『最強』への挑戦
◇
俺たちが陸雲を包囲しているあいだにも、その脇ではSランクどうしの究極の戦いが始まっていた!
アシュナさんは宙を舞い降りながら、両手で複雑な印を結んでいた。あまりに印を結ぶスピードが速すぎて、真似することなどとうていできそうにない。
「火遁、炎獄焦土!!」
それは、最上級火遁忍術のひとつ。無限に燃えさかるという煉獄の炎を顕現させ、現世の大地を焼きつくす恐ろしき術。
しかし、その炎はすべてを焼きつくすだけではなく、人間の魂が犯した罪を浄化するための炎でもあるのである。
初手からして、忍の極みとも言える術を放ったアシュナさん。対して、ファスマも迎撃するべく呪文の詠唱を行っていた。
「あまねく天空の神よ、その息吹で大地のすべてを吹き飛ばせ。『神の息吹』!!」
ファスマは魔法を発動させ、天空の神が大気を全て吸いこんで吹きだしたかのような激しい風の奔流を生みだした!
これもまた、風系の極大魔法であり、属性魔法の最上級に位置する技であった。
極大の炎と風がぶつかりあったところを中心として、強い衝撃波が広がっていく!
その衝撃は御堂のなかにいた者たちに全身を金槌で打たれたかのような衝撃を与えた。戦いに疲弊していた兵士たちのなかには、その衝撃に当てられただけで気を失ってしまう者もいた。
……これが、Sランクどうしの戦い。割りこむ隙間なんて欠片もない。あいだに割って入ろうとすれば、塵となって消滅してしまうことだろう。
とにかく俺たちは、陸雲を足止めすることに専念するしかないのだ!
生駒さんとツグミさんが、反撃を警戒するように一定の距離を取りつつも、激しく攻撃を加えている。
刀と棒術と異なる武器の組み合わせだが、ふたりの信頼関係の為せる業だろう、息もぴったり見事な連携を見せている。
いっぽう、陸雲はいったいどれだけの腕力を持っているのだろうか、背丈の三倍はあろう武骨な石柱を軽々と振りまわして攻撃を受けとめている。本当に、信じられない腕力だ!
俺たちは生駒さんたちの邪魔をしないように、手持ちの手裏剣やクナイを投げて陸雲の背後を狙う。
風を斬らせて手裏剣を気持ちよく飛ばしていく。だが……。
「グワッハッハ。そんな小手先の玩具など、俺には届かん! 腹を括って、身を投げだして飛びこんでこい!!」
「「ッ!!」」
俺たちの飛び道具は陸雲の近くまで飛んでいくと、突然ガクンと下に折れ曲がり、地面にビタンと打ちつけられてしまった! これじゃまるで、メジャーリーガーが投げたフォークボールだ。
やはり小手先の攻撃など、陸雲には通用しない。もっと工夫をしなければ。絶対なる者が揺らぐほどの、工夫を!
……そのとき、陸雲に真正面から対峙していた明神生駒は慎重かつ懸命に刀を振るいながら、ある疑念を抱いていた。
(……おかしい。陸雲の力はこんなものではないはずだ。なぜ、奴は自分から攻めてこない?)
……陸雲との実力差を考えれば、俺たちを潰すことなど造作もないはずだ。
そして普通に考えれば、俺たちのことなどとっとと潰して、ファスマに加勢するのが最善に決まっている。
だが、なぜ奴はそうしない? 俺たちの実力を計っているとでも言うのだろうか?
そんなことをして、いったいなんの役に立つ。奴からすれば、俺たちなどただの雑魚にすぎないのだから。
奴はまるで、目の前にいる俺とツグミのことなど見ていないような、そんな気すらするのだ。
俺たちのことなど見ていない? まさか……!
激突し、至高の戦いを繰りひろげるファスマ=エルローズと雲雀アシュナ。しかし、彼らの表情にはどこか余裕があり……。
「おい、雲雀アシュナ。貴様、なぜ『固有スキル』を使わない? 一般忍術をいくら駆使しようと、全力をださねば私を倒すことはできぬぞ」
「ふん、その言葉はそっくりそのままあんたに返すさね。力を出し惜しみしてるのはお互いさまだろ?」
「フッ。最大の敵を相手にして、そう易々と自身の手の内をさらす気がないというのは同じというわけだ。さらに、この場には無視できぬ第三勢力がいる。貴様、まさかそこまで狙っていたというのか?」
「ククク、さぁてね? どう思うぅ~? ファスマくん」
「チッ、相変わらず食えない奴だ。この道化め……!」
ーー陸雲と対峙していた明神生駒もまた、彼の狙いに気づきはじめていた。
(陸雲、油断ならぬ男! 奴の狙いは、アシュナ殿とファスマの潰し合い……!!)
陸雲は、アシュナ殿とファスマが潰しあって疲弊したところを狙い、ふたりの命をまとめて刈りとるつもりなのだ!
恐らく今回の襲撃、『創』と『ドルジェオン』は協定を結んでおり、裏切り行為があった場合には世界戦争に発展することだろう。だが、それでいい。
国家最高戦力のファスマを抹殺することは、それだけの価値がある行為なのだ。
Sランクをひとり消せば、それだけで保有国家の戦力は大幅に縮小することとなる。
アシュナ殿とファスマを殺せば、世界の均衡はたちまち崩れ、『創』の一強となる。それはそのまま、三国の争いの終結へとつながっているのだ。
……陸雲は一見して豪放磊落、武力頼みの猛将のように見える。
しかしその実、緻密な戦略で軍を動かす、世界有数の智略家としての側面をあわせもつことで知られているのだ。
姑息とも思える協定破りも、国家の勝利のためなら躊躇することなく実行に移すだろう。
……そして、この構図はアシュナ殿の指示によって生みだされたものだ。
俺たちの足止めは陸雲に様子見の『口実』を与えただけにすぎない。陸雲に選択肢を与えることによって、一対二から三つ巴の構図へと変化させたのだ。
だが、ファスマも抜け目はない。陸雲が協定を破る可能性に即座に思い至り、アシュナ殿と潰し合いにならぬよう力を加減している。
……ファスマとアシュナ殿の戦いが潰し合いにならぬ場合、陸雲はやはり、ファスマに加勢してアシュナ殿を殺すのが一番利があると言える。
陸雲が見切りをつけて動きだすまでの、わずかな時間。
そのわずかな時間で、俺たちは陸雲を行動不能にしなければならない。それが、この絶対的不利な状況で唯一俺たちが勝利できる可能性。
だが、そんな残りわずかな時間で、俺たちは陸雲に打撃を与えることなどできるのだろうか!?
生駒は、ともに戦っている夜鷹と天音、加茂吉のほうを伺い見た。
どこから紛れこんできたか分からぬが、なぜかCランク以上の可能性を秘めているように感じる。とくに、あの鳴瀬夜鷹という少年。
自分とツグミはすでに手いっぱいだが、彼らの活躍に期待するのはさすがに酷というものか。
彼はそんな藁にもすがる思いで、夜鷹のほうへと視線を送ったのであった。
ーー俺は先ほどから、生駒さんとツグミさんの支援をしながら、陸雲の隙を突こうと狙っていた。
天音と加茂吉も、なんとか攻撃を通そうと飛び道具を投げ続けている。
……ダメだ、陸雲の守りは磐石。とてもじゃないが崩せそうにない。
ヤツが俺たちとの戦いに見切りをつけ、攻めに転ずるまでそう時間は残されていない。そうなったとき、俺たちにヤツを足止めすることができるだろうか?
……いや、足止めするんじゃない。陸雲を倒すつもりで戦うんだ。そうじゃなきゃ、ヤツを止めることなんてできやしない!
なにか、なにかいい方法はないか……。そう考えたとき、俺はある賭けにでることとした!
「生駒さん、ツグミさん! 避けてください!!」
「ッ!!」
生駒さんとツグミさんに警告し、俺は印を結んだ!
「水遁、『水瞬膜』!!」
俺が術を発動するのとともに、うすい水の膜が巨大な風呂敷のように広がり、陸雲を捕らえようと覆いかぶさった!
捕縛用水遁術、『水瞬膜』。
粘性のある水の膜で敵を捕らえ、捕縛するための術。だが、複数人の敵を生きたまま捕縛することを目的とした術であり、殺傷力はない。
当然、陸雲がこの程度の術で動じるわけもなくーー。
「グワッハッハ。こんなうすっぺらな水の膜で俺を捕らえられるとでも思っているのか? 片腹痛いぜ!!」
……そう、俺だってこの術で陸雲を捕らえられるなんて思っちゃいない。
だが、そのとき。隣で戦っていたアシュナさんとファスマの技がぶつかった『衝撃』が波及しーー。
水の膜が凍りついた!!
「なにっ!?」
(馬鹿な、このスキルは河繆氷の……!)
河繆氷の固有スキル、『過冷却』。
このスキルのユニークなところは、水そのものに特性を付与することができるところ。
衝撃を与えさえすれば、術の発動を経ることなく、水を凍りつかせることができるのだ。本来であれば、その自動発動の性質が鉄壁の防御として活かされるのだが……。
結果として、陸雲に悟られることなくヤツの視界を奪うことに成功した!
「クソッ……!」
(水が凍りついて、前が見えぬ……!)
部下のものであるはずのスキルが使用されたことによる動揺もあったのかもしれない。
俺は陸雲が正面の氷の壁に気を取られている隙に、ヤツの側面へとまわりこんだ。
そして俺のちょうど反対側では、生駒さんも氷の壁をくぐり抜け、陸雲の側面へとまわりこんでいた!
「武藤開心流抜刀術ーー」
まるで、最初から俺が何か仕掛けるのを期待していたかのようなタイミングの良さだ。
どうして生駒さんがそこまで準備してくれていたかは分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない!
「Sランク陸雲、覚悟しやがれッ!!」
「第伍式、『疾』ッ!!」
ーーそのとき、ファスマとの戦いに興じ、華麗に宙を舞いながら。雲雀アシュナもまた、その決定的な瞬間を目の当たりにしていた。
「ほぉっ♪」
たしかに、陸雲は目の前の戦いに集中していたとは言えなかっただろう。アシュナとファスマの戦いを注視しており、上の空であったと言ってもいい。
だが、夜鷹の機転と工夫が、絶対にありえるはずのなかった陸雲の隙を作りだしたのだった!!
そうして、夜鷹と生駒は奇跡的に生じた勝機をものにするべく、同時に陸雲へと斬りかかっていったのだったーー。