兄妹 ⑤
真純は十五歳、リンは十二歳となる今年はちょうど村の創設十周年を迎えていた。その記念式典を開催する知らせが各家庭へ村運営部から届き、そこには子どもたちが持つ特殊な能力を披露する場を設けるとの知らせがあった。現在の村人は二千名を超え、世帯数は三百。それに子どもは一家族辺り平均三人となった。香純はいつもの居間で胡坐をかいたまま、それを一見して何もない空間の中を模索していた。そこにはかつての用紙や画面はなく、単に空間の中へ片手をかざしている。そこにはプロジェクターなどの仕掛けは何もない。自らが必要とするものをただ想像するだけで、こうして何もない空間から情報が得られる時代へ進んでいた。
「しかしさ、これって本当に便利だわ。心でパソコンって言うだけで、こうして操作できるんだもの」
その時、ちょうど夕飯を運んできたトクがそれに答えた。
「ほんとね。でも、まさかあの純一兄ちゃんがそのきっかけを見つけたって、今でも信じられないもの」
香純はただ笑い、目を細めて言った。
「なるべくしてそうなったんだろ。前に林松さんとあの山へ行った時、いつかはこうなる日が来るんじゃないかって、どこか思ったし」
「え、今、なんて言った」
「おいおい。だから、林松さんが前に言ってただろ。俺達はいつか空を自由に飛んでるかもしれないって。トク、それ覚えてるかい」
そう言われてふと思い出し、トクは両膝を打ちながら続けた。
「あ、ああ。そうだった、思い出したわ」
「だろ」
そうして子ども達の姿が全く見えない中で夫婦の会話が続く。
「十九時か。あいつらちょうど風呂から出た頃だな」
「うん、そうね」
「お義母さん良かったな。それにお義父さんも」
「うん。林松さんと香純や皆のおかげね」
その時、香純は杯を片手に口にしていた。やや頬を赤らめてほろ酔いで、ちらりと横目で見た妻の横顔が印象的だった。すると、トクが急に大きな声を上げた。
「そうだ、あのねえ」
その声に驚き、香純はぶっと口元の酒を前に吹き出した。トクがすぐに謝り、そのまま微笑んでテーブルを拭きながら話を続けた。いつもなら呆れ顔ですぐに怒るはず・・・。香純は咄嗟にそう思ったが、こうして満面の笑みでいる姿を見て、もしかして・・・。と、心の奥で思い始めていた。するとちょうどトクは再び腹部を触って、こう口を開いた。
「香純、授かったわ。授かったの」
香純はやはりと思うと同時に、それまで持っていた杯をばしんとテーブルに叩き置いた。そしてその場からすくりと立ち上がるとすぐに屈み、隣りで見上げる小さな身体を両手で優しく抱え込んだ。次の瞬間、よいしょと腰元辺りまで持ち上げた。
「ほんとかよ」
そうしてトクへ尋ねると胸元でゆっくりと頷いた。するとその喜びが頂点に達し、香純は何度もくるりと何度もその場で回った。その間、肩へ片手を乗せていたトクは静かに耳元で呟いた。
「ほんとにありがと。諦めないでいてくれて」
香純はそれにうんうんと頷き、その後はさらに回転し始めた。
「やったな、やったぞ。ようやく待ちに待った三人目だ。で、子どもたちは知っているのか」
「ううん、誰にも言ってない。香純が初めて」
香純はそう聞くとさらに上機嫌で、トクを抱えてそのままキッチンへと移動した。自身の右手を香純の肩へ預け、トクはこれから何をするつもりなのかと思っている時に香純が呟いた。
「大丈夫だよ」
片手で台所にある冷蔵庫からビールを取り出した後、再び先程の情報版を空間に表示した。その中で音楽というカテゴリーを選択し、出身郷土の有名な音楽を家の中に響き渡らせた。トクはそれを聞くと一瞬、香純の胸元へ顔を埋めた。しかし、再び顔を起こすと首を縦に振ってリズムにのった。現在、電源が入っていないスピーカーでさえ、その出力有無を選択できるようになった。つまり電気のオン、オフに関わらず、その存在があればこうして選択できる時代に突入した。
通常、モノには意識がない。そのため自らが電力供給の有無を選択することは不可能となる。しかしトクの兄、純一が偶然見つけたその発見によりその後は劇的に変化した。
あの山で不思議な声を聞いた純一は、その後は何度も自問自答していた。
「一体、誰が俺に問いかけたんだ。俺はただ、そう。あの時は香純たちと同じ夢を見たことがある。そう言っただけだったのに」