兄妹 ①
「リン、ちょっと来て」
真純は麦を収穫している畑の真ん中で、ちょうど自転車で帰宅した妹へ声を上げた。
「え、なあに。聞こえないよ」
リンはそう言いながら静かにサドルから降りた。兄が今もこちらを見て微動だにしないため、リンは仕方なくその場にあった土を何度か踏みつけた。すると数秒後、再び兄の声が聞こえた。
「おおい、さっさとこっちに来いよ」
と、それはまるで父親の声かと思う程だった。今度はしっかりと聞こえたので、リンは小走りでその場へ向かった。
やがてその元へ辿り着くと、兄はさらに目を見開いてこう言った。
「ほら、これ見てみろよ。この小さな実を」
「うん。で、それがどうかした」
「ほらあ、こないだも言っただろ。なんでこんなに綺麗なんだ。なあ、お前もそう思わないかい」
リンはそれに軽く頷いた後、ふと斜め上へ視線を持ち上げた。
「うん、まあ綺麗だけどさ。でも、それって前にお父ちゃんが言ってたよ。確か植物には意識があるって。え、あれ。おいちゃんだったっけ」
真純はそう聞くと静かに笑みを浮かべてそれに答えた。
「うん、そう。おいちゃんだったなあ。植物は言葉は発しないけどこうして伝えてくれるんだってね。あっれえ、お前しっかしよく覚えてるよなあ」
「へへん、お兄ちゃんより記憶力あるもんね」
「あ、言ったなあ」
兄が追いかけて来た後、リンは走りながらいつもの裏山へ目をやった。いよいよ夏が来る。
「しっかしさあ、毎日毎日こうしてゲコゲコ。ほんとにご苦労さんだよ」
兄がカエルに向かってそう言ったので、リンは思わず吹き出してこう答えた。
「お兄ちゃん、全然似てないよ。ほらあ、もっとこうやって頬を膨らませて」
「ほっ。じゃあもう一回、こうか」
その姿は一番似ていたので、リンは腹を抱えて笑った。
「そっくりよ。ほら、お兄ちゃん。もっと口の中へ膨らませて」
「う、うん。こうか」
「違うよ、ほら。こうやって。ストローでアイスコーヒー吸うみたいにさ」
「わかった、よおし。こうだろ」
裏山に笑い声がこだました。
ちょうどその頃、父親の香純の車が二人の真上に来ていた。
「あ、お父ちゃんだ」
二人は目を丸くしながら、その成り行きを見守っていた。
見かけは普通のワゴン車だが、エンジン音は全く聞こえず三メートルあたりで停止していた。二人がそれに気づいて見上げた後、すぐさま地上へ向かって静かに降りてきた。その二秒程、注目していると後部座席のドアがスライドした。
「お父ちゃん、おかえり」
笑顔で降りてきた香純に対し、二人はすぐさまその胸へ向かって飛び込んだ。
林松が意識を取り戻したあの集会から十年後の今、こうして新しい技術と共に日々進化している。
ある植物が自ら種を残すように、当の本人は無意識でそうなったかもしれない。しかしそれでさえ現状では理解しがたいのも事実であった。
これまで停止していたかのような時代が急速に動き出す。次回、兄妹②