ペンライト振って推し活していたら
どうぞ宜しくお願い致します。
俺は、男女の音楽ユニット「TAIYAKI」の楽曲が大好きだ。
通学途中の電車の中だけでなく、勉強する時も、歯を磨く時もよく聴いている。
そんな俺は、運よくコンサートチケットを入手することができた。
人生で初めて行くコンサートが、大好きな「TAIYAKI」だなんて!! 最高すぎる!!
俺は同じクラスの真 と一緒にコンサートに赴くことにする。
真は俺ほど、「TAIYAKI」を推してはいないが、まぁ流行りの曲やアニメソングを歌っているから言ってみようかなという「にわかファン」だ。
それでも、構わない。一緒に楽しもうじゃないか。きっと彼らの素晴らしさが真にもわかるはずだ!
そうしてやってきたコンサート当日。
俺は当たり前のようにペンライトを二本荷物に忍ばせておく。万が一、電池が切れても二本あれば安心だからな!
「備えあれば憂いなし」だと言うじゃないか。
グッズ販売で、「TAIYAKI」のツアーオリジナルTシャツとタオル、キーホルダーも購入した。
その会場限定のユニセックス用のズボンも購入する。サイズが合っているかはわからないが、周りでそのズボンを履いている人を見かけて購入を決めた。雰囲気に飲まれたというやつだな。
群衆が押し寄せて買っていたから、つい勢いで買ってしまった。
コンサートチケット代よりもグッズの方が高くついてしまったが……しばらく派手な遊びを控えて、無駄使いしなければ何とかなるだろう。
今まで貯めたお年玉だって、「今 使わないでいつ使うの!」
そう気持ちで常に質素な生活を送っている俺は、推しのコンサートでお金をしっかり使い、「経済を回しているんだ!」と意気込んで会場内に辿りついた。
今回のコンサートは座席のチケットがすぐに完売してしまい、それは購入できなかった。
だから、初めてのコンサートはずっと立ちっぱなしだ。席の指定もない。好きな場所で立って聴くというライブスタイルだ。
それで構わない。
俺と真は、コンサートが始まるまでその場でしばらく待機して雑談を楽しむ。
「セットリスト確認したか? 俺、最後らへんにある曲一緒に歌いたいんだよね」
「歌詞覚えてきたの?」
「当たり前だろ!」
そんなやり取りをしていたら、俺の後ろに小柄な女性と背の高い女性がやってきた。
「ちょっと……見えにくいね」
「どうするもうちょっと向こうに行く?」
「でも……どこも同じかもしれないよ?」
「じゃあ、ここでいいか」
そんなやり取りをしている。きっと身長の高い俺が邪魔で前が見えなくなることを危惧しているのだろう。
俺は振り向いて、「俺がこの位置なら見えますか?」と背の低い小柄なショートカットの女性に確認する。
少しだけ真の近くに寄れば、見えるんじゃないか? そう思ったからだ。
俺は左に真、右後ろに小柄な女性という感じの立ち位置を確認する。
「あ、ありがとうございます」
突然、振り向いて話かけたせいかとても驚かせてしまったらしい。
でも俺も推しだからわかる! 大好きな推しを直接見て、音楽を聴くために……チケット争奪戦から始まりここまで長い道のりだったのだから。
後ろの女性もコンサートが楽しめたらいいなと純粋に思ったんだ。
女性二人は早速、購入したタオルを肩にかけている。俺も真も真似をしてタオルを肩にかける。
準備はオッケイだ!!
しばらくしたら、コンサートが始まった。
最初の登場から大盛り上がりで熱気を感じるくらいだ。
俺はポケットに突っ込んでいたペンライトを取り出して、コンサート会場のライトに会わせて青色を選択する。
俺が今回用意したのは、色が七色に変えられるペンライトだ。
ネットで検索してみると、会場内で曲に合わせて色を統一した方が綺麗だと書いてあったから、色が変えられる物を買って持参していた。
俺が一曲目でペンライトを振り回していたら、時々、小さな手がひょこひょこと俺の右腕の横から出てくるのが見える。
あぁ、小柄な女性も手を一生懸命振っているんだな。
俺がペンライトを振り回していたら、ひょっとしたら右後ろの小柄な女性の邪魔になるのではないか?
そう思って、ちらっと曲を聴きながら視線を右後ろにやってみる。
うむ。邪魔にはなってなさそうだ。彼女のキャーという声が耳に入ってきた。
どうやら、このショートカットの小柄女性も「TAIYAKI」が結構好きなようだ。
俺は、何も手に持たずにひょこひょこと俺の右肩の横をすり抜けていく彼女の手先が可愛らしいなと思いながら、一曲目が終わる前にもう一本ポケットに仕込んでいたペンライトを右後ろの女性に手渡してみた。
受け取ってくれたら、そのまま俺と一緒に推しを好きなだけ堪能できるかもしれないと思ったからだ。
曲が流れている途中で振り向いて、無言でペンライトを差し出してみたら……彼女はすぐにそれを受け取ってくれた。
両手で、「ありがとうございます」とポーズをとってくれたのを確認する。
良し。じゃあ彼女も、俺も、友人も、推しもこのコンサートを満喫しよう!
そう思って、18曲全部をジャンプしたりペンライトを左右に振ったりして楽しんだ。
アンコールも終わり、大好きな「TAIYAKI」が舞台袖に消えていき、会場が明るくなった。
あっという間の二時間で、興奮さめやらぬ状態だけれどもコンサートが終わってしまい寂しくも感じる。
そんな時。
すっかりペンライトを渡していたことを忘れていた俺に、右後ろにいた小柄な女性がペンライトを差し出してくる。
「ペンライトありがとうございました」
「いえいえ、腕疲れませんでしたか? 俺、明日筋肉痛になるかもしれません」
「うふふふ。私も筋肉痛になりそうです。そういえば……ごめんなさい。私、左右に振っている時に何度か肩に当ててしまいました」
確かに盛り上がっている時に、肩にコツコツとペンライトが当たる感触があったことを思い出す。
「大丈夫ですよ。楽しんでいただけたなら良かったです」
俺と小柄な女性の会話を聞いていたもう一人の背の高い女性が記念に真を入れた四人で写真を撮りましょうと提案してくれる。
正面の大型スクリーンには「TAIYAKI」の写真とコンサートの日付と会場名が入った画面が映し出されていた。
「はい。じゃあ、とりますよ~ 『TA I YA KI!』」
背の高い女性は小柄な女性のスマホを借りて、自撮りしながら4人を上手に撮影してくれる。
アングルもみんなの笑顔も完璧に撮れているようだ。
俺は、返却してもらったペンライトをカバンにしまいながら帰る準備をしていたが、ふと小柄な女性に顔を向ける。
「すみません。今の写真、記念にいただけませんか?」
俺は人生で初めてのコンサート記念に一期一会だとしても一緒に楽しんだこの四人の写真が欲しいと思った。
「いいですよ。連絡先交換しましょう。あとで送りますね!」
そういうと小柄な女性はスマホを取り出し、俺の連絡先を登録してくれる。
ひょっとして、俺の存在を嫌悪していたら、写真データをくれない可能性もある。
それでもいいと思っていた。決めるのは彼女だから。そういう判断をしたなら、仕方ないだろう。
堅実なお嬢様だと思えるし、それはそれで素晴らしい女性だからいいじゃないかとも思った。
写真をもらえたらラッキーなくらい、軽い気持ちだった。
コンサート会場でそのまま別れを告げると俺と真は会場の外に出る。
「あ~。もうグッズ完売しているのあるね」
「本当だな。早めに来て買えてよかったな」
そんな会話をしながら歩いていた時。俺のスマホが鳴った。
「あ、さっきの写真……送ってきてくれた」
俺は真に先ほどの四人で撮った写真を見せると真も欲しいから転送してくれという。
「わかったよ。あとで送るから」
俺は真にも送る約束をする。
彼女からの写真には丁寧にメッセージがついていた。
『ペンライトありがとうございます。写真送ります。コンサート楽しかったですね。
次に「TAIYAKI」がこの会場に来てくれたらまた聴きに行きたいです。
その前に、今度本物のたい焼き食べながら……「TAIYAKI」のこと、一緒に話しませんか?』
そのメッセージを読んだ俺は、ちょっと嬉しくなった。
大好きな推しの会場で出会った、同じ趣味を持つ女性と「推し」について話せるなんて最高じゃないか!
俺は自宅に戻ってから、すぐに返信を送る。
その後、何度かその小柄な女性と会うことを繰り返し、俺が彼女に告白をして……恋人になった。
恋人になってからも一緒にコンサートを楽しみ……俺はその後プロポーズをして来月、彼女と結婚する。結婚式には「TAIYAKI」の曲ももちろん流す予定だ。
出会いなんてどこにあるのかわからないものだな。
ペンライトが俺に春を運んでくれるとはあの時、考えてもいなかった。
お読みいただきありがとうございます。
ちなみに……このお話の一部ですが、先週、私が体験したことです。
なんと前にいた外国人男性がコンサート会場でペンライトを差し出して貸してくれたのです。
私は恋に発展はしませんでしたが、こうやって人が出会い、恋が芽生えるのも素敵だなと思い作品にしました。
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