新たなる風 ーミチナルチカラー
◇
……それは、一瞬とも呼べぬうちの意識と意識の狭間。潜在意識の、奥の奥。
俺は、何もない真っ白な空間のなかに立っていた。直感的に、ここは俺の精神世界のなかであるということが即座に理解できた。
俺がこの世界に転生する前にいた、死んだ魂の待機場所とそっくりだ。そして、そこには彼女の姿も。
「こうして会うのは久しぶりね、夜鷹」
「ひづき!」
宝石のように綺麗な緋色の髪と瞳。白い無地のワンピースだけの、シンプルな出で立ち。
ひづきの立ち姿を眺めるのは、それこそ初めて出会ったとき以来だ。いつも『魂珀の腕輪』から映しだされる画面越しにしか彼女を見ていなかったからだ。
でも、どうして急に俺の前に姿を現してくれたんだろう?
「このまま戦っても、あなたは華羽孔成には勝てないわ。だから、賭けに出る必要があるの」
「賭け? いったい、どんな賭けをするっていうんだ? そもそも今の俺に、ヤツに勝てる手段があるっていうのか?」
「あなたには、コレがあるでしょ」
「!! それは……っ!」
いつの間にか彼女はその細い両腕に、1本の刀を抱えていた。ただならぬ神気をまとう、業物の刀。
『天叢雲』!!
『地獄の十二柱』の一柱、『絶鬼』から獲得した『神話級』の武器だ。
たしか、今の俺の魂の器では逆に武器に取り込まれてオシマイだって話だったと思うけど……。
「あなたは数々の強敵と対峙して、凄まじい速度で成長を遂げたわ。そして、怒りが戦いへの動機をつくり、あなたの魂の真なる力を呼び起こした……」
……今までこの世界の出来事は、どこか余所事に感じられていたんだ。
本当の俺には関係ないっていうか、実は元の世界にいた俺はまだ眠ってて、その俺が見てる夢や幻の延長なんじゃないかって……。
でも、実際に目の前で仲間たちが傷つけられて、かつての恩師も殺されて。
たとえこれが俺の妄想のなかの出来事であったのだとしても、とてもじゃないけど許せなかった。
「分かった。やってみるよ、ひづき! でも、その『天叢雲』にはいったいどんなスゴいスキルが秘められているんだ?」
「それはね……」
……俺の意識は現実へと戻り、目を見開いた。
『魂珀の腕輪』が作りだした空間の穴に腕を突っ込むと、なかから『天叢雲』を取りだした。
そのまま『天叢雲』を俺の固有武器、『宵食みの翼』へと重ねあわせる。すると、ふたつの武器はただちに融合されて一本の剣となった。
俺の脳裏に、先ほどのひづきの言葉の続きが蘇る。
「『天叢雲』の固有スキルは、『天命授与』。持ち主の真の固有スキル、魂の力を引きだすものよ」
「持ち主のって……俺の、固有スキル?」
「そうよ。その力はあなたが背負う運命が大きなものであるほど強く、重たいものとなる。使用者自身がその重みに耐えきれず、存在ごと潰されてしまうほどにね」
「そんなに重たいものなのか……」
「ええ。でも、その重みに耐えられたとき、あなたはいまだかつてない力を手に入れることとなるわ。究極スキルとも呼ぶべき、究極の力を……」
……自分に与えられる天命を受け入れれば、それに見合うだけの究極の力が手に入る。
でも、運命を受けとめるだけの器がなければ、存在自体が消滅してしまうということか。
ひづきから投げかけられた問いかけに対して、俺に迷いなどあるはずがなかった。
答えはもちろん、Yes!!
天命上等、どんな苦難が待ち受けていたとしても乗り越えてやるぜ!
だから来いよ、でっかい運命。
全部受けとめてみせるからさ、俺に強い力をよこしてくれよ……!!
『天命授与』、発動!!
スキルが発動するとともに俺の体から、黒いオーラが溢れだした!
「!? なにやら急に、妙な気配ですね……」
華羽孔成は俺のなかで起こっている変化を敏感に察知し、警戒を強めた。
強者特有の、危機察知能力。今まで感じたことのない、自身を脅かす存在の気配。
「クフフフ! 何が起こっているかは知らぬが、早々に潰しておいたほうがよさそうですねぇ! 死ねェイ!!」
そう言って、華羽孔成は背中からまた無数の飾り羽根を撃ちだした!
……だが、飾り羽根が俺の身に届くことはもう、なかった。全て軌道がねじ曲げられ、俺の体を避けるように通りすぎていった。
「!? なんだと!?」
「華羽孔成! 俺にはもう、お前の攻撃は届かないぜ!!」
「クフッ……! ふざけおってからに……!!」
華羽孔成は再び飾り羽根を撃ちはなったが、やはり軌道がねじ曲がり、俺の体を避けるようにして逸れていった。
そうこうしているうちに、俺の体からはますます黒いオーラが溢れだしてきた。
出しっぱなしにして散らかすのもどうかと思ったので、俺は先ほど手に入れたばかりの『骨鎧』を発動。骨の鎧を形成する能力を応用し、背中に翼の骨格を作りだした。
そうして作りだした骨格にオーラをまとわせ、黒き翼となった。世界じゅうの宵闇を集めて凝縮させたかのような、漆黒の翼。
「クフぅ……ッ! なんだその黒1色の美意識に欠ける翼は、キッサマぁ!!」
孔成は躍起になって攻撃しつづけてきたが、いっこうに俺に当たる気配はない。
それもそのはず、今の俺は目に見えぬ力で覆い包まれているからだ。
……この世界の物理法則は、4つの力で支配されている。『重力』、『電磁力』、『強い力』、そして『精霊波導力』、すなわち『導』と呼ばれている力である。
しかし今、俺が使用している力はそのいずれにも属さない、全く新しい力。現存するあらゆる忍術からの干渉を受けず、望みどおりの物理的作用をもたらす。
これが俺の『宵食みの翼』の真の力。固有スキル、『ミチナルチカラ』!!!
俺は『宵食みの翼』を振りかざし、攻撃へと転じた。
予備動作なしで光速を超える速度まで加速。鉄壁の守備力を誇るはずの『艶孔雀』がまったく防御としての機能を果たさず、紙のように斬り裂かれていく。
さらに、孔成の身をわずかに浮かせ、回避のための動きを封じていた。
ヤツは足を取られたかのようにバランスを崩し、後ろに倒れこんでいく。
俺は防御も回避もできぬままにいる孔成の懐へと飛びこみ、剣を振るった。
『宵食みの翼』の刀身が、孔成の胸を深く斬り裂いた!!
「グフッ……!!」
ーーこの世の物理法則をねじ曲げるスキルだと!? そんなスキルが、存在して許されるものなのか……!?
華羽孔成は血を吐いてうずくまり、苦渋の表情を浮かべている。いい気味だ。
だが、こんなんじゃ俺の怒りは全然おさまらないぜ!
「ここまでのようだな。覚悟しろ、華羽孔成!!」
「グヌヌ、よくもこの美しき私を……! 許さん!! 喰らえ、『極彩艶美殺』!!!」
最後の足掻きとして繰りだされた、華羽孔成の必殺技。
とてつもない羽根の量だが、俺は迫りくる羽根を、ひとつ残らず叩き斬っていった。
ここでは、海燕さんと生駒さんのもとで行った剣の修行が役に立った。
そして、俺の背に生える漆黒の翼から黒きオーラが溢れだし、俺の身を包みこんだ。
未知なる第5の力に身を委ね、俺は再び孔成の懐へと飛びこんでいった。
これから先に俺を待つ、巨大な運命の存在を感じる。
たとえこの先どんな試練が、どんな苦難が、待ち構えていたとしても。俺は全てを乗り越えていってやる。
この国を、世界の運命を変える、新たなる風となって。
『超我新風』!!!
「グボハアアアアアアアアアアぁッ!!!」
華羽孔成は断末魔の叫びをあげ、俺の『宵食みの翼』によって一刀両断にされた。
ヤツの醜く歪んだ野望が、潰えた瞬間でもあった。
「やった、夜鷹くん!」
「すごいぜ、夜鷹!!」
アカデミー同期のみんなの歓声が聞こえてきた。
猿鳶先生の仇を討つことができて、みんなが安堵の表情を浮かべている。
あの『八百万』に、とうとう勝ってしまった。
だが、この『ミチナルチカラ』にはまだまだ隠された力が秘められているような……。
自身に新たに宿った能力に、そんな底知れぬ可能性を感じる。
そして俺は、華羽孔成から手を離されて倒れていたヒナのもとへと駆け寄った。
横たわっていた彼女の体を抱き寄せ、特訓中の医療忍術で彼女の手首の手当てをする。
不馴れな術に苦労したが、気を失っていたヒナが目を覚ました。
今はもう、孔成の洗脳も解けて元の状態へと戻っているようだ。
「ヒナ、大丈夫か?」
「うん。……夜鷹くんが助けてくれたんだね、ありがとう」
「手首は動くか?」
「うん、大丈夫みたい」
ヒナは手首の腱を切られていたが、手当ての甲斐もあってか、後遺症を残すほどの深手ではなかったようだ。
続きの手当ては医療忍術が得意な綾乃に任せて、俺は立ちあがった。この戦いに、終止符を打ちにいかねばならない。
……俺はアシュナさんの召集に従い、将軍の居城へと向かうこととした。




