駆出しと特訓
次の日の朝、いつも通りだが少し遅めの目覚めから戻り、朝食を作って母親と一緒に食べた。今日こそは何もない朝だったが、気分はそわそわしていた。
「ニクス、どうしたの?」
「……なんでもない」
昨日の約束通り、俺は今日の昼から”特訓”を受けることとなる。あの砌とか言う、おせっかいな奴から。
俺はあいつに傷一つ付けられなかった時から、ずっとライバル意識を燃やしていた。今まで俺は、誰にも負けたことが無かったのに、初めての敗北を味わったから、ずっと腸が煮えくり返るような思いだった。そんなアイツに復讐したいという思いから、直接あいつに特訓してもらう事に決めたのだ。
……分かってはいるんだ、相手の方が強くて、人格も良いということを。だがどうしても、俺のプライドは俺を締め付けてくる。訓練を受ける自分の姿を想像して、嫌気がさす。
太陽が上まで昇った頃、俺は重い足取りと気が乗らない手つきで玄関を開けた。
「おはよう、ニクス殿!」
「……え?な、なんでお前が――」
「今朝からずっと待っていたのだ!チャイムを鳴らされるのは煩わしかったのだろう?」
胃もたれするような気持ちでバーへと到着。扉を開けると、中には大勢の人々がいた。魔物を討伐するには、やはり仲間が居た方が安全で、確実だ。その仲間を募るために、バーにはよく人が集まる。俺はその中から砌を見つけ出し、意を決して隣に座る。
「おぉ兄ちゃん、来たか」
「あぁ、来てやったよ」
「ま、来るとは思ってたんやけどな」
「……またジュースを頼んでたのか」
「ん、ミルクの方が良かったか?」
「別に何も要らねえ、それより鍛えてやるって言ってたよな?何すんだよ」
「チャンバラや」
「は?チャンバラ?」
「せや、剣と剣で斬り合う。それだけや」
「……それの何処が特訓になるんだ」
「おいおい、よう考えてみ?お前、自前の力は強いやろ。ほんなら足りんのは実戦経験やろ思うてな、せやから、まずはそっから鍛えてみいひん?ってな」
「………」
なるほど、と思った。しかしそれを顔には出さないように我慢した。
「ま、勿論それだけやない、他にも――」
「別にいい、寧ろお前を気兼ねなく斬れる。好都合だ」
「はっはっは、ええやんええやん!」
砌は思い切り立ち上がり、またカウンターにお金を置いた。
「俺はちょいと肩慣らししてくるわ、店の前で待っとるで」
そう言って、俺とルカを残して先に外へと出ていってしまった。
「ニクス殿、大変なことになってしまったな」
「別に俺が自ら選んだ道だ、別にいいさ。それで強くなれるなら」
「ニクス殿は向上心が強いな!」
「……俺は父親みたいになりてぇんだ」
「ほう、父親?」
俺には父親がいた。産まれる前に死んだから、声も知らないし顔もよく分からない。写真で見たことがあるが、それだけだった。そんな父親は、この国では英雄として評されていた。
魔物を最も多く討伐した者は、英雄の称号を与えられる。それはヨナス様直々からの、特別な証だ。最も、表彰されるだけで特別なことはない。ただ名声を得られるだけだ。父親はその名声に縛られる事もなく、最後まで魔物を討伐しに出かけるだけだった、らしい。
討伐すればするほど、お金になる。それが冒険者の仕事だから。そして俺もそんな父親に習って、英雄となって母親に楽をさせたかった。
そんな話を、ルカに聞かせた。ルカは大袈裟なまでに号泣して俺を褒めちぎってきた。
「そんな立派な理由があるなんて!ヨナス様はよき人を見つけたの〜〜!」
「ルカ、頼むから落ち着いてくれ……」
こいつが落ち着くのを待ってから、ようやく俺たちは店を出た。砌はバーの入口から少し離れたところで、ダミー人形相手に刀を振ってた。
「おい、砌……来たぞ」
「おぉ?!やぁ〜っと来よったか!」
刃が風を切り、そのまま鞘に収めてこっちを向く。相当気合いが入っていたようで、既に疲れているような顔をしている
「おっっっそいねん!お前ら!」
「待ってるって言ったのはそっちだろ、それに俺だって好きで遅くなったわけじゃない」
「はぁ、はぁ……まぁなんでもええわ!」
砌は興奮冷めきらぬ様子で、俺の肩を掴む。
「ほな、国の外行くで!そこなら気にせずやり合えるわ!」
俺の返答待たずして、そのまま腕を引っ張ってくる。思わず俺は抵抗しようとしたが、呆気なく引っ張られていった。ルカは慌てるように追いかけてきた。