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結実の時  作者: ナトラ
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兄妹 ④

 十年前に行われたあの集会後、林松の後任は美穂が引き継ぐ形で一旦は落ち着いた。しかし当の本人があっさり辞退したため、かつて補佐経験がある香純への期待が高まっていたまさにその時だった。そうした雰囲気を既に感じとり、香純は二十名程の関係者を前にして控室で声を張り上げた。


「皆、林松さんの容体については既に知っているだろう。ここで美穂ちゃんが後を継がないというのなら、これからは俺のやり方で進めさせてもらう。それで良いなら是非とも協力してもらいたい。正直、今が正念場だ。ここから立ち去りたいならそれでも構わない。笑いたいなら笑えばいいさ。ただ、今こそ林松さんが仰っていたことを実践するのみだ」


 重病を克服してようやく登壇した林松だったが、その直後に救急車を要請する事態となったのも思い出す。


「おそらくもうダメだろう」


誰しもそう思った時に香純が壇上から声を上げた。


「林松さん、必ず戻ってきて。俺、やれるだけやってみるから」


意識が急速に遠のく中で、林松はその声を耳にしていた。





 それから十年が経過した現在、話はさらに進む。



 一致団結した数十万人と共に行動した結果、これまでの古い形態を完全に破壊することに成功した。それはまさに見事としか言いようがなかった。連日のように真実についての情報を中枢へ送り続けた結果、今では新しい生活スタイルを楽しむまでに至った。



 「お兄ちゃん、違うって。こうやるの」



頭上三メートル付近で浮遊し、リンが兄である真純へ元へ声を掛けた。その兄はそう言われて未だ地上で胡坐をかいたままに何かを念じている。



「ultusanntarame・・・あれ。その後はなんだっけ」



そう口にしてきょとんとし、やがてリンが満面の笑みでそれに答えた。



「だからさあ、こうやるの」




そして同じように何かを口ずさんだ直後に、リンの身体全体はさらに上空へ浮びだした。やがて隣にある木の先端と同じ高さになった頃、真純が慌てて声を掛けた。



「おおい、わかったよ。もういいから、さっさと降りてこいや」



リンはそれまで瞑っていた両目を開け、にこりとするなり再び両目を閉じて何かを口ずさんだ。すると直後にその姿がまるで消え、一瞬で真純の目の前に姿を現した。驚いた真純はしばらく何も声に出来なかった。


「で、あれ。えっと、何だっけ」


「え、だから。帰って来いって」


「へえ、それにしても凄いね。瞬間移動」


「ううん、まだそこまでじゃないの」


「いや、でも一瞬で目の前に来ただろ」


「う・・んと、そうかな。お兄ちゃんにはそう見えるのかも」


「はっ、なんだよそれ。要するに俺が遅いって言いたいのか」


「ち、違うよ。み、見え方がそれぞれってこと、だよ」



 あの山で急に意識消失した林松。それを模索しようと皆で再び山へ登ったこともあった。リンの父である香純が、その先頭に立った時の言葉が二人の心に残る。


「いいかい、幼いものへの配慮を怠るな。彼らはいつでも覚えているからな」



 こうして浮遊術や瞬間移動を目の当たりにし、真純はどうして同じ兄妹で自分にはそうした力がないのかと思い悩んでいた。




「ねえ、母ちゃん」



トクが台所で洗い物をしている背中にそう呼び掛けたところ、トクがちらりとこちらを見て言った。


「なんだい、どうしたの」


その図太い声に「今、忙しいから話かけるな」という意味がある、と真純は勝手に察知した。



「ううん、なんでもない」


そう答えるまで数秒もかからなかった。



ただ、この日のトクには多少の余裕があったのでそれに答えた。


「うん、それで」


そうして息子へ問いかけると、真純は一瞬だけ下を見たもののすぐさま顔を上げてこう言った。


「ねえ、どうしてリンはこんなに簡単に出来るのに僕には出来ないんだろう」


トクの脳裏にはかつてのジレンマがうごめく。


「いいのよ真純、リンはリンで真純は真純よ。リンの能力は確かに凄いけど、お母ちゃんはあなたの力も凄いなって思ってるよ」


まるで予想していなかったその回答に、真純の頭の中はそれに釘付けだった。



「え、何だって。僕の能力もリンに匹敵するってことなの」



トクはそれにだって頷き、その後にこやかな表情で答えた。



「リンの力を見たお父ちゃんが言ったの。確かに凄いけど、まだまだだろうって。真純。リンはまだまだ子どもよ。競う相手は他にいるでしょ」



真純はそれに頷くも、頭が一瞬だけ白くなりつつこう答えた。



「ま、まあ確かにね。何だか悔しいな。妹に能力があるのにどうして俺にはないんだろう」



すると、それに微笑んでトクが答えた。



「ふうん。どっちにしてもあなたたち二人は私たちの子どもだよ」


トクはそう言うとおやすみと残してその場を後にした。


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