終幕へ
◆
各『八百万』や夜鷹が激闘を繰りひろげていたころ、都の暴動は規模が広がる一方であった。
争いが争いを呼び、市民からすれば誰が敵か味方かすらも分からぬ状態。人々は疑心暗鬼となり、自分以外の人間はみんな敵に見えてくる。
このまま争いが続けば、幕府が勝つにせよ、革命軍が勝つにせよ、その後の国家の統治に支障をきたすほどの被害がでることは間違いなかった。
だが、そこで宮野絵心有はてれび局へと到着することとなる。
大乱戦のなか、嘴黒咲紀仁が彼女を無事に目的地へと送り届けたのだ。
「ほら、着いたぞ。ここまでで大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ありがとうなの!」
絵心有は咲紀仁に手を振りながら、てれび局のなかへと駆けこんでいった。
絵心有は最後まで頭巾を目深にかぶったまま、正体を明かさなかった。咲紀仁はそんな彼女の背中を、静かに見送っていた。
ーー鳴瀬が大事そうに護っていたあの女は何者だ? 鳴瀬とはいったいどんな関係だ……。
複雑な感情の入り交じる視線が向けられていたことなど気にすることもなく、絵心有は軽やかに走りさっていった。
てれび局の最上階。そこでは上から『かめら』をまわして街を映しだし、暴動の様子を実況しつづけていた。
この緊急事態に、局員たちは撮影を続けながらも浮き足だっていた。
「局長! ここも危ないですよ、早く逃げましょう。こんなときに、誰もてれびなんて観てないですよ!!」
「ダメネ! 街のミンナが安全に逃げられるように、少しでも情報を伝えるのがワタシたち報道の役目なのヨ!」
なぜかオネエ言葉の局長は、頑なに街の様子の実況を続けさせている。
安全な避難場所などの情報を提供できれば、少しでも助かる住民が増えると考えたからだ。
だが、そんな局長の願いもむなしく、街の暴動は激しさを増すばかりであった。
と、そこで、絵心有が最上階に到着し、局長のもとへと駆けこんできた。
「局長、遅くなってごめんなさい。お願いがあるの!」
「オー、絵心有ちゃん! 無事だったのネ。お願いって、何カシラ?」
「私を映して! 街のみんなに、伝えたいことがあるの! 今、衣装に着替えるから!!」
「! 絵心有ちゃん、ちょっとちょっと!!」
絵心有はみんなが見てる前であるのもお構いなしに、着ていた服を脱ぎはじめた!
控え室に寄って、置いていたアイドル衣装を鷲掴みして持ってきていたのだ。
絵心有はスタンバイを済ませると、すぐにかめらの前へと立った。
最初は戸惑っていたスタッフたちも彼女の熱意を感じとり、真摯な表情でかめらをまわし始めた。
「ミンナー! 全てのかめらを、絵心有ちゃんへと向けるのよ!!」
「「はいっ!!」」
「3、2、1、キュー!!」
絵心有はかめらがまわり始めたのを確認すると、大きく息を吸いこみ、かめらに向かって叫んだ!!
「都のみんなー!! 私の声、聞こえてるー!?」
電源が付けっぱなしになっていたてれびを通して、都じゅうに絵心有の声が響きわたる。
都の住民たちは戦いの手を止めて、てれびの画面へと目を向けた。
「!? なんだなんだ!?」
「絵心有ちゃんだ!! 聞こえてるよー、絵心有ちゃん!!」
絵心有の清らかにして芯の通った美声は、戦いで荒んだ人々の心へと、真水のように染みわたっていく。
「みんな互いに傷つけあうことなんて、もうやめてほしいから……。だから戦うことなんてやめて、私の歌を聞いてなのーーっ!!」
彼女の叫びとともに、ミュージック・スタート。奏でられたのはもちろん彼女の代表曲、『恋の無銭飲食』。
♪のっぴきならぬ物価高騰
そんなに高くしないで価格設定
とても手出しできそうにないわ
あなたのココロ 無・銭・飲・食~♪
お尻をフリフリ、絵心有が繰りひろげる渾身のパフォーマンスに、人々は心を打たれた。
みんな武器を捨て、感動の涙を流してむせび泣いていた。
「な、なんて素敵な歌と踊りなんだ……」
「幕府や将軍なんて、もうどうでもいい。戦うのはやめよう。そして、絵心有ちゃんを応援しよう……」
『絶対無敵偶像』、発動。
彼女の平和の願いを込めた歌と踊りは、スキル『天下泰平』による将軍家の悪しき支配から、人々の心を解きはなったのである!!
……本来、彼女の歌と踊り、そしてスキルは、華羽孔成が自身の野望を果たすため、悪用するつもりで仕込まれたものである。
だが、懸命に歌い、踊る彼女の姿はあまりにも清く、まぶしく、そして尊かった。
華羽孔成が彼女の前から姿を消したのは果たして……。
今となっては、彼にどのような心境の変化があったのか、知る者は誰もいない。
キラキラと輝きながら舞いつづける絵心有を遠くから見守りながら、局長は静かにエールを送った。
「素晴らしい情熱だワ……。やっぱりあなたが天下一よ、絵心有ちゃん!」
こうして、壊滅の危機へと陥っていた都の内乱は、静かに終息へと向かっていったのであったーー。
◇
将軍の居城、その地下の大空間に、俺とアシュナさんはいた。城の入り口で合流し、なかへと潜入したのだ。
そして、俺たちが並び歩くその先に、標的はいた。
立派な武士の装束を身にまとい、烏帽子を被った男。しかしその顔色は病人のように青白く、神経質そうな顔つきをしている。
ーー現・幕府将軍、阿比留元徳。
側近や護衛の連中は、俺とアシュナさんで全員ぶっ飛ばしてやった。もはや勝敗は決していたので無駄に殺すことはせず、手加減はしたけれども。
残るは将軍、ひとりだけだ。
元徳は不安そうな表情で、可哀相なくらいに震えている。ついつい「こんなヤツがこの国の将軍か……」などと思ってしまった。
たしかに国民全員を精神支配するスキルはすごいが、こんなヤツが国のトップじゃ、慶兆さんたちが革命を起こしたくなる気持ちも分かる気がする。
国を預かるという立場というのも、この男には重荷であったことだろう。
俺たちが今、将軍の地位から引きずりおろしてやるぜ!
……とは言え、どうしても気になることはあった。それは元徳を挟むようにして並び立つ、2つの巨像!
『夢見の巨像』!!
幾何学的な多面体が集まって、人型を形成している。
例えるならそう、ゲーム雑誌で見た初代プレステの『鉄○』のポリゴンキャラのようなフォルムだ。
だが、何かを夢見るかのように両手を前方に差し伸べるさまは、なんとも不思議な人間味を感じさせるものであった。
将軍家に人心掌握スキル『天下泰平』の根源となっている巨像でもある。
『生命の巨像』!!
ありとあらゆる種類の生物が集まって人型を形成している像。
そのなかにはかなり原始的な、奇怪な形態の生物も含まれているようで、まるで生物の進化の過程を体現しているかのようである。
生命の根源というか、とてつもないパワーが感じられる巨像だ。
いずれも、将軍家が秘匿して所有していた巨像。この2体の巨像が放つ凄まじい威圧感に、圧倒されてしまう。
……だが、目の前の標的を仕留めるのに巨像は関係ない。俺たちは任務を果たすだけだ。
今は誰よりも頼りになる師匠、アシュナさんも隣にいる。
「幕府将軍・阿比留元徳! お前を守る手下はもう誰もいない。覚悟しろ!」
「頭が高いぞ、シシシ忍風情が。この私に手を下すということが、ドドドどれだけの重罪か分かっておるのか!」
「あんたが死んで、幕府は終わるから関係ないんだよ。頭では分かってんだろ? そんだけビビりまくってんだからさ。あんた弱いし」
「ウウウうつけが! 将軍家の力を、ナナナナメるでないわぁっ!!」
元徳はそう叫ぶと、『生命の巨像』のほうへと手を差し伸べた!
「『生命の巨像』よッ!! 我に、チチチ力を授けよォッ!!!」
元徳がそう呼びかけた途端、『生命の巨像』は妖しく光を放ちはじめた。光は揺らめいており、その身を構築している生物たちが蠢いているかのようにも見える。
と、同時に、元徳の肉体に変化が起こりはじめた!
「うおああああああああああ゛ァッ!!!」
血潮が走る。肉が弾ける。
貧弱で青白かった元徳の肉体が、みるみる筋骨隆々とした肉体となり、生命力で満ちあふれていく!
骨格自体も変形していっているようだ。メジャーリーガー並みの体格になったかと思ったのも束の間、骨格の成長は留まることを知らず、鬼などの人型魔物のような形態になっている。
体格の成長にあわせて、戦闘力も飛躍的に増大していっているようだ。
……しかし、俺とアシュナさんはこの元徳の衝撃的な変態を目にしても、どうってことはないように感じられた。
「夜鷹。なんだかバカ将軍が膨張していっているようだが、ぶっちゃけあたしから見りゃ屁でもない。……それに、今のあたしにゃ思わぬ成長を遂げた弟子もいることだしな。分かるな、夜鷹?」
「……はい、アシュナさん!」
アシュナさん俺のなかで目覚めた力、『ミチナルチカラ』の存在を敏感に感じとっていたようだ。
彼女にこうして認めてもらえたことは、俺にとっても何よりも嬉しいことだった。
早く、この新たな力で悪を倒したい。俺もそう意気込んでいたのだが……。
なにやら元徳の様子が、おかしい。
「やっ、やめっ、てっ……! うぼおええええええ゛っ……!!」
元徳の肉体はボコボコと醜く膨らんでいき、まるで出来損ないの肉の塊のようになっていた。
手足も胴体に埋まって球状になり、頭も埋めこまれて脳や眼球を圧迫されていっているようだ。
目玉はデメキンのように飛びでて弾けそうになり、血の涙を流している。
「ちっ、ちがう!! 我が望んだ姿は斯様なものでは……助けて『夢見の巨像』……うギャあぁっ!!!」
弾ける寸前まで肉体が膨張したところで、『夢見の巨像』が拳を振りおろした!!
将軍の肉体は拳の下で潰れ、床に膨大な量の血が溢れでていく。
『夢見の巨像』は将軍が自身の拳の下で潰れているのを確認すると、ゆっくりと拳をあげて、また元の前方に両手を差し伸べる体勢へと戻っていった。
……この予想外の展開に、俺とアシュナさんはただただ息を呑んで呆然としていた。
「アシュナさん、これって……?」
「巨像に見捨てられたんだろう。だが、さすがに見ていて気持ちのいいモンじゃあないな……」
俺とアシュナさん潰れた肉塊と化した元徳の亡骸を見やった。結果として目的は果たしたものの、心にモヤモヤとしたものが残る結末だった。
そして次に、2体の巨像を見比べるように交互に見やった。
不壊城で見た『日輪の巨像』。越津氷渡で見た『魚鱗の巨像』。
そして、この城に隠匿されていた『夢見の巨像』と『生命の巨像』。
いずれもとてつもない力を秘めたものであり、全てを揃えた者に世界を支配するだけの力を与えるであろうことは理解できる。
でも、果たしてこれらの『巨像』は人に救いを与えるものなのだろうか。それとも……。
「さ、終わったぞ、夜鷹。いったん慶兆のところへ戻ろう」
「はい、アシュナさん」
一抹の不安と恐怖を覚えはしたものの、俺はアシュナさんに声をかけられて、その場を去ることとした。
こうして、思わぬ形ではあったものの、この国の歴史に名を刻むこととなる『慶鶯の乱』は終幕を迎えたのであった。
次回、第1部最終回です!




