地上と地底 ②
壇上は前後左右およそ二十メートル幅の円形で、勝ち上がった二人はその中央で観客へ頭を下げた。その後すぐに試合開始の合図があり、葉流はすぐ何かを唱え始めた。その姿を見たイシは構えるでもなく、ただ両手をぶらりと下げて立っていた。やがて葉流の全身が次第に虹色へ色づき始めた。その頃になってようやくイシは両足を肩幅程度に広げ、にやりと微笑むと同時に姿を消した。
「あれっ、どこへ行った」
葉流は咄嗟にそう小声を漏らしたが、すぐに落ち着いて片腕を上げたままこう言った。
「隠れても無駄だよ、見えてるもん」
すると葉流の右手全体が強烈に光り、観客の皆は目がくらんで誰しも瞬時に目を覆った。それからおよそ五秒後に再び視界開けて壇上を見てみると、二人が何事もなかったかのように無言で向き合っていた。
「やるじゃんか」
「へへっ」
二人がそう言葉を発すると次にイシの体が光り始め、真純との一戦を見ていたイシはすでにそれを分析していた。
「なるほど、こうやるのか」
イシがその時を思い出しながら小声でそう呟くと葉流が何かの力で押されていた。実際にその圧を感じながら、葉流はさらに力を込めてこう言った。
「そうはさせるかっ。なら、全力で行くぞ」
そして先程より激しい光を全身から放つと、背部を押していた力がふと止まった。
「あれっ、おかしいなあ。これで場外まで行けるはずなんだけど・・・」
イシはそう呟きながら右手を顎の下に当て、さらに首を傾げた。
「イシ君、準備運動は終わりだ。次は全力で行くよ」
と言って、葉流の全身を包む光はそれまでの倍に膨れ上がった。その様子を見たイシは、まだぶつくさと何か呟いていた。
「ううん、おっかしいなあ」
やがて、力が溜まった葉流は両手を胸の前に向けて言った。
「これで僕の勝ち、だああああっ」
両手から迸る閃光を見た瞬間、イシはふいと思った。
「あっ、そうやるのかあ」
イシは瞬時に両手を胸の前に上げ、指の間を大きく広げた。そして葉流が放ってきた光を両手で受け止めた。
「葉瑠ちゃん、僕には効かないよ」
そう聞いた葉流は眉間にシワを寄せたまま、さらに意気込んだ。
「それはどうかなっ、どりゃあああっ」
次の瞬間、二人の間にあった光全体がふと消えた。目を擦りながら観客が再び視線を壇上へ戻すと、そこには誰もいない。いや、葉流だけ場外で一人立っていた。
「場外、場外で葉流君の負け。勝者、イシ君」
無言で静まり返っていた場内だったが、その審判の声で瞬時に沸いた。
「うおっ、こりゃあすっげえわ。一体、どうやったんだ」
「あれっ。でも、イシはどこにいるんだい」
確かにそこにいるのは葉流だけだった。観客が姿を探していると、どこからともなく声が聞こえてくる。
「ここ、ここだよお」
その声が聞こえたので皆が頭上を見上げるとイシが浮かんでいた。十メートル程の高さからゆっくりと壇上の中央へ降り立つと、審判がイシの右手をさっと掴んでこう言った。
「勝者、イシ君」
試合後、二人は控室にいた。
「ねえ、イシ君。さっきのあれってどうやるの」
イシはその問いに優しく微笑んでこう言った。
「ん、僕は何もしてないよ」
「えっ、だって僕の技を跳ね返したじゃん。だから僕は押されて場外に出たんだよね」
「違うよ、その逆」
「えっ、逆って」
「跳ね返したんじゃないんだ。僕はただ受け止めただけ」
その答えを聞いた葉流は一瞬押し黙った後、再び笑った。
「あっ、そういうことかっ。いやあ、凄いなあ」
「葉流ちゃんもだよ。びっくりしたし楽しかった。ありがとっ」
イシは葉流が放ってきた光をまず見た後、次に自らそれを両手で受け止めながらさらに解析していた。そしてその放出が止まった瞬間、自らの手をさっと引っ込めた。すると、葉流側にあった空気の流れが止まり、次に葉流の体はそのまま引力のように場外へ押し出されることになった。その仕組みを知り、葉流はさらに笑いながらこう言った。
「僕はてっきりイシ君が強い光で押し返してきたと思ってたよ。しっかし、凄いよなあ」
「・・・、攻撃は好きじゃないんだ。僕は皆の役に立つためにいるんだもん」
葉流はこの時、心の奥から沸いてくる静かな変化を感じていた。しかし今はこの不思議な力の使い手に興味があってこう尋ねた。
「ところで、イシ君って。何にでもなれるんでしょ」
「ううん、でもまだ全部じゃないんだ」
「ね、それってどうやるの。それにさっき何も唱えてなかったよね」
「うん、僕のはちょっと違うから」
「じゃあ、何なの」
「ええと、そうだなあ。例えばこの大地にある空気とか」
「えっ、じゃあ僕たちの術と似てるかも。だって、術を唱える時に空気が振動するもん」
「へえ、そうなんだ。」
「ね、もっと教えてよ」
「あっ、呼ばれたよ。さ、行こっ。また今度ね」
そうして葉流とイシは表彰台へ上がった。三位決定戦は都合により行わなかったので不在のまま進んだ。そしてそれぞれがメダルや記念品を受け取ると、主催者からこの開催の趣旨について改めて発表があった。それぞれの祝辞の後、静かにこう語り始めた。
「では、次にとても大切なことをお伝えしたいと思います。その前に先程、林松さんからお預かりしていた封書を開けてみたいと思います」
そうして封筒をハサミで開封し、中から一枚の紙を取り出した。
「では、読み上げます」
主催者はコホンと一つ咳払いし、両手でその用紙を胸の前で掴んでこう話した。
「時間の都合上、こうして伝えることになって申し訳ない。早速、本題へ移ろうと思う。先にこの地底には他に住人がいると言ったが、一体、誰がいるのだろうかという話だ。実はその答えはとてもシンプルで、そこに存在するのは私達と同じ人間が住んでいるんだ」
会場のどよめきは本日最高となった。
「なんだって、どういうことだ」
次々にそうした声が上がる中、それでも主催者は落ち着いて続きを話した。
「我らはこの大地の上で暮らしている。彼らは大地の下、つまり我らから見ると地底で暮らしているが、彼らから見て我らは天に住んでいる者ではない。要するに我らの上にも住民がいる可能性もあるということだ」
「ただ、今日はその話を一旦、脇に置いておく。今日は重要なこれだけ。地底の住民が我らと同じ人間で、しかも我らと同じ遺伝子を持つ存在。容姿はもちろん声や仕草まで同じで、自分と全く同じ人間がこの地底で生活しているんだ」
一体、どういうことなのだろうかと、観客は息を呑んだ。すると、リンが突然声を上げた。
「私、わかったわ。その人たちってさ、実は私達と全く違うんでしょ」
司会者は声を震わせてそれに答えた。
「う、うん。なんだか違うんだって。で、では、続きを読んでいきます」
再び咳払いした司会者は、額に流れる汗をハンカチで吹いてこう続けた。
「彼らの姿や声は我らとまるで同じだが、考えは全く違うんだ」
「どう違うの」
リンがそう声を上げても話は続く。
「例えば、この地上で問題なく暮らしている人がいるとする。その場合、地底ではその逆で問題だらけだ。だが、そこには共通点はある。どちらも今、この世で生存しているということだ」




