十周年記念式典 ①
そうして純一と別れた後、リンは石と共に虹色の空間で静かに浮かんでいた。なんとも言えない心地よさの中、ふと隣を見るとそれまで同じ容姿だった石が見慣れた姿へ変化していた。その顔を見るなり驚いてこう尋ねた。
「う、うわあ、おいちゃん。大丈夫だったの」
石はそのままの姿で答えた。
「はっはっは。リン、よくわかったな」
「だっておいちゃんだもん。なんかわかんないけどお話も面白かったし・・・。それに純一おじちゃんの名前を呼んでたからもしかしてって」
「ほう、大したもんだな。いいか、よく聞けよリン。俺の体はまだ病院だ。今、これからまた手術だとか言っている。もしそうなれば麻酔を使うことになるから、その前に意識を飛ばして純一の前に現れたんだ。そしてお前は術を使ってここへ来たわけだが、ところでお前の体はどこへやったんだ」
リンはその返答に困ってもじもじしていると、まもなく家族の元へ到着すると女性の声でアナウンスがあった。
「大地の守り様、到着まで三十秒です」
その石に意識を飛ばした林松はこくりと頷くと再びリンに尋ねた。
「まさか、体を置いたまま来たのか」
リンは黙って頷きこう言った。
「うん、だって急いでたんだもん」
「それはわかるが、わしが来なけりゃお前はもう元の体に入れなかったかもしれないぞ」
「えっ、それってどういう意味」
「だから、元に戻れなかったかもしれんな」
「え、うわああ、じゃあどうなるの。リンはもう終わりなの」
「心配するな。きっとそんなことだろうと思って先に上空へ体を送っておいたわい。さっき出発する時に下ろしておいたから無傷のままじゃ」
「良かったあ。じゃ、皆にも会えるよね」
「大丈夫じゃ。ただ着く前にいっておくが、わしが良いというまでその力は家族以外の者には
見せないようにするんじゃ。将来、必ずその力を皆へ披露する時が来る。だからそれまではその力を使わずに生きるんじゃ。わかったな」
「ええっ、だって色々できるようになってきたところなんだよ。瞬間移動だってできるかも・・・」
「もう一度だけ言う。家族には構わないが他の者には見せないようにするんじゃ。いいな」
石ころから変化したそれがそう言うと、集会場にある森の上空へ到着した。
「よし、それじゃわしはこれからおばさんの姿でお前の下の世話を手伝うことにしよう。お前は皆へただいまと言うだけで良い」
「えっ、ちょっと待ってよ」
と言った次の瞬間、リンは仮設トイレの中にいた。ふと隣を見ると五十代くらいの女性が何やらぶつぶつと言っている。
「ほら、お嬢ちゃん。右足、もっと上げてよ」
そうしていると今度は外から聞き慣れた声がする。
「あっれえ、こんなところにトイレなんかあったっけ。まあ、いいや。おおい、リン。いるのか」
そうして香純の声が聞こえた後、真純も続いた。
「おおい、大丈夫かあ」
その声を聞き、リンは本当にここへ戻ってきたという実感が込み上げながら答えた。
「大丈夫だよ、でもちょっと待っててえ」
やがて用を終えてリンとその女性が仮設トイレから出てくると、二人は瞬時に駆け寄ってきた。
「おい、だ、大丈夫だったか」
リンはその鬼気迫る表情に圧倒されながらにこりと答えた。
「うん」
真純はなんとか間に合ったことに胸を下ろしたが、その様子を隣で見ていた父の香純には妙に見えた。一通り女性へ丁寧に礼を伝えた後にこう尋ねた。
「いやいや本当にありがとうございました。ところでどなた様のお知り合いで・・・」
すると女性はにこりと笑みを浮かべ、そしてリンの方をゆっくり見るなりこう言った。
「私なら大丈夫ですよ、単に通りかかっただけですので。お役に立てて良かったです。それでは」
と、物静かにその場を後にした。その際、一度だけこちらを振り向くとリンに向かって右手を静か振った。リンはその意味をしっかり感じ取り、一言だけありがとうと礼を言った。
一方で警察署では今も混乱が続いているかと思いきや、負傷者の証言には勘違いがあったということが判明した。
「そう、忘れてました。急に光ったものが路上に現れて。それで驚いて足がもつれて一人で転んだのです。彼の車はすでに停止していました」
そうして純一は家族と共に警察署を後にした。リンの姿をしたそれは引き続き取り調べのため署内に留まることになったが、再び強烈な光に包まれた後に再び石ころの姿に戻っていた。まったく不可解だとすぐさまリンの連絡先を尋ねてきた署員に純一が伝えると、香純の元へ電話が鳴った。
「えっ、リンが、ですか。しかし、ここにいますけど・・・」
困惑した表情で香純がそう答えると、リンは電話に出たいと父に頼んだ。それなので香純は耳元からそれを離してその右耳へそっと当てた。
「輝来リンだよお。もしもおし、聞こえますかあ」
先程とまったく同じ声を聞き、署員は何がなんだかわからなくなっていた。しかし、事実確認のため一度来所を求めたところ香純は快く応じた。
「そうですか、ではこれから伺います」
そうして香純とリンが警察署へ行くと何事もなかったかのように静まっていた。父の立場からの意見を伝えたところ何もなく帰路着いた。
「何だったんだろう、きっとあの石の仕業だな」
署内ではそうした意見に包まれていた。
さらに純一も同様だった。
帰りがけに車の運転席に座ると、右のズボンのポケットに何かあることに気づいた。手を入れてとそれを取り出すと小さなただの石ころだった。まさかと思いながら純一はこう呟いた。
「おい、石ころ。お前は何にでもなれるんだろう。要するにこの空気中から何でも取り出すこともできるわけだ。だったらこれからは俺達の生活に役立つものにでもなってみろや」
半ばやけくそ気味にそう言い、誰もいない生け垣へそれをぽとりと落として走り去った。それから数分後、それは静かに虹色を伴って発光し始めた。みるみると全身がその色へ変わった瞬間、無音で四方へ飛び散った。直後にラジオではこう伝え始めた。
「今、不思議なことが起きています。私のデスクにあるパソコンが目の前で急に消えました。しかし、心で念じると再び現れました。これは一体、何でしょう。もう一度やってみますね。あっ、今度は逆に消せました。これは全く驚きです・・・」
そう伝えるとすぐに歓声のような声が聞こえた。
「何だこれは。いつものパソコン画面が空間に表示されてるぞ」
もちろん車内も賑わっていた。純一はまさかと思いながらもこれで確信し、妻や子どもたちがはしゃぐ姿を見ながら鼻下をゆっくり擦った。




