兄妹 ②
十年前に行われた全国集会の後、当時四歳だったリンに起きたこと。
「おかあちゃん、おかあちゃん」
台所で料理をしているとリンが何度もそう呼ぶので、トクはそれまで洗っていた皿をさっと脇へ置いて尋ねた。
「なあに、忙しいんだけど」
するとリンは笑みを浮かべたまま、何度も両手を上下に揺さぶり答えた。
「あのねえ、ここまで飛んだよ」
トクは再びリンに尋ねた。
「え、誰が飛んだって」
すると笑みを絶やさないまま強く頷いて答えた。
「だからさ、リンがね」
トクは玉ねぎを細かく切っていたが、そう聞くとすぐに手を止めて続きを尋ねた。
「うん。で、ここまでどうやって来たの」
リンはその目をさらに丸くしたまま何度も無言で頷いていた。その様子を見ていた真純は、それに追加するかのように真顔のままこう答えた。
「ほら、見てみてよ」
実際にリンが空中へ浮く姿を見せようと思い、真純は自ら妹の当時の様子を真似て見せた。
「で、こうしてこうして。それからこうやって腕をくねらせてた。そしたらその後にリンの体が勝手に浮き始めたんだ」
と、言いながら真純が見せた。
「で、ここまでどうやって飛んできたの」
するとリンは隣にいる兄の片手を取った。そして数秒後、何も言わずぱっと手離した。兄は不思議に思ったが、リンは一切それに構わず静かに何かを口にしていた。
「waltusaraugann ・・・ 飛べ」
直後、リンの四方が虹色に光り始めた。それはまるで舞台の俳優を照らすかのように、トクと真純はそれを目を丸くして口をあんぐり開いたまま見ていた。
「お、おい、リン。こっちへ戻ってこいよ」
頭上に浮き出した姿を見て兄がそう声を掛けたが、リンは微笑を浮かべて答えた。
「お兄ちゃん。後はリンがやる」
兄は驚いて尋ねた。
「何、だって」
リンは笑って何かの言葉を小声で口にして答えた。
「お兄ちゃん。私はこの時のために生まれて来たんだよ」