあの目の前で見た石が現れた。



「これだよお巡りさん、こうして目の前に急に出てきたんだ」



それを見て、警察官も思わず口にした。



「えっ、何だこれ。しっかし眩しいな」



「運転中にいきなり現れたのがこれですわ。俺、嘘なんか言ってませんから」


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