閑話:あらくれ女
閑話の時系列は、本編とはつながってない。
煙管に葉を詰め、マッチを擦り火をつける。誰もいなくなった深夜の教会の中で、煙を吹かす。仕事が終わった後の一服を、一番の娯楽とする、神官であるのに神官らしからぬ女。その特徴的な赤髪、真っ紅な槍のような杖に、鋭く焔巻く赤目。一部の人は、畏敬の念を込めて、彼女を赤い神官と呼ぶ。その女の名前は”アラクラン・スコル”。ヨナスの右腕であり、神官たちの長である。圧倒的な名声を持つ彼女。嫌う者も、恐れる者も、慕う者も多い。そんな彼女に、面倒事が降り注ぐ。
「大変だ!アラクラン殿、バーで酔っ払いの喧嘩だ!」
「………」
「アラクラン殿!聞いておるのか?!バーで――」
「……見えないか?この煙管が」
「アラクラン殿!!また建物の中で煙管なぞ吹かして!お主も神官であろう!」
「ルカ。いいか?物事には順序がある。そして、私が煙吸う事は、国の治安を治めることより優先されるべき事だ」
「アラクラン殿!!!」
数十分の休暇を消費し、面倒くさそうな様子でその赤い神官は、渋々渋りながら出発した。いつかの日、どこかの誰かが誰かに稽古をつけると約束するバーにて、その乱闘騒ぎは未だ熱を絶やさなかった。
「テメェさっさと金出せっつってんだろ!!」
「あぁん?オメーが払う約束だったろコラ!!」
「言ってねーわボケ!耳クソ詰まってんのか?!」
「誰の耳がボケカスって言ってんだボケカス!!」
「おい、誰か早く神官を呼べよ!」
「もうこの際冒険者でも何でもいいから、止めてくれー!」
被害から逃れようと隠れる冒険者、バーの店主。そしてバーにある物は何でも武器にしようとする泥酔した愚か者。バーの扉を丁寧に開けて入ったのは、アラクランだった。
「し、神官様!神官様が来たぞ!」
「あ、あれは……アラクラン様?!」
「……月も眠たいってのに、元気だな。ここの連中は」
「わ、私の力だけでは止められそうにないのだ!後は頼んだぞ、アラクラン殿!」
軽く尻すぼみをする新人神官のルカを横目に、アラクランは酔っ払いの元へとおもむろに歩く。
「っあぁ?!女ァ!何の用だコラ!!」
「テメェが金払ってくれんのか?じゃねぇなら近づくんじゃねぇ!!」
「それとも身ぐるみ剥いでやろうか――って、こいつ煙クセーぞ!!」
新たな敵に対する一時的な結託をした三人は、一人の女に対し強い警戒心を持つ。
「随分言ってくれるじゃないか、酔っ払いにしては口が回るんだな」
「ウルセェなこの尼!調子乗ってんじゃねェぞ!!」
「あーイライラしてきた!もう何でもいいからくたばれ!!」
近くにあったワインボトルを掴み、アラクランの頭上に振り下ろす。直後、男の顔面にガラスと赤ワインの液体が散らばった。彼女の手にあるのは、割れたボトルの口元だった。何が起こったか分かっていない、足元の男にしゃがみ込む。
「よかったな、ここがリンカで」
割れたボトルの側面で顔を引っぱたく。そうして立ち上がり、今度は尻すぼみした二人に近づく。
「さて……言い残したことがあるなら聞いてやる」
男たちは揃って土下座をする。
「ま、待っ、待ってくれ……許してくれ……」
「お、おお俺たちが悪かったから、そこをなんとか……」
「――それでいいんだな?」
二人の頭上に重い拳が振り下ろされた。
倒れた男たちから、煙を吐くようにサイフを抜き取ると、そのお金をバーに置いた。そして彼女は言い放った。
「汚してすまなかった」
男たちは、応援に来た神官たちによってそのまま連行されていってしまい、アラクランの仕事はこれにて終了した。
「さすがアラクラン殿!とってもかっこよかったですぞ!」
「これが仕事だからな。いい夜だってのに、馬鹿は眠ることも知らねぇ」
「……でも、あの暴力はやりすぎだったのではないだろうか?」
「騒ぎを起こしたのは奴等だ。だから、ヨナス様は許してくださる。そういうお方だからな」
「し、神官のお仕事も危険なのだな……むぅ………」
眼を擦るルカを片手で持ち上げ、足早と歩みを進め始めた。
「あ、アラクラン殿?いったい何を……」
「チンタラ歩いてるのが悪い。私もさっさと帰りたいんだ」
平和な国の人々が落ち着き、やがて昇る朝日を拝むために、神官たちもお休みだ。
多分また書く。