第二章 罪と祈り(拓也の過去)
今から六年前。
それは、世界中の山々が一斉に噴火し、“悪魔”が地上に現れた年。
人類が最初に絶望した年であり、拓也にとって家族を喪った日だった。
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「お兄ちゃん……!怖いよっ!」
まだ9歳だった妹・優奈の手を引きながら、拓也は山麓の村を必死に走っていた。
空からは黒い火山灰が降り注ぎ、地面は揺れ続けていた。
村の外れに突如現れた“それ”は、赤黒い翼を持つ獣のような悪魔だった。
人々は、逃げる間もなく焼かれ、喰われ、潰された。
だがその時——
もう一体の悪魔が現れた。
白銀の鎧のような姿をしたその悪魔は、炎を吐く獣の首を切り落とした。
「………………」
何も言わず、ただ優雅に剣を構えるその姿は、まるで——守護者だった。
「お兄ちゃん……あれも、悪魔?」
「……分からない。でも……助けてくれた」
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彼は、その日から“悪魔”に対して単純に「敵」とは思えなくなった。
その白銀の悪魔はすぐに姿を消し、政府も報道も「確認されていない」と否定した。
だが拓也だけは、確かに“助けられた”という事実を忘れなかった。
後に彼は同盟軍に志願し、戦闘能力を高めながらも
“灰翼”という共存派の秘密組織に身を寄せる。
表向きは優秀な兵士、
裏では「悪魔にも意思がある」と信じ、行動する異端者。
その信念の核には、幼き日に見た「救ってくれた悪魔」が存在した。
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そして今——
拓也は気づいていない。
エリシアと出会った時、彼の心がどこか懐かしさに震えたのは、
あの日、彼と優奈を守った“白銀の悪魔”が、彼女の「時間のスキル」で未来を知り、過去に送り込まれた彼女自身だったからだ。
この因果が、いずれ拓也に大きな選択を迫ることになる。
悪魔を守るか、人類を守るか。
過去を変えるか、それとも——未来を託すか。
物語は静かに、その運命の交差点へ向かい始めていた。
―妹、優奈の現在―
拓也は廃屋の屋上から、遥か遠くの“同盟軍中央本部”を見下ろしていた。
そこは、悪魔との戦争を指揮する巨大な指令塔。
そして——かつての妹、優奈が今、所属する場所。
「あの子が……“黒羽”の副司令だって?」
共存派の仲間からもたらされた報告に、拓也は耳を疑った。
妹は病弱で、戦いとは無縁の存在だったはずだった。
だが現実には、彼女はたった数年で同盟軍内で異例の昇進を果たし、
悪魔狩りの象徴的存在として扱われていた。
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その夜、拓也のもとに、黒い封筒が届けられた。
中には、短い手紙と写真——
「兄さんへ
生きていたのね。
……でも、私たちはもう、同じ道を歩けない。
あなたは“悪魔”を守る。私は“人間”を守る。
それだけのこと。
優奈」
写真には、黒羽の軍服を纏い、冷徹な瞳をした少女の姿があった。
その手には、炎を操る能力の証——赤黒い魔力の痕跡が浮かんでいる。
(……まさか。お前も“心臓を……”)
拓也は拳を握り締めた。
優奈が自ら、悪魔を狩り、その力を身に宿していることを悟った。
あの心優しかった少女が、
今は誰よりも冷酷に「共存」を否定する立場に立っている——
そして、その背景には、彼女の中に消えない“恐怖”があった。
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——回想:6年前
火山が噴き、村が崩れ、人々が喰われる地獄のような光景の中。
優奈は拓也の腕に抱かれながら、必死に目をつぶっていた。
「怖い、怖い、怖い……!やだ……悪魔なんて全部、消えればいい……!!」
あの日の記憶が、少女の心に“憎悪”という種を植えつけた。
それは成長とともに膨らみ、
「悪魔を殺すことこそが人間の正義だ」と信じる狂信へと変わっていった。
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「優奈……お前がこんなところにいるなんてな」
拓也は封筒を火にくべ、夜空を見上げた。
そして決意する。
「それでも、俺は信じる。お前を……そして悪魔と人の共存を」
彼はまだ知らない。
次に戦場で相まみえる敵が、“妹・優奈”自身になることを。
そして、少女エリシアと優奈の間にも、
「時間の交差」が生んだ重大な因縁が眠っていることも——