雲雀アシュナ
◇
『日輪の巨像』を奪取するべく、姿を見せた国際標準危険度比較(ISRR)・Sランクのふたり。
『ドルジェオン』最強の魔導騎士であるファスマ=エルローズと、『創』最強の武将である陸雲の2名である。
それに対峙するのは、Bランク上位である明神生駒と西園寺ツグミの2名だった。
ほかの侍や忍たちは、雑兵どうしの戦いに手一杯で、彼らの戦いに加わる余裕はない。
俺と生地天音、団賀羅加茂吉の3人は、勝てぬ戦いであることを知りつつも、生駒さんとツグミさんに加勢するべく駆けつけていった!
「生駒さん、ツグミさん、俺たちも助太刀しますっ!!」
「! お前たちは……」
生駒さんが、横目でチラリと俺らの姿を目視した。正義感の強い、キリッとしたまなざし。
生駒は、夜鷹たちが肩につけていた下忍の腕章を確認する。羽ばたく若鳥を模した、山吹色の腕章。
……下忍ということは、良くてもCランクの下位。中忍試験の受験資格は、Cランクにランクインしていることが最低条件だからだ。
勝てぬと分かっている戦いに巻きこみ、余計な犠牲を増やすことは望むことではない。
だが、形振り構ってなどいられない。どんなにわずかな可能性にもすがりたい状況なのだ。
今、求めているのは、ともに戦ってくれるという心意気のみ!
「どこから現れたか分からぬが、助太刀感謝する! お前たちの名は?」
「俺は鳴瀬夜鷹! ほかに生地天音、団賀羅加茂吉の2名です!!」
「そうか。夜鷹、天音、加茂吉、名は覚えておく! 死んでもこの場に踏みとどまるぞ!!」
「「応ッ!!」」
生駒さんたちに俺らも加勢したのを見ても、ファスマと陸雲のふたりが動じることはなかった。
「グワッハッハ!! 威勢のいい小僧どもだ、心意気としては見あげたものだがなぁ」
「陸雲殿、ここは私が」
そう言って、ファスマは一歩前にでた。剣の柄に手をかけ、目をつむりながら。
「おぅ? 物静かな貴公にしては珍しく積極的だな、ファスマ殿? 殊勝なことだかな、グワッハッハ!!」
「貴殿の技は大味ゆえ、『巨像』が傷つかぬよう配慮したまでのこと。そこに自己犠牲の精神などはない」
「グワッハッハ、これはこれは気を遣わせてしまい申し訳ない! だが、お言葉に甘えてここは様子見としよう」
俺たちが目前まで迫るなか、目をつむったまま佇むファスマ=エルローズ。まるで、木漏れ日にまどろんでいるかのような静けさ。
その物腰は、この激しい戦場においてあまりにも場違いなもののように思えた。魔力を発動する気配すらないのだ。
ーーよほど俺たちのことをナメているようだな。
多勢に無勢だろうが関係ない、相手はSランクさまなんだ。お望みどおり、全力で初撃を叩きこんでやるぜ!
俺らは自分たちの手持ちのなかで最大火力の技を撃ちこむべく、構えを取った!!
「武藤開心流抜刀術ーー」
「西園寺流打混術ーー」
「音響忍術ーー」
「行けぇッ!! 『かもねぎーー」
「火遁忍術、『炎狐ーー」
そのとき、ファスマは双眸をひらいた。
「「ッ!!?」」
瞬間、俺たちの脳裏にまざまざと思い描かれたのは確実な敗北と死の未来絵図。
自分の頭と、首から下が切り離されるさまを、容易に想像することができた。恐怖という感情が湧きあがるのを忘れてしまうほどに、当然の事実。
それは恐らく、ファスマが垣間見せた殺気の鋭さに、俺たちの本能が警告を発した結果だったのだろう。
ーーナメてたのは、俺のほうだった。これが、Sランク。俺らには、コイツの足止めをすることすらできやしないーー
俺らは否応なく死を突きつけられ、それを受け入れようとしていた。しかし、そのときーー。
「ッ!!」
ファスマは俺らへの攻撃動作をキャンセルし、鞘から抜いた長剣で何かを振りはらった!
大きな音ではないが、鋭く高い金属音。何か針のような物が、吹き矢のように飛んできていたようだ。
ファスマはその驚異的な動態視力で、自身が宙で斬り落とした物体を捕捉していた。
ーー簪?
小さく可愛らしい、柘榴の小枝を模した簪。
だが、その簪はファスマの一瞬の意識の隙間を狙い、彼の右眼を貫こうと飛んできたものであった。
意識の隙間といっても、常人が彼の隙を突こうなどとするのは、延々と広がる砂漠からひと粒のゴマを探しだして拾いあげようとするようなものである。
ファスマと陸雲以外、俺たちは皆、簪が飛んできたと思われる方向を見た。ファスマから見て右、向かいあう俺たちからすれば、左。
「ひとぉ~つ、人の世の生き血をすすり……」
「「!?」」
謎の声が聞こえてきたのは、俺たちが向いたのと反対側の右側からだった。
俺たちはあわてて、右側を振りかえる。ファスマと陸雲は、正面を向いたままだ。
「ふたぁ~つ、不埒な悪行三昧……」
「「!?」」
今度は、まるであさっての方向から聞こえてきた。
上? 後ろ? 俺たちはキョロキョロとあたりを見まわしたが、声の主がどこにいるのか分からない。
すると、耳のよい天音が何かを見つけたのか、遠くのほうを指した。
「あ、あそこ!!」
「「えっ!?」」
俺たちが全員が、天音の指さしたほうを見た。
彼女の指さした先……あろうことか『日輪の巨像』の肩には、ひとりの女性が座っていたのだ!
「みぃ~っつ、醜い浮世の鬼を、退治てくれよう、アシュナさま、ってか♪」
そう歌って、女性はニカッと笑ってみせた。
……美しく、若い女性だった。
紫がかった黒髪をひとつにまとめ、まさしくくのいちのような忍び装束を着ている。柘榴の簪は彼女の持ち物のようで、同様の物で髪が留められていた。
年齢は二十歳過ぎくらいだろうか。ひづきのように完璧な美貌の持ち主であるが、顔立ちは少女のものではなく、きちんと成人した女性の美しさである。
彼女は今は『巨像』の肩に足を組んで座っているが、どう考えてもありえなかった。
ファスマの右目を狙った簪は、確実に彼の右側から飛んできたものだったはずだ。どこをどう飛んできたら、あそこから投げることができるのだろうか?
俺が疑問に思っているのを尻目に、加茂吉と天音はまたまた腰を抜かしていた。
加茂吉たちだけじゃない。生駒さんとツグミさんも、仰天して開いた口が塞がらないようだった。
「よっ、夜鷹! おっ、おっ、俺は感動だ……!! もう、今日死んだっていいっ!!」
「あまりにもたて続けに信じられないことが起こりすぎて……。今日はなんという日なの……!」
加茂吉と天音は歓喜のあまり、涙で目を潤ませている。まるでこんな絶望的な状況に、救いの手でも差しのべられたかのように。
「加茂吉、天音、すまない。あの人が誰なのか、俺にも教えてくれないか?」
「ああ。夜鷹、お前が全て忘れてしまったというのなら、俺たちが何度でも教えてやるよ。あのお方はなぁ……」
ーー『八百万』。
幕府が認めたこの国最強の忍、上位八名の総称。その戦闘力は、ひとりあたり百万の忍に値する戦闘力をもつと言われている。八人で、合計八百万。紛れもなく、国家最強の戦力。
とは言え、同じ『八百万』のなかでも、上位と下位とでは天と地ほどの戦闘力の差があるという。そして、その『八百万』の筆頭に立つのがーー。
「あのお方は『八百万の壱』、雲雀アシュナさま!! もちろんSランク、この国最強の英雄だぁっ!!!」
ーーすげぇ……。すげぇすげぇすげぇっ!!
この世界に転生して、自分が忍者のように飛び跳ねたり、術を使えたり、自分だけの武器が手に入ったりして、うれしかったものだ。
だが、この世界には河繆氷みたいな強敵がいることを知って、いきなりSランクの敵と出くわして……。
正直、敵ながらカッコいいと思った。
ファスマも陸雲もひと目で強いのが分かったし、シビれるくらいカッコよかった。
しかも、今目の前にはこの国『最強』と呼ばれる忍までいる。
……俺も、あんな風になりたいと思った。ワクワクが、止まんねぇ!!
俺らが期待と尊敬のまなざしを向けるなか、雲雀アシュナは世間話でもするかのように何気ない調子でファスマたちに話しかけた。
「よーぉ、ひっさしぶりだねぇ、ファスマに陸雲。前に殺りあったのはいつだったかな。男前にますます磨きがかかったんじゃないかねファスマ君、んん?」
「抜かせ。貴様と馴れあうつもりはない。そもそも、不意を突いて目玉を繰りぬこうとした相手に気安く話しかけるな、卑怯者が……!」
「あっはぁ! 忍にとって卑怯は美徳なのだよ、ファスマ君! それとも、戦場では必ず名乗りをあげてから仕掛けろってのかい? さすが貴族の坊っちゃんは言うことが違うねぇ!」
「貴様、私の家柄をも愚弄する気か……!?」
「グワッハッハ! お堅いファスマ殿も、アシュナにかかればすっかり奴の調子に飲まれてしまうようですな。さすが天下の大うつけ、アッパレじゃ!!」
「ぐわっはっは~。さすが話が分かるね陸雲のオヤジ。あたしゃオヤジがいつまでも元気なままでうれしいぜぃ!」
「俺をジジイ扱いするな小娘、グワッハッハ!!」
……どうやら、このSランク三人は互いに見知った間柄らしい。
にしても、雲雀アシュナさんのお人柄は見た目の印象とずいぶん違うような……。天下の大うつけ?
「……さて、与太話はそこまでだ。本題に入る。雲雀アシュナ、なぜ貴様がここにいる?」
「あぁ~ん? どうしてここにいるかだって? それはこちらのセリフだね。世界に名だたるSランクさまが、雁首揃えてこんな辺鄙な場所にやってくるたぁ、どういう了見だい?」
「グワッハッハ。『日輪の巨像』がこの『不壊城』にあること、『創』と『ドルジェオン』が協定を結び、合同部隊を派遣したこと、いずれも国家機密レベルの情報のはず。……この三人がここに揃ったのは、全て仕組まれていたということか?」
「……裏で糸引く存在があったかは分からぬ。だが現実、『日輪の巨像』は目の前にあり、この国の最大戦力まで現れた。『巨像』を奪い、ヤツを殺せば、力の均衡は一気に崩れ、世界の趨勢は我ら二大国に傾くだろう」
「圧倒的に俺たちが有利なこの状況。餌を求めてやってきたら、思わぬ大魚が釣れたと言ったところか、グワッハッハ!!」
「ほぉ~お? 大魚ときたもんだ。あたしゃ美しき人魚姫、ってか?」
「フン。すぐにそのふざけた口を閉ざし、物言わぬ人魚としてやろう!」
そう言って、ファスマは再び剣を構えた。
今度は剣に莫大な魔力が込められていく。この広大な空間に、ひずみが生じるほどの力の流動。
ファスマの動きを見て、アシュナも立ちあがり、『巨像』の肩から飛びたった。
彼女はくるくると舞うように宙を滑降していきながら、思案していた。
ーーさぁて。カッコつけて現れたはいいが、あのふたりを同時に相手は、さすがのあたしもちとキツイ。どうしたもんかねぇ。
最強であるアシュナをもってして、危機的と考えざるをえない状況。何か工夫をほどこさなけれなならない。
宙を舞いながら、周囲を見わたす。この御堂に広がる敵味方全員の戦力・状況を瞬時に把握し、彼女は最適解を導きだした。
そのとき、アシュナさんが俺たちのほうをチラリと見て、叫んだ!
「そこのお前ら! どんなにわずかな時間でもいいから、陸雲のオヤジを足止めしろ! ムチャ言ってるのは承知だが、あたしもがんばるから歯ぁ食いしばって命を懸けろ!!」
「「お、応っ!!」」
アシュナさんからの指示を受け、俺たちはあわてて背筋を伸ばした!
もちろん、ムチャ言われてるのはこっちだって分かっている。先ほど相手取ろうとしていたファスマが、陸雲に変わっただけのこと。一秒だって足止めできる気がしない。だが……。
アシュナさんが助太刀にきてくれたということが、俺たちの心に大きな希望を与えてくれていた。負けるのが分かっていて挑むのと、希望があって挑むのとでは、まるで違う。
陸雲を足止めさえできれば、アシュナさんがなんとかしてくれるかもしれないという期待が、俺たちの心を力強く支えてくれていたのだ!
「ツグミ、夜鷹、天音、加茂吉! 陸雲を中心にして包囲しろ! 的を絞らせるな!!」
「はっ! 生駒さま、承知しました!!」
「天音、加茂吉! 俺らも歯を食いしばって頑張ろう!!」
「うん! 夜鷹くん、分かった!!」
「ひいいいぃ……! どえらいことになっちまったあああぁ!!」
実力の高い生駒さんとツグミさんが陸雲の正面に立ち、俺たちは忍びの俊足を活かしてヤツの側面や背後にまわりこむ。
天音や加茂吉は少し距離を取って、遠距離からの攻撃で支援を行う構えだ。
一瞬にして包囲された陸雲だが、包囲の中心にどっしりと構えるヤツの姿はまるで、不動の巨峰であるように見えた!
「グワッハッハ! この俺を足止めするつもりとは、片腹痛いわ!! 格の違いを見せつけてくれよう、三下どもがっ!!!」
こうして、俺たちの『Sランク』への真の挑戦が始まったのであったーー。