駆け出しのお願い
とぼとぼと帰路についていた夕暮れ。この上ない屈辱を味わって、俺は失意の底にあった。スキルを貰わなかった、プライドの高い俺と、実力が育たない俺、そしてプライドを自覚しているのに克服できない俺に、うんざりしていた。そんな中、俺は背後から突然声をかけられた。
「やぁ、ニクス君。元気かい?」
「ヨ、ヨナス様」
「うん、ヨナスだよ~。いきなりで悪いんだけど、実は君にお願いがあるんだ。いい?」
「は、はい、どんな事でも」
「じゃあちょっと、『ボクのお家』に着いてきて?」
大神官であるヨナス様のお家、それは大聖堂だ。ヨナス様がこの国の長となった時に建てられ、そこでは精霊を祭っている。曰く、『目に見えない精霊という存在が、ボク達にスキルを与えてくださる』のだそう。そしてその精霊に感謝をするべく、神官たちが毎日お祈りを捧げると言われている。なぜ国民全員じゃないのか?それは多くの民が冒険者であるから。冒険者は魔物と戦うのが使命であり、彼らの代わりに祈りを捧げるのが神官。そういう役回りなのだ。
今は休憩中なのか、席には誰もいない。目がくらむほど豪華絢爛な建物の、代表者を迎える赤絨毯を悠々と歩くヨナス様の後を、俺は着いていく。講壇の横には、別の神官が二人いた。
「ただいま、スコル、ルカちゃん」
「お帰りなさいませ、大神官」
スコルと呼ばれた位の高そうな神官は、ヨナス様を一瞥してから、また金青と深紅のマニキュアを塗った爪に目をやる。
「お帰りなさい!待っておりましたぞ!」
ルカと呼ばれた、俺と同じぐらいの少女はヨナス様に足早と駆け寄る。
「ヨナス様!私に”冒険者の生活”を教えて下さる者は見つかったのですか?」
「うん、とてもピッタリな人を見つけてきたよ」
俺を指さし、二人はにっこり笑った。そして少女は俺の元まで駆け寄って来た。
「私の名は、大、大、大魔導士『ルカ・プライド』だ!よろしくな、少年!」
聖堂内で思い切り反響する大声で叫ぶ、俺と同い年ぐらいの少女は、俺が見て来た中で一番の笑顔だった。
「よ、よろしく……それと、俺はニクス・レイって名前だ」
「ニクス!いい名前だ!」
強引に握手させられ、思いっきり上下に振られる。
「あ、あの……ヨナス様、そういえば……お願いって、何ですか?」
「あぁ、忘れてた!まぁそんなに難しい話じゃないさ」
ヨナス様は一呼吸置いて、ゆっくり言い放った。
「ルカちゃんに冒険者の事を教えてあげて欲しいんだ」
「……えっ?何故ですか?」
「それは私が冒険者に憧れているからだ!」
ルカは自信満々に言うが、ヨナス様がすぐさま補足を入れる。
「――じゃなくてね、えーっと……」
左頬の黒子をかきながら語り始める。
「神官の仕事は、祈りを捧げる事ともう一つ、冒険者の精神的ケアなんだ。魔物との戦闘を通して弱った精神を、神官は癒さなければいけない。神官になった者は魔法が上達しやすいから、そのケアの効率も高いからね。でも、冒険者の事を知らないとどんなケアをすればいいか分からないでしょ?まぁ、要するに研修って事だね。ルカを連れて、国外の魔物と戦う。その経験を通して、冒険者がどんな苦難に見舞われるのかを知る。君にはそのお手伝いをしてあげて欲しい」
「は、はぁ……そうですか……でもなんで、俺が?」
「それはね、ニクス」
目の前に立ち、俺の額に手を当てる。
「君の、実力は……間違いなく本物だからだよ」
「…………?」
ルカとは明日以降、一緒にお出かけすることになった。用事が無ければ大聖堂にいるとのことで、国外に出るときは連れて行ってあげるように、と釘を刺された。とりあえず明日、砌と会う約束をしてしまっているので、今日の内は帰って寝る事とした。
家に帰ると、母親がご飯を作ってくれていた。
「遅かったじゃない、何かあったの?」
母親は心配そうに顔を覗く。
「大神官さまに会ったんだ、そしたら変な事になって……」
「変な事?」
「なんか、神官の女の子と一緒に行動しろって言われたんだ」
「あら、それって……」
「別に恋人なんかじゃない。ただ、仲間が増えただけだ」
「まだ何も言ってないじゃないの」
クスクスと笑う母親に、俺は少しだけ腹を立てる。
「……でも、あんなにプライドが高かったのに、大神官さまに言われたからって、仲間を作るなんてねぇ」
「……」
「大切にするのよ?」
食事を終え、風呂に入り、歯を磨き、その日は寝る事とした。
多分続きます。